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葵をどうするか。
クリスもレリマも自国に連れて行きたいが、突然連れて行っても自国でどういう扱いになるか判らなかった。
それぞれが使者をたて、返答を待った。
その間に、簡易的ではあるが、国境線上に葵の仮住まいを双方の兵士が協力し、近くの村から材料や人を呼んで整えた。
侍女の様な者を側に置き、生活が出来るようにした。
それぞれの国王から回答が来ると、やはり反発の高いのはメタナ国の方だった。
そのため、葵はクリスとトゥス国王に面会する事にして、それぞれ国境兵士を置いて自国の王都に戻る事とした。
「レリマ殿、そちらに葵殿をお連れする時は是非、貴公がお傍に付いて頂きたい、身の安全が第一だ」
「心得ている、我が国を変えるのは容易では無い、しかし、変えなければならないのだ」
レリマの後ろに控えている兵士達も力強く頷いている。
この短期間に葵の考えが浸透したのか、兵士達の中ではギー神様に祈る事を優先して過ごしている者が多かった。
それが信仰の本分であって、争う事では無いという想いに至ったのだ。
クリスに連れられて葵がトゥス国に入り、国王に謁見を許された。
「其方が巫女の葵か」
「はい、お初にお目にかかります、巫女の葵です」
葵は静かに礼を捧げた。
「異界からよくおいでになられた、こちらでは聖女と言うのが常なのだが、クリスから聞いている、葵は巫女と言うものなのだな、能力は聖女と同等とも聞いているが、確かに聖女の役割とは少し違ったな、此度の戦争終結への働き、ご苦労であった、まさかこんな形で終結するとは思わなかった」
「身に余るお言葉、痛み入ります、私はこちらに来る前の自国の事を語ったに過ぎません、それが、戦いを終わらせられたのなら良かったです」
顔を上げ、国王に応えた。
「否、我々では終わらせる事の出来なかった争いだ、今後は両国においてその考えを広めていって欲しい」
「それはどういうことでしょうか?」
何も聞かされていない葵は率直に訊ねた。
「メタナ国王とも相談して、巫女である葵が直接民へと語りかけてもらいたい、勿論護衛も侍女も付ける、期限も設けないので、急がない」
淡々と語る国王の命令はこの世界では絶対なのだろう。
「左様でございますか、では私はいつ元の世界に返して頂けるのでしょうか?」
巡礼の話など聞いていなかった葵は驚いた。
葵は直ぐにでも戻りたかったが、クリスやレリマ達は祈祷する役目ではないので戻り方を知らないと言っていた。
だから、答えを持っていそうな国王に聞いた。
「戻る事は聞いていない」
葵の問い掛けの方が意外だったかの様に国王は答えた。
「えっ・・・」
葵はあまりの衝撃に膝から崩れ落ちその場に座り込んでしまって、声も出なかった。
「神官、前へ出よ」
葵のあまりの驚き様に国王も驚いたのか、祈祷して呼び寄せたであろう神官達を招き寄せた。
国王の側へと進み出て、葵とは少し距離がある位置に神官達が平伏した。
「巫女には何も説明していないのか?異界より出でた者が異界へ戻る事は聞いていないが、それは間違いないのか?」
「はい、我々は聖女様を呼び寄せる祈祷を捧げておりました、そして、聖女様はお戻りにはならず、この地でお過ごしになる事をお喜びなさってくださったと記録されておりますので、そもそも巫女が来る事が想定外です」
国王に問い質されて、自分達には責任が無いと言い訳を取り繕う神官達だった。
「否、終結のために尽力した巫女だ、労を労って意を汲む必要はあるだろう、巡礼の事も何も話していないのではないか?」
国王に再び問い質されると神官達は慌てた。
「いえ、私共とは接点がございませんでしたので、その、説明する機会も無く」
「巫女が王宮に来てからこの謁見までに時間はあったであろう?祈祷で呼び出しておいて真っ先に面会しないなどと有り得ぬ」
「いえ、その、先程も申し上げましたが、私共が祈祷で呼び寄せたのは聖女様であって巫女ではないのです」
「同じ事だ、クリスからも能力としては聖女と同等と聞いている、ただ、今回は聖女の意思を尊重して巫女と言っているのだ、呼び方が違うだけだ、どの道こちらが呼び寄せて異界から来てもらった事に変わりはないだろう、話にならん」
国王は怒りを滲ませた言い方だった。
神官達は頭を下げているばかりで、何も回答はしなかった。
「それで、異界に戻す方法は無いのか?」
「今までそれを必要とする事はありませんでしたので、ございません」
神官の一人が震えた声で答えた。
「な・・・い・・・」
神官の答えを聞いて、意識が遠くなり倒れそうな葵をクリスが後ろから支えていた。
「探せ、この議についてはメタナ国の神官と相談しろ、向こうにあるならそれを頼むのだ、無ければ何としても見つけだせ」
叫ぶような国王の声に体全体を震わせて神官達は後退りながら退出していった。
「巫女を休ませろ、話の続きは後日にする」
国王の一言で謁見は終わった。
クリスが抱える様にして葵も退出した。
王宮の中に与えられた葵の部屋に戻ってきた。
呆然としたままの葵の側にクリスが付いていた。
国王に謁見という事で飾られていた衣裳は侍女達によって楽な衣服へと変っていた。
されるがままに着替えた葵はソファに座ったままだ。
「おやすみになられては如何か?」
そっと囁くようにクリスが葵に告げた。
ゆっくりと声のする方を確認するかのように葵の顔がクリスに向けられた。
「急ぐ事は無いと言われているし、先ずはおやすみになられては如何か?」
再び、クリスが葵に宥める様に言う。
「そうですね、横になります」
のろのろと立ち上がる様に動き始めた葵をすかさず支える様に手を伸ばし、抱き上げてベッドまで運んで、そっと横たわらせた。
「ありがとうございます」
「おやすみなさいませ、御用がありましたら、お呼びください、控えの間におりますので」
「はい」
そっと瞼を閉じ始めた葵に、静かに部屋から下がっていくクリスだった。
ひと眠りした後、目覚めたのは月が傾くほどの時刻だった。
宵闇の中白く浮かんだ月は下弦の月だった。
「帰れないなんて・・・」
葵はそっとベッドで起き上がり窓の外の月を見ていた。
静かに涙が溢れてきた。
辿り落ちて行く先は自身が握りしめている掛布の上だった。
「帰りたい」
流す涙を拭ってくれる手が、今は無い。
「帰りたい、雅様・・・雅様・・・」
零れる言葉は涙と共に宵闇に梳けていく。
恋しい相手の声はここには届かない。
謁見の間の様な公式な場ではなく、王妃のサロンに葵が呼ばれた。
「慌ただしくてごめんなさいね」
使用人に案内されて、部屋に入るなり、王妃に詫びられた。
「いえ、私もよくわかっていないので、失礼があったかと思います」
葵もこちらの仕来りはわかっていない。
「いいのよ、貴女は何も悪くないもの」
王妃は柔らかな目元を更に和ませて葵を見つめた。
「ありがとうございます」
王妃にそう言ってもらえるだけでも、葵も心が軽くなる様な気がした。
「それでね、陛下ももう直ぐこちらに来るから、それまでお茶していましょう、こちらのお茶には慣れたかしら?」
「ええ、紅茶やハーブティーを美味しく頂いております」
「そう、良かったわ」
柔らかな笑みを王妃に向けられると安心する。
「足りない物はないかしら?侍女達にはよく言ってあるのだけれど」
「はい、過分なお申し出ありがとうございます、恙無く過ごさせて頂いております」
「それなら良いのだけれど」
和やかな時が流れた。
お菓子という物も、以前食べていた物と違い甘みが強かったが、慣れれば美味しいものだった。
「待たせた」
暫くすると国王がやってきた。
「いえ」
葵は素早く立ち上がり礼をする。
「いやいや、気にするな、そのために妃の部屋にしたのだ」
「ありがとうございます」
お互いが座って話が始まる。
「今日の話は2つだ、一つ目、巫女が異界に戻る手段は探させている、これに関してはメタナ国にも確認したが、あちらでは実は祈祷も上手くいってなかったらしい、だが、文献だけはこちらより多いというのがわかっている、なので、向こうでも探させているそうだ」
流石に国王は話が慣れているのだろうか、結論と状況が分かりやすかった。
「ご配慮ありがとうございます」
葵も真っ直ぐに国王を見つめて深く礼をする。
「二つ目、巡礼の話だが、この国からゆっくりと回って欲しい、巫女には悪いが『聖女』というのは民にはやはり希望なのだ、勿論、今回は癒しだけではなく、終戦に至った理由の話もあるので、聖女とは違う巫女として周ってもらいたい、これはかえって聖女でなくて良かったと思う、聖女であれば今までのイメージが強すぎるので民に伝わらない」
「そういうものでしょうか?」
聖女を望まれたのに、今は巫女で良かったと思われている。
腑に落ちずについ、葵は聞いてしまった。
「ああ、想い込みという潜在意識はそういうものだ、だからこそ巫女で良かったのだ」
国王は確かな事だと思い込ませるほどに大きく頷きながら言う。
「わかりました」
葵もこの世界にはこの世界の仕来りがあるのかと思う事にした。
「巡礼には基本的にクリスに付いて行ってもらうが、メタナ国では向こうの護衛が付く事になる、こちらとあちらを半々に周ってもらう事になった、偏りがあると揉め事の元になるので、公平にと言う事らしい」
「そうですね、同じ様にする方がよろしいかと」
ふむふむとお互いが頷く。
「出来るだけ巡礼中も不自由が無い様にしたいところだが、もしかすると辺境まで行くと難しくなるかもしれないから、そこは状況を見て、クリス達が判断する事になると思うが、出来れば広めに行って欲しい」
国王の目が為政者の目となる。
「はい、それは護衛の皆様のご判断にお任せします」
言われた事が、葵が判断出来る事では無い事くらいはわかった。
「ふむ」
「いつからでしょうか?」
「準備が出来次第と、巫女の体調が戻り次第だな、巡礼は楽では無い、しっかり体力と気力が戻ってから出発した方が良い、途中で何かあれば王宮に戻ってきて休んでからまた出掛ければ良い、そこは無理をするところでは無いからな」
「お気遣い頂きありがとうございます」
国王が為政者から弱者を守る様な目に変わった。
葵はその気持ちがとても嬉しかった。
「心配事や足りない物等出発前に何でも言うように、出来るだけの事はさせる」
「はい、ありがとうございます、精一杯努めます」
「ふむ、期待している」
お互いが頷いたところで、国王は部屋から退出した。
あまり執務から離れていると、色々と探られるらしい。
今回の事で神官達にきつく指示を出したらしいので、巫女が逆恨みされては困ると思っているようだ。
だが、国王も無益な戦争は避けたかったらしく、今回の終結は喜ばしかったので立役者である巫女の立場が聖女と違って万民に尊敬されるものでは無いのが気掛かりなようだ。
歴代聖女は政に関与しないものだった。
程なくして、様々な準備が整い、葵は巡礼の旅へと出発した。
王妃がこっそりと沢山のお菓子を持たせてくれたのは女同士の秘密だそうだ。
如何でしたでしょうか?
少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。
引き続きよろしくお願いします。




