6
「葵殿、随分、やつれて・・・」
国境で葵を見るなり、その手をとって、クリスの声が低くなった。
「ああ、クリス様」
ゆらりゆらりと歩く葵はクリスに支えられた。
「レリマ殿、これはどういう事だ?」
怒りを含んだ視線をメタナ国のレリマにトゥス国のクリスが向けた。
「面目無いのだが、やはり我が国では厳しかった、まず、国王の態度がよろしくない、次に医師の態度も、そして、民も口が立つ者ほど厄介だった」
眉尻も肩もすっかりしょげさがったレリマが答える。
レリマ自身もすっかりやつれて深いため息が漏れた。
「まぁ、ある程度は想定出来たが、怪我はされていないようだが」
クリスが葵をしっかりと抱え込んで問い掛けた。
「否、我々では防ぎ切れずに石が当たって痣になっている所があるらしい、本当に申し訳ない」
今度は深くレリマに頭を下げられた。
クリスの眉間に深い皺が寄った。
「しっかりしてくれ」
「本当に申し訳ない」
レリマは項垂れるばかりだった。
明らかにやつれたレリマを目の前にして、クリスもそれ以上責められなかった。
「レリマ様、お世話になりました、私がまだ生きていられるのはレリマ様をはじめ、レリマ様の部隊の皆様のお陰だと思っております、本当にありがとうございました」
葵は肩で息をしているままだが、クリスに支えられながらレリマに消えそうな笑みを向けた。
「いやいや、葵殿には辛い思いばかりで申し訳ない、それでも、またお越し下さいとお願いするしかない、出来るだけの準備はさせて頂く、それでもまた辛い思いをさせてしまうかもしれない、それでも私はお越し下さいと、願い出る事しか出来ない、本当に申し訳ないと思っている」
レリマは両手で葵の手を握り込んで縋っていた。
申し訳なさと不甲斐なさと僅かな希望に縋る、何とも言えないレリマの顔となっていた。
「レリマ様、体調を整えてトゥス国の巡礼が終わりましたら、またそちらに伺いますね、また、よろしくお願い致しますね」
先程よりはしっかりとし笑顔を葵もレリマに向けられた。
「レリマ殿、葵殿は確かにトゥス国が預かりました、今度は1年です、しっかり準備して下さい」
「ああ、確かに、よろしく頼む」
そのまま、ひょいとクリスは葵を抱き上げ、自国の馬車へと運び、王宮に向かった。
トゥス国の馬車が見えなくなると、レリマも踵を返し難しい顔をしたまま自国の王宮へ向かった。
王宮に着くと葵は熱をだして寝込んでしまった。
ただ、王宮で与えられた部屋は静かに過ごせ、王宮に務める医師に手厚く診てもらえるので安心出来た。
薬で熱が下がってきても、寝たり起きたりと養生していた。
その間に栄養のある、食べやすいものを食せたお陰で、だいぶ食べられるように戻ってきた。
ここの侍女達のお陰で肌や髪も艶を戻し蘇られた。
起き上がれるようになると、王妃がお茶に誘ってくれた。
今流行りのお菓子や花や本など、変わらず楽しい話題を持ってきてくれる。
葵が一時、巫女では無く、普通の女性に戻る時でもあった。
本来なら、他の貴族と一緒に茶会となるのだろうが、王妃が『疲れるでしょ』と一言であっさりと片づけてしまい、暫くは二人で楽しんだ。
慣れてきた頃、仲の良い貴族がたまに一人、二人と加わる程度となった、
加わる貴族は代わる代わるなので、『話した事がある貴族』が少しずつ増え、トゥス国での葵の立場も少しずつ良くなっていった。
戦争終結にはおいては誰からも感謝されているが、巡礼で話している内容は歓迎していない者もいるので、王族も慎重に葵の立場を確立していた。
国を平定する王としては国の守りが第一なので、葵も巫女として動いてもらわなければならなかった。
葵の復活を待っていたら、次の巡礼の出発までは2ヶ月かかっていた。
漸く、葵は凛とした姿を取り戻していた。
今度は一年かけてトゥス国を巡礼していく。
初めに周った地域とは違う土地に向かう。
だから、同じ様に反発と質問と受ける。
それでも、暴言を直接掛けられ事は少なくなった。
王族をはじめ、クリス達貴族からも徐々に浸透しているのだろう。
そして、この国は戦争が無くなれば、それだけ労働力が戻ってきて、産業に活かせている。
この成果は大きい。
まだ、農作物等には目に見えた成果が少ないが、それでも1年という月日は確かな実を結んでいた。
「小麦の神様は何処にいるのかな?」
民が集まる場で話をした後に、男の子が葵に聞いてきた。
「小麦の神様、ですか?」
葵は唐突な質問に驚いて、そのまま問い返してしまった。
「うん、僕の家、今年、新しい小麦作るんだって、だから、小麦の神様に沢山出来るようにお祈りをしようと思ったんだ、何処に居るのかな?」
男の子はにこにこしながら葵に答えた。
「そうですね、私は小麦の神様にお会いした事はないのですが、貴方の家が新しい小麦を作るなら、小麦の神様もきっと気になって見に来るのではないでしょうか?ですから新しい小麦の畑で会えるかもしれません、お天気の良い日は畑でお祈りをしてみては如何でしょうか?お天気の悪い日は神様もお出でにならないかもしれませんから」
葵は屈んで男の子と同じ目線にし、和かな笑みを向けながら応えた。
「うん、そうする、そうだよね、雨はお空の上から降ってくるんだから、神様はきっと上で忙しいよね、お天気の良い日に畑に行ってお祈りしてみるね、ありがとう、巫女様」
きらきらと瞳を輝かせて男の子は葵に笑顔を見せた。
名も知らぬ少年に『巫女様』と認識してもらえた事も、スー神様以外の神様をトゥス国で認識してもらった事も、嬉しかった。
どうも、『色んな神様がいるけどスー神様はもっと上の神様だ』と認識されているらしく、少し違うのだが、そもそも『スー神様以外』が認識されただけでもとても凄い事だと葵は思った。
伝わった事が、ただ、葵は嬉しかった。
暑い季節も、涼しい場所を選び、忙しい時期も少ない時間でと、民が集まりやすい様に工夫がされている。
勿論、国策として葵は巡礼しているので、クリス達が呼び出せば良い事なのだが、それでは始めから反発を生む。
長い巡礼になってきたが、街から離れて川があれば魚を採ってもらい、焼いて食べた。
案外、脂が無い分食べやすかった。
街に行けば食事は随分優遇されるようになったが、贅沢はしなかった。
何処で誰が見ているかわからないから。
それでも、保存食よりは楽になった。
秋は農村の方が、食が豊かだった。
今年は豊作だったらしく、これも戦争が終わって種付けの時に人手があったからだと、葵は感謝され、暫くは具沢山の野菜スープだけでお腹が脹れる程食べさせてもらえた。
「家族皆が揃った食事が一番美味しいんだよ」
農家のおばぁはそう言って豪快に笑った。
冬を迎える頃、国の中では比較的暖かい地方に向かった。
「これが、海ですか」
砂浜に降りて来た葵は目の前に広がる水に見入っていた。
「ええ、我が国は海に面しているので、遠い国とも貿易が出来るのです、それもメタナ国が侵略してくる理由かと思います」
クリスは別の話も淡々と言う。
「えっ?神様だけでは無いのですか?」
感動していた葵は、思いもしない事に驚いて海からクリスに目を移した。
「勿論、ギー神の事もあるでしょう、戒律が厳しいですから、我が国の信仰が広まれば、初めにレリマ殿が懸念していた事に繋がると思っていたでしょうから」
「そう言えば、そうでしたね」
葵は始めの国境でのレリマを思い出し納得した。
「ですが、メタナ国の国力が弱ってきているのはそれだけでは無いと思います」
クリスはそれが侵略してきた理由とばかりに語った。
「確かにあちらの反発は酷かったです、正直、行かなくて済むなら・・・と思いますが、それではいつまでたっても変わらないですからね」
成程、単純な信仰の話だけでは無いから、以前メタナ国で巡礼した時に貧しい話が出たのかと、今更ながら納得した。
寒さに強い農作物の話をしたのは正解だったかもしれない。
本当に役に立たないメタナ国王だ。
つい、思い出すと眉間に皺が寄る。
「葵殿には本当に申し訳ない」
「いえ、良い事もありますから」
メタナ国の王妃も弱いながらも味方をしてくれている。
気分が悪くなるのは国王だ。
「ありがとうございます」
深々と頭を下げるクリスだった。
この頃になると、巫女様と人々に声を掛けてもらう事も増えた。
あの少年は小麦の神様に会えただろうかと、思いを馳せながら王宮への帰路についた。
「「おかえりなさいませ」」
王宮に着けば、いつもの侍女達が総出で出迎えてくれた。
「さっ、先ずは湯あみから、お寛ぎください」
「クリス様、巫女様をお預かり致します」
侍女達に両手を引かれ、連れて行かれる葵は首だけ振り返り、クリスに挨拶した。
「クリス様、ありがとうございました、後程また」
「ええ、ごゆっくり」
苦笑しながらクリスもそう答えるしか無かった。
クリスも自分に当てられている部屋に向かい湯を浴びて身支度をする。
「長きに渡りの巡礼、ご苦労であった」
国王や王妃が揃って客間に座っていた。
公式な謁見の間の様な堅苦しい所ではないらしい。
巡礼が終わって戻ってきた翌日を迎えていた。
今度は一晩ゆっくり休ませてもらえていた。
巡礼の地での待遇が良くなったとは言え、やはり葵はやつれ気味だ。
「労いのお言葉深く感謝致します」
葵はゆっくりと礼をとる。
勧められて、ソファに座る。
「やはり、巡礼はきついようだな」
国王が少し眉間に皺を寄せる。
「こちらでのんびりさせて頂くよりは、色々とございますが、民の皆様が段々理解して下さってきたようで、恙無く出来ております」
葵は穏やかな笑顔を見せた。
「そうか、各地からの報告も随分良い事が多くなってきた、昨年は豊作の年でもあったからかもしれん」
「ええ、豊作なので、沢山食べなさいと勧められました、巫女様とも呼んで頂けました、嬉しい事も楽しい事もございました」
「そうか、それは良かった」
「はい」
国王も腑に落ちた様で、眉間の皺が消えた。
「ここに居る間くらいはのんびりしてね」
「お気遣いありがとうございます」
王妃は変らない穏やかな笑みを向けてくれる。
変らないという事が安心出来る。
「我が国では『神々』と複数である事や『違う』という認識はだいぶ浸透してきたようだが、メタナ国ではまだまだなようだ」
国王は葵が巡礼している間に受けた報告を話してくれる。
「左様で、ございますか」
葵の視線が国王から逸れた。
「ああ、メタナ国王が国王だからな、だが、王太子の方が色々と動いているらしいぞ」
少しだけ国王の声が明るくなった。
「王太子?」
葵は全く知らない存在に瞬きを繰り返す。
だが、自分が会っていないだけで、当然、居るはずの存在かと思い直した。
「会っていないのか?まぁ、こちらでも頻繁に会っている訳では無いのだが、メタナ国の王太子は今まで大人しかったと聞いていたのだが、今回は国王が乗り気でない『巫女の巡礼』の準備に率先して動いているらしい」
「巫女様の評判が気になったのかしら?」
王妃がのんびりと言う。
「私がですか?」
葵は瞬きを繰り返すばかりだ。
国王が咳払いをする。
「動機は兎も角、王太子はあの国にいながら恐らく戦争は好まないのだろう、だが、あの国でしかも王太子と言う立場で、声高に戦争反対とは言えなかったのではないか?だから、この『巫女の巡礼』に乗じて、再戦にならないよう、準備に勤しんでいるのではないか?」
「戦争が嫌いで協力して頂けるのならば有難いです、一人でも多くの方に協力して頂きたいので」
漸く腑に落ちた様子の葵だ。
「そうだな、今までの事があるので、自国の貴族の手前、国王はやはり前向きな姿勢は打ち出せないのだろう、だが、国力が弱ってきているから、内心再戦は出来ないと思っているのだろう、だから王太子を使って準備をさせているのだろう」
「国王陛下が率先したら貴族はならうものではないのでしょうか?」
どうも時々自分の感覚とずれる事が起きると半信半疑な葵。
「国王が強ければそれが出来るが、強くなければ力のバランスを考慮して味方になるよう動いてもらわなければならない」
国王も当たり前の事を何故葵が不思議がるのかわからなかった。
「ああ、左様でございますね、力のバランス・・・」
「そうだ、1年という期間があったから、あの国でも種を渡してやった穀物が無事に収穫出来ているらしいが、それでも我が国の様に豊作ではないだろうからな」
「ありがとうございます、左様ですか、渡した種は無事に育ちましたか、良かったです、でも足りないのですね」
「ああ、ただでくれてやったのに、どうせ大した事が無いからとあまり真剣に取り組まなかったのだ、全く人の善意を無にしおって」
国王はやや怒り出した。
「困った人達ですね」
葵もがっくりと肩を落とす。
貧乏が減らないと話を聞いてもらえない確率がそれだけ高まる。
メタナ国の巡礼がまた厳しいものになる。
一月くらい休んで体調を整えたら、メタナ国の巡礼に向けてトゥス国の王宮を出て国境へと向かった。
「気を付けてね、無理はしないでね、今度はお薬とかも沢山積んでもらったから、使わないで済めば良いのだけど」
「ご配慮頂きありがとうございます」
王妃が心配そうに準備した事を話した。
お菓子も沢山入っているが、それは告げない。
しっかり意図を汲んで葵も礼を言う。
「ああ、以前も言ったが、早めに帰って来ても良いぞ、国境には常に兵がいる」
国王が珍しく小さな声で葵に言った。
出発前の王妃のサロンでお茶をしていた時にも似たような事を言っていた。
「あまり、大きな声では言えんが、もし、無理だと思ったら、こちらへ逃げて帰ってきても良いからな、協定があるとは言え、其方がそこまで犠牲になる必要は無いのだから、メタナ国の巡礼など途中で止めて帰って来い」
そう言ってもらえるだけでも嬉しかった。
「国王陛下、格段のご厚意ありがとうございます、出来るだけそうならない様に願っております」
葵は困った様な笑顔を国王に向けた。
「ふむ、気にするな」
国王も仔細を言う事は出来ない。
そんな事を思い出した。
「では、国境まで葵殿を送って参ります」
「ふむ」
「いってらっしゃい、早く帰ってきてね」
「いってまいります」
クリスの言葉で国王と王妃が見送り出し、葵達は出発した。
如何でしたでしょうか?
色々あるんですねぇ~
お気に召して頂ければ幸いです。
お☆もよろしくお願いします。




