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伯爵令嬢のカフェ開業計画~冷徹公爵様、貴族らしからぬ店に入り浸る~  作者: 清泪(せいな)


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伯爵令嬢、老淑女に微笑まれる

 サヴォワ商会を訪ねたのは、曇天の午前だった。

 事前の約束も取らず押しかけるような形になってしまったけれど、迎えてくれた老執事は相変わらず柔らかな笑みを浮かべていて、すんなりと応接間に通してくれた。

 ただ、扉の前でひと言だけ告げられる。


「先客がいらっしゃいますが、どうぞお気になさらず」


 先客?

 誰だろうと首をかしげつつ入った私は、すぐに理解した。

 応接間に座っていたのは、フェイだったからだ。


「いらっしゃい、エリー」


 穏やかに微笑むジュヌヴィエーヴさんが、続けて唇を吊り上げる。


「若い人たちが寄って集って、老人をいじめに来たのね」


「え、あ、その……」


 不意を突かれて言葉が詰まる。

 思わずフェイに視線を送ると、彼も困惑気味に首を横に小さく振った。


「冗談よ。本気にしないで」


 ジュヌヴィエーヴさんが肩を揺らして笑い、フェイは小さく咳払いをして姿勢を正す。


「迷惑をかけている立場なのに、冗談を言ってる場合じゃないわね」


「め、迷惑だなんてそんな……!」


 慌てて否定しようとしたけれど、うまく言葉が続かない。


 サヴォワ商会が、長年バイン商会に追いやられてきたことは知っている。

 老舗が貴族商会に圧迫されていたその歴史は、今もなお根っこの部分で人々を縛っているのだろう。


「ティーツリーがエグランティーヌを取り扱ってくれて、街が少しずつ活気を取り戻してきた……といっても、まだほんの数ヶ月の話。長年に渡って追いやられてきた感覚は、そう簡単には拭えないの。情けないことだけれど」


 ジュヌヴィエーヴさんの声音は静かだった。

 けれど、その奥に悔しさを押し殺しているのが伝わってきて、胸が痛む。


「貴族からの圧力は商売の面だけではない」


 フェイが低い声で言う。


「この国の王政の時代から続き、帝政に代わってなお残り続ける格差意識の植え付けだ。庶民と貴族、その関係そのものが根を張っている」


 ――公爵としての言葉。

 旅人を装って民の心理を探る彼の本質が、ここに滲んでいるように思えた。

 彼は、自らの立場にありながら、その関係を揺るがせにしようとしているのだろうか。


「情けないと言ったのは、劣等感のことではありません」


 ジュヌヴィエーヴさんが静かに首を振る。


「そんな感情に呑まれた皆に、助けを差し出すことも、助けを求められることもなかった。力も信頼も、私は持ち合わせていない。……商会の長として、それが情けないのです」


 毅然とした老淑女の姿しか見てこなかった私には、その言葉が意外で、そして胸を締めつけた。

 ――彼女もまた、追い詰められている。


「軍務への監視という政策案が通ったことで、連中は商業政策にまで本腰を入れる余裕を得た」


 フェイが言葉を継ぐ。

 今の彼は、完全に公爵として話しているように見えた。

 以前からジュヌヴィエーヴさんはフェイの正体がヴィクトル公爵の変装だと気づいていたけれど、フェイも誤魔化さずに真摯に対応してるのだろう。


「サヴォワ商会は、いわば我々の争いに巻き込まれた側だ。情けないとは言わないでもらいたい」


 ジュヌヴィエーヴさんは目を細め、かすかに笑みを浮かべた。


「……巻き込まれた、だなんて仲間外れにしないで。頼りにならない老婆だけれど、偉そうにもあなた方を試そうとした身。今さら他人のせいだなんて、言える口は持っていないわ」


 冷静さを装っているけれど、その声には力がこもっていた。

 弱音を見せながらも、芯の強さを決して失わない。

 やっぱり、この人は強い。


「街の商店を守るつもりだったけれど、力不足も信頼のなさも露呈してしまった」


 彼女は淡々と痛手を口にしてから、きっぱりと顔を上げた。


「けれど、やられっぱなしではいられない。やられたらやり返す。そういうことよね」


 そして、再びイタズラめいた笑みを私たちに向ける。


「若い人たちが寄って集って、老人を焚き付けに来たのでしょう?」


 その瞳の奥に宿った光は、弱さではなく攻撃心。

 悔しさを隠しながらも、戦う意思だけは決して消していないのだと、私は思った。

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