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「葵殿、初めての巡礼でだいぶご苦労なさったようですな」
「不慣れな事が多くて皆さんに色々ご迷惑お掛けしました」
「いやいや、そもそも、巫女を成されていたという事はこちらでは聖女様と同じですから、本来、聖堂に籠られているお立場でしょう、それは勝手が違うというものでしょう」
「そう、ですね、トゥス国で神殿に伺いましたが、勿論造りは違いますが意味合いや役割は似ていると思いました」
「そうでしょう、それがわかっていながら申し訳ありませんが、こちらでも巡礼をよろしくお願いします」
「はい、そのために来ましたから」
レリマが肩を落として葵に頼むのだが、葵も眉尻を下げて、微笑みながら受けていた。
国境線から馬車で揺られながら、メタナ国の王宮に着いた。
「お前が聖女の出来損ないか」
国王への謁見と言われて部屋にきてみれば、開口一番蔑まれた。
「巫女の葵と申します」
葵は深く礼をとった、自分に出来る事は少ない。
「陛下、以前からご説明申し上げていた通り、聖女様と同等の能力をお持ちです、その上で、今回トゥス国との和平の条件として、巫女の葵殿の巡礼を両国で行うと条項に入れられたではないですか」
横にいたレリマが国王に進言している。
「ギー神様を蔑ろにするような妄言を流布するような者、本来なら受け入れる気など無かった」
怒鳴る様な国王の声に圧倒されて身を竦めた葵は小さくなっていた。
「その様な事ではありません、我らがより一層、ギー神様に祈る方が良いという話です、現に、戦争は長い間膠着していたではありませんか、無駄に国力が弱ります」
レリマは慣れているらしく、国王に負けじと大声を張り上げていた。
「ギー神様が絶対だ」
「国王陛下はギー神様だけにお祈りを捧げればよろしいかと存じます」
葵が静かに進言した。
「当たり前だ、誰が他に祈るか」
国王は叫び返すが、それには葵も怯まなかった。
「はい、ですから陛下はギー神様だけにお祈りを捧げればよろしいかと存じますと申し上げました」
「だから、当然と言っている」
大きな声では無いのに葵の声は良く通った。
返される国王の返事に最初の勢いは無い。
「他の神様の事をお考えにならずに、ギー神様の事だけお考えになっては如何と申しております」
「だから、」
「私はギー神様を蔑ろにした事はございません」
国王の発言を遮る様に葵が声をあげた。
その発言に国王の方がビクッと肩が震えた。
「何?」
「ですから、私はギー神様を蔑ろにした事はございませんと申し上げました」
「・・・」
国王は理解が出来ず、分が悪かった。
「私は、トゥス国の巡礼でも申し上げております。
私がいた国では『八百万の神々』と言う言葉があります。
これは数多くの神が存在するという意味です。
小石一つにも神が宿ると言われています。
神々を身近に感じて、そして敬い尊ぶのです。
個々の神がそれぞれに秀でているので比べるものではありません。
どの神様も同じ様に尊い神様ですから、同じ様に敬うのです。
それと同じ様に私達人間もそれぞれ違うのです。
だからその違いを認識して、お互いを敬うのです。
違う神様を信じている人でも、自分と違うと言うだけで排除するのでは無く、違う事を違うと認識すれば良いのです。
戦う事はありません。
貴方は貴方の信じる神様を信じて、その教えを守り、神に祈り、暮らしていけば良いのです。
貴方が心を籠めて貴方の信じる神様にお祈りをする事を貴方の神様は望んでいらっしゃると思います。
他の神様の事は貴方が思う程、貴方の信じる神様は気にしていらっしゃらないと思いますよ。
貴方の神様は貴方を見ているのですから。
寧ろ、貴方が他の神様に意識を向けている事の方が、貴方の信じる神様は寂しい思います。
だから貴方が貴方の信じる神様に一心にお祈りしてくれる方が喜ばれますよ
そう、お話してきました」
「・・・」
「ですから、国王陛下はギー神様だけにお祈りを捧げればよろしいかと存じます」
「・・・半年の巡礼の期間レリマの部隊が護衛に付く、我が国に女性の護衛騎士はいない、だから侍女を数名付ける、それで賄え、後の判断はレリマがする、出発もだ」
苦し紛れの様な文言だけを眉間に深い皺を寄せたまま、告げると踵を返して国王は退出した。
辺りは静まり返って、国王が退出した扉が閉まる音だけが静かにした。
「葵殿、本当に申し訳ない、本当に申し訳ない」
国王が退出すると直ぐにレリマが葵の足元までやってきて、葵より大きな体を葵より小さくなる程畳んで、頭を下げた。
「いえいえ、レリマ様が悪い訳ではないので、頭を御上げください、国王陛下にもご納得頂いたようで、かえって良かったです」
静かに普通に話が出来る環境になった事に先ず、安堵していた葵は自然と笑みが浮かんだ。
「否、そうは言っても子供では無いのだから、和平協定で記載されている事項に対してあの発言はとても認められん、トゥス国の国王に聞かれでもしたら、それこそ協定が破綻する」
緊張のためか、ふぅふぅと言いながらレリマは言っている。
「ここからは聞こえないと思うので、良かったですね」
成程それは大事になるところだったと、重ねて安堵した葵だ。
「いやいや、葵殿、そんな悠長な事を・・・」
眉尻を下げて困った顔のままのレリマだった。
「それで、出発の予定日や巡礼の打ち合わせなどは?」
「ああ、それは場所を変えて、先ず、葵殿の控室に案内する」
「よろしくお願いします」
レリマは近くの文官を呼び寄せ、葵を連れて部屋まで案内した。
案内された部屋はトゥス国で与えられた部屋よりも狭かったが、調度品は高そうだった。
それでも、自身が寛ぐには十分広かった。
打ち合わせの最中に、レリマに確認すれば、こちらでも葵が元の世界に戻る方法はまだ見つかっていないとの事だった。
トゥス国の国王が言っていた通り、文献はこちらの方が多いので、神官や文官が多数駆り出されて探しているとの事だった。
「そうですか・・・ありませんか・・・」
しょんぼりと肩を落とす葵にレリマは甘い菓子を勧めるくらいしか思いつかなかった。
「ありがとうございます、美味しいです」
儚げな笑みを浮かべて葵も形ばかりは応える。
お互いにわかってはいるのだが、それでも救われる。
こちらでの巡礼も半年で、比較的国の中では暖かい地方への巡礼だった。
これからの季節、反対側の地方では雪などが降って寒さが厳しいらしい。
「そうですね、その様な季節では人々の心も閉ざしがちですから、避けた方がよいでしょう」
「ええ、私もそう思います、中々我が国では受け入れ難いお話なので、民の心が出来るだけ緩んでいる時期の方が良いかと思います」
レリマも葵の発言に賛成らしい。
「国境での引継ぎの際にクリス殿から言われた物などは準備が出来ました、後、こちらに来てから葵殿が必要と思った物等ございますかな?」
「いえ、特にあらためて必要と思った物はございませんが、侍女の方達は巡礼に慣れていらっしゃるのでしょうか?」
葵は気になる事と言えば、騎士は訓練などで移動や少々過酷な環境でも良いかもしれないが、侍女には難しいのではないかと思い訊ねた。
「ああ、巡礼と言う訳ではありませんが、我が国では主が旅や査察で移動する度に侍女を連れてあるいております、そういう移動に慣れた者を人選しておりますので、ある程度は大丈夫でしょう」
「そうですか、それなら良かったのですが」
レリマが事も無げに話すので葵も安心した。
よいよ出発の日、国王は見送りに来なかったのだが、王妃がわざわざ見送りに来ていた。
こちらでも王妃には私室のサロンに呼んで頂き、一緒にお茶を楽しんだ。
「気を付けていってらっしゃい、無理は駄目よ、この国での女性の立場は弱いから気を付けてね」
王妃自ら女性が弱いと強調しているあたり、私室でもこっそり言われたが、女性が軽んじられている事を肯定しているようなものだ。
「王妃様、私共が警護致しますので、ご安心を」
「お願い致します」
「いってまいります」
葵は溌溂とした笑顔を王妃に向けた。
レリマが王妃に礼をすると、全員で出発した。
如何でしたでしょうか?
何と無く、何と無くのお話ですので・・・
よろしくお願いします。




