嘘恋
私の恋が始まったのは、その年最後となった牡丹雪のちらつく冷たい夜だった。
第一志望の高校の、合格通知をもらった日。
受かったら何か願い事を一つ聞いてくれると言った。彼はそんな、夏のはじめのたわいない約束を守っただけの事。はじまりは、それでもいいと思った。
だって、私にとっては確かな恋だったから。たとえそれが矛盾だらけの苦しい恋だったとしても。たとえそれが一方通行の想いだったとしても。
彼とは夏休みのはじまりの日、やかましい蝉音を閉ざした小さな私の部屋の中で出会った。
家庭教師と一生徒。
少しずつ終わらせてゆく問題集や赤本が積み重なってゆくごとに、少しずつ少しずつ私は彼を好きになっていった。潮が満ちてゆくように。たくさんの時間の共有は、私の宝物だった。
彼は事故で恋人をうしなったばかりで、私はその弱さにつけこんだ。
自分がこんなにも『女』だったなんて知らなかった。
いやらしくて、きたなくて、あさましい。ほんのひとかけの愛情でさえも私だけに注いでいてほしかった。
彼の瞳に映りこんでいるのは、恋人の幻影でしかなくて、それでもいいから一緒にいたかった。だけど私が好きになればなるほど、彼の気持ちは潮が引いてゆくように離れて行く。その事に、気付かないフリをした。
「ねぇ、笑ってよ」
やわらかに降る桜吹雪の中、あなたは私にくちびるを歪めてくれるけど、その表情はいつだって私を空高く舞い上がらせて、そして地の底までたたき落とし、めちゃくちゃに痛めつける。
抱きしめては突き放す、あなたの腕。
くちづけたそのくちびるで、否定の言葉を紡ぎだす、あなた。
でも私、本当は知っていたの。あなたは私にわらいかける事なんて、絶対に出来ないんだって。
この桜がすべて舞い散る頃、あなたはきっと、もう私の隣にいない。
あなたは優しいから、私に嘘をつく。
だから私は、素直に騙されるの。
私のために優しい嘘をついてくれるあなたを、裏切らないために。
ねぇ、笑ってよ。
嘘でもいい。
嘘でいいから。
高校受験前、家庭教師だった大学生にざっくりフラれた苦い思い出(笑)を、かなり美化して書きました……。




