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愚かな弱者の行く末

作者: おびと


「それじゃ、いってきます」


朝9時、そういって私は彼の家をでる。

そして、閉まっていくドアをみて、何度目になるかわからないため息をもらすのだ。



私と彼が体を重ねるようになってもうすぐ1年になる。

彼は大学の1年先輩。私とは何の接点もない、ただの顔見知りだった。

きっかけは職場に近い彼の家で行われた飲み会で、帰れなくなった私を彼が泊めたこと。


1度目に泊まったときは、2人きりじゃなかった。


2度目に泊まったときは、一緒に寝ようと誘う彼を笑顔でかわした。


3度目に泊まったとき、魔が、差した。


誘われるままに彼の腕に抱かれ、朝には一線を越えてしまっていた。しまったと思わないこともなかったけど、そこに情はなかった。ただただ動物的な行為のはずだった。


1回だけなら酔った末の過ちとして忘れてしまえる。


そう思っていたのに、彼のお誘いにいつのまにか頷いていた自分がいた。

何度目から自分に言い訳することをやめたかは覚えていない。なかったことにつもりが、彼も私も、心地よい体温を手放せなくなっていたのだ。


最初、私に好意を持っていると思ったのは否定できない。でも、早い段階で「忘れられない女」の身代わりであることがわかっていたし、それに幾分かほっとしたのも事実だった。


「私を愛する人が怖い」

「でも、さびしいのもいや」


そうこぼした私を、彼は労わるような目で見ていた。

そして私は、いつまでも愛した女に縛られ続けている彼を静かに受け入れることで独りから目を逸らした。


気に入ってるけど、それだけ


そう言い聞かせて、ずるずると、それでも加速度的に関係を深めていったのだ。


情が湧かないように、気持ちが育たないように




これは期限付きの関係なのだから



「お前料理下手だな」

「先輩、柔軟剤は先に入れたらだめです!」

「いい加減に起きんか!」

「洗濯物とりいれてくださいね」

「一緒にお風呂はいる?」

「・・・入ります」

「かわいいよ」

「えっち」


むしろ期限付きだったからこそ思い切って恋人ごっこができたのかもしれない。

期限があることを忘れて、ただひたすら状況を楽しんでいた。


「大学のやつらにはばれないようにしよう」


誰にも見つからないように、早い時間に彼の家をでることはいつの間にか暗黙の了解になった。

家の中では恋人のような時間を過ごしていても、一歩外にでれば顔見知りとして接する。

そんなことを繰り返し、期限はいつのまにかあと2週間になっていた。



離れることを意識すると、見えてくることがある。


おきている時は意地悪なことが多い彼は、眠ると必ず私を抱き寄せる。

そして、背中をみると欲情する。

私の顔が見えない、体系だけがはっきりわかる、あの人と同じような後ろ姿。


そのことに気づいて胸が苦しくなる程度には、彼に情が移っていた。



恋と呼ぶには打算にまみれていて、愛と呼ぶには浅すぎるこの感情には、どんな名前がつくのだろう。


他人から見れば、ただの茶番劇。自業自得な出来事。むしろ、軽蔑されてしかるべきなのかもしれない。


それでも離れられなかった私と彼は、とても弱い人間だった。




今日は卒業式。傷をなめあう時間は、もうない




「・・・さようなら」




今生にもう会うことはないでしょう。


ずるくて、よわくて、でも酷くやさしい貴方に幸多からんことを。



閉まっているドアにそうつぶやいて、階段を駆け下りる。


私が振り返ることは、二度となかった。

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