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舞樹先輩 ~前編~

佑一の深い眠りから引き起こしたのは携帯の目覚しだった。携帯を探し当ててアラームを止めた。

目を覚ましてみるとベットの上にいた。

夕べは変な連中にベットを占領されたために毛布にくるまって床で寝るという屈辱的な状況に陥っていたはずだった。テーブルを見ると飲んだはずのコーヒーがない。

そう、全ては部屋に帰宅した時と同じ状況だった。


「うぅん…………ん? 夢? でも、夢にしちゃリアルすぎだよ……な?」


何度も部屋を見渡してみるが、佑一をせかすように携帯が鳴り響く。携帯の画面を見ると『バイト 遅刻』と書かれた文字が出ている。


「やべっ、遅刻する!」


急いで洗顔と着替えを済まし、荷物の中身を確認していざ部屋を駆け出ようとしたそのタイミング。

三度目の携帯が鳴る。


「なんだよー!わかってるっつーの!!」


苛立った様子で携帯を取り出し、スヌーズ機能を止めようとしたが、それがアラームではない事に気付いた。

着信。その番号は佑一の知らない誰かからだった。


「もしもし!?」

『佑一君?久しぶり』

「……あれ、もしかして、舞樹《まき》先輩ですか?」


少しイラついた感じの声で電話に出る。すると電話の向こう側から懐かしい声が聞こえてきた。高校時代のひとつに当たる『藤原舞樹』であった。


『そうだよー。久し振りだね、佑一君』

「お久し振りです、先輩」

『今、暇ある?』

「すごく余裕ないです。マジで」

『暇そうな感じがしたんだけどなぁ』

「いや、バイトに……遅刻」

『そぉ? …………じゃあ、用件だけ簡単に言うね。今度暇があったら食事行こうよ』

「デートの誘い……って事ですか?」

『そういうこと。返事はバイト終わった後でいいからね? じゃあねー』


伝えたい用件を伝えると電話は切れてしまった。

佑一に懐かしい感覚が込み上げてくると共に、どことなく会話が終わってしまった事が名残惜しい気がしてならなかった。


「相変わらずだな……って、また電話?」


舞樹先輩からの電話を期待していたが、それは大きな間違いだった。

発信元はバイト先の店長。

店長が心配そうな声でどうしたのか確認してきた。「問題ありません。 間に合うように行きます!」とだけ伝えると、慌てて階段の音を立てながらバイト先へと向かっていった。



佑一が出た後の部屋。静かな空間。このまま時間がただ過ぎていくように感じた。が、その沈黙は突如破られた。奥の物置から何かが暴れる音。その音が徐々に大きくなっていく。更に音がクライマックスを迎えた瞬間、物置の襖が開いた。


「ふぅ……やっと出られた!」

「苦しかったよ……」


天使と悪魔が物置から出て来る。二人とも埃にまみれているようだ。


「天ちゃん何でこんな所に隠れたの?」

「雰囲気よ、雰囲気。 それより、佑一は出掛けたわね?」

「そうみたいだね。 これからどうするの?」

「そりゃ、もちろん―――」


埃を払いながら今後の予定を計画している時、不意に天使の腹の虫が鳴る。まるでタイミングを合わせたかの様に悪魔の腹の虫も鳴った。


「―――朝食を探すわよ」

「そうだね……」


そういうと、二人は台所に向かった。そして、あたかも自宅の感覚で佑一の冷蔵庫を漁り始めた。目指す宝はお腹が膨れる物。だが、悲しいかな、所詮は男の一人暮らし部屋である。そうそうに良いものが見つかるはずもなく。冷蔵庫から冷凍庫へ探索場所を切り替えた時、ついに見つけた。


「……冷凍チャーハンと冷凍ピラフ」

「これでいっか。あっくん調理お願い」

「わかった。 天ちゃんはどうするの?」

「シャワー浴びる。埃まみれの汗だくで気持ち悪いもん」


天使は風呂場に向かうと見せかけて悪魔の方を振り返る。ちょっと可愛らしい仕草を交えていた。


「……覗かないでよ」

「覗かないよ。 興味無いし、そもそも見たいと思う程の身体じゃ―――」


全く興味がなかったので、悪魔がそう言い切ろうとした。が、全ての言葉を吐きだす前に天使がハリセンで悪魔の頭を叩く。とても良い音が響いた。


「イタッ! どっからハリセンを出したの!!」

「まさに神隠し」


してやったりな顔をして、天使は再び風呂場に向かった。


「……全然上手くないよ……」


天使に聞こえないように呟いた悪魔の小言は、冷凍食品が完成した音と共にかき消された。



時計の針が一時をまわっていた。


クラシックのゆったりとした音楽とともに時間が流れていた。テーブルの上には食べ終わった皿が無造作に置いてある。緩やかに流れる時間にともに二人とも最高にだらけた姿になっていた。


『ひまだなぁ…』

「どうする?天ちゃん」

「……お昼寝したい……」

「仕事……したくないね」

「そうだね」

「でも、出世したいよね」

「そうだね」

「めんどくさいけどね」

「そうだね」


ぼそっと、悪魔は自分の願望を呟いてみた。


「……天ちゃんがお皿片付けてくれるんだよね」

「嫌よ」


見事なまでにあっさりと断られた。


「……片付けてきます」

「よろしく」


しぶしぶとテーブルの皿を流しへ持って行く。台所からは洗われて食器同士のぶつかる音がした。


「さてと」


天使が起き上がり、一度大きく背伸びをすると、部屋を漁り始めた。


「天ちゃん、皿洗い終わったよ」

「じゃあ、こっちを手伝って」


振り向く事なく返事をする。仕事をしている天使の様子を確認した後、反対側を漁り始める悪魔。クラシックの音楽に粗悪なノイズが混じる。そのまま時間は過ぎていった。


「今日も疲れたな…」


佑一が重い足取りで階段を昇る。慌ててバイトに向かい、その上、そういう日に限ってお客が多く来店する、さらにバイトが急遽欠勤ということでその代役の白羽の矢が立てられたとあって、疲労が限界に達していたのだ。


「えーと、鍵は……あった」


ポケットから鍵を取り出して、玄関を開ける。


「ただいま……」


誰もいないのに言う言葉ほど虚しいのはないなと佑一が思った。


『おかえりー』


そう思ったはずなのだが、予想外にも聞き覚えのある声が帰ってきた。嫌な予感がしたので慌てて部屋の襖を開けた。そこはあちらこちらを荒らした形跡がある部屋が広がっていた。さらにその中でテレビを見ながらくつろいでいる天使と悪魔の姿があった。


「何でいるの!?」

「私たちは神出鬼没なのよ」

「神と鬼じゃなくて天使と悪魔だけどね」

「あっくん、なかなか良いツッコミだね」

「いやいや、天ちゃんには敵わないよ」


二人が笑う。


「いや、上手くないし笑うとこでもないよ!てか、部屋汚っ!!」

「ごめんね、ちょっと探し物をしてて……」

「ちょっと探し物をしてこの散らかり様はありえねーよ!」

「佑一が帰ってくる前に片付けようとしたんだけど、ねぇ?」

「テレビが面白くて、ねぇ?」


二人がまた笑う。天使と悪魔が交互に喋るので、佑一のストレスが一気に溜まっていく。


「片付けろ!まずは片づけろよ!!」

「これ見たら片付けるよ」

「子供かっ!いいから、先に片付けろよっ!!」


佑一が天使の握っていたリモコンを強引に奪うと、テレビの電源を消した。


「あー!いいとこなのにぃ」

「先に片付けてからだ!」

「嫌よ!テレビを見終わってからよ!!」


天使と佑一の二人が激しいリモコン争奪戦を繰り広げ始める。その隙を突いて、悪魔がこっそりとテレビの主電源を操作して先ほどの放映の続きを見ていた。


「主電源をいじるな!!」


佑一の怒鳴り声と共に、何かを力一杯叩く音がした。


『片付け終わりましたぁ』

「……たくっ。 勝手に人の部屋を荒らしておいて……」

「っいうかさ、明らかに私たちが最初に来た時より綺麗になってるよね?」

「元通りにしようとしたら、文句言うんだから」

「るっさい」


天使と悪魔が頭を押さえながら、掃除完了と文句を佑一に報告する。二人とも少し涙目になっていた。


「だって……佑一の事を助けたかったからさ」

「そうよ。人助けだもん」

「いやね、人助けだからって部屋を荒らす事はないだろ?」

「人助けのためなら、多少の犠牲は仕方ないのだよ。佑一君」

「天ちゃんかっこいい……」

「……もう一発殴ろうかぁ?」

「ごめんなさい、調子に乗りました」


佑一は大きく溜息を吐いた。


『あっ、溜息吐いた』

「ハモるなっ!!」

「そんなに怒らないでよー」


二人を睨んだまま、再び溜息を吐く。その視線がツッコミを入れる余地を許さなかった。


「だいたいさ」


佑一がぽつりぽつりと話始める。二人が佑一の言葉に耳を傾ける。


「俺が何で死ななきゃいけない? 俺は今の生活に十分満足してるんだ。 死ぬ理由なんてない。 ……あるわけないんだよ、そんなもの」

「嘘だよ。 そんなの」

「嘘じゃない。 俺は満足している。 それで十分じゃないか。 何が不満なんだ?」

「……佑一、あのね」


悪魔が口を開く。その口調は今までのふざけた感じではなく、とても優しくて、まるで子どもをあやす感じのものだった。


「このリストはね、本当に死ぬ人間じゃないと載らないんだ。 それも直近で自殺する人間じゃないと……ね」

「だから、俺は……」

「……多分、忘れちゃったんだよ。死にたい理由をさ」

「理由なんて、ない」

「もしね、本当にそういう理由がないならリストに載ってない、あるいは除外されている筈なんだよ。 本当に覚えないの?」

「ない……」


先ほどまでの明るい雰囲気は影をひそめて、重苦しい雰囲気と成り下がった。誰も喋ろうとしない。佑一は二人の言葉を待っていたし、二人は佑一からの言葉を待っていた。

長く続くと思われた静寂は突如終わりを告げた。これを破ったのは佑一。ゆっくりと立ち上がり、ポケットから携帯を取り出した。天使と悪魔はこの様子を眺めていた。


「どこいくの?」

「電話してくる。 ……部屋、汚すんじゃないぞ」


そう言い残して部屋を出て言った。玄関の閉まる音が妙に寂しさに包まれていた。


「……時間かかりそうだね」

「仕方ない。 ゆっくりやるしかないね」

「うん、ここで焦っても仕方ないってことだよね」

「そういう事」

「……急がなきゃいけないんだけどね」

「まぁね」


二人の静かな決意を口に出していた。


春なのにまだ風が冷たい。だが、佑一にしてみればこの冷たさは頭を冷やすためにありがたい冷たさであった。少し気持ちが落ち着いてきたので舞樹に電話する。

何コール後、電話に出る音がした。


『…もしもし……?』

「あっ…舞樹先輩ですか? 俺です」

『佑一君…? 何でこのばんぎょうしってりゅの?』

「何でって、先輩が暇になったら電話してくれって言ったんじゃないですか」

『そうらっけ~?』


明らかにろれつが回っていない。どうやら、舞樹にはお酒がまわっているようだ。佑一は、変なタイミングで電話したなと後悔した。


「先輩……またお酒飲んでるでしょ?」

『しょんな事にゃいですよ~ふふふふ~』

「ふふふふ~じゃないですよ」

『ときょろで何か御用でしゅか~?』


完全に酔っ払っている声を聞いて、佑一は失敗したと心の中で呟いた。こうなってしまった以上、おそらく会話は成立しなくなる。面倒な事になる前に用件を済ましてしまおうと思った。


「先輩がバイト終わったら電話かけろって言ったんじゃないですか」

『あぁ……そうだったねぇ~』


ちょっと間が空いて。


『いつ暇ににゃのかにゃ』

「聞き取りずらいですけど?」

『んと、佑一君はいつ暇でしゅか?』

「……来週ならなんとか予定開けられますけど?」

『んじゃ、来週デート決定ねぇ~』

「俺に拒否権は?」

『しぇんぱいの言う事はずぇったいれす』

「はぁ……」


佑一は深い溜め息をついた。今日だけで何回吐いただろうか。十年分ぐらいは溜息を吐いた気がする。本当に幸せが逃げてるような気がしてきた。


『溜め息ついた~』

「そのセリフ、もう聞き飽きましたよ」

『……どういう事?』

「いや、こっちの話です」

『そぉう?にゃらいいんらけど~』

「……じゃあ、来週また電話しますよ」

『まってるからねぇ~おやすみぃ~』


そう言って会話は終了した。無機質な音だけが佑一の耳に残った。

大人しく、部屋に戻ると既に天使と悪魔の二人が佑一のベットで堂々と寝ていた。

最早全ての気力を奪われた佑一は、昨夜と同様に毛布を引っ張り出して包まった。そして、最後に大きな溜息をして眠りに就いた。

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