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伯爵令嬢のカフェ開業計画~冷徹公爵様、貴族らしからぬ店に入り浸る~  作者: 清泪(せいな)


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伯爵令嬢、新たな問題が起こる

「ごめんなさい。仕入れについて問題が起こりまして……」


 アルがそう言って深々と頭を下げるのを見て、私は思わず目を瞬かせた。

 数日前、フェイが「ここはもう私の戦場でもある」と告げた夜から、まだ日も浅い。

 店はなんとか落ち着きを取り戻しつつあったはずなのに――。


 裏口のドアのところで待っていたマリアは、気まずそうに目を逸らしたまま困った顔をしている。

 彼女の様子で、ただ事ではないと悟った。


「アル、頭を上げて。……何があったの?」


 促すと、少年はおずおずと顔を上げた。

 いつもは自信に満ちて、取引のときなどは大人の商人顔負けの口ぶりを見せる彼が、今はどこか頼りなく見える。


「……バイン商会、いえ、ギルバート・ラングフォード侯爵が本格的に圧力をかけてきたんです」


「圧力?」


 私が問い返すと、アルは唇を噛んでうなずいた。


「他地域の茶葉の仕入れや、進めようとしていた外国産茶葉の仕入れに対して、税率を上げる動きがあるみたいで……」


 税率――。

 思ってもみなかった言葉に、私は息をのんだ。

 フェイと話した夜に、次の妨害があるだろうとは予想していた。

 けれど、もっと単純な妨害を想像していたのだ。

 こうして「法律」や「政策」という形で迫ってくるとは。


「それも……侯爵派の息のかかる商会と与していない個人商人を狙い撃ちにするような政策でして。多くの商人にはさほど影響がないから、静かに進められていたらしくて」


 アルは困惑を隠しきれない表情で続ける。


「ちょっと待って、それって……ただのイジメじゃないの?」


 マリアが眉をひそめて声を上げた。


「そんな理不尽なこと、議会で通るの?」


「……通るんです。以前、ティーツリーの拡張の時に持ち出された『商会法改正案』のひとつみたいで。あの時は乱立する新店舗を抑える名目でしたけど、今回は『個人商人の暴利を防ぐため』だそうです。確かに……個人商人の中には相場を吊り上げて儲けてる人もいますから」


 苦笑いを浮かべたアルは、ちらと私を見て肩をすくめる。


「正直、僕もエグランティーヌを他地域に高値で卸してましたしね」


 その言葉に、私は思わず目を見開いた。

 グリンフォードの地元茶葉・エグランティーヌをティーツリーで扱い、話題を集めることで希少価値を打ち出し、他地域へ売り出していく――それは彼が前に語っていた商売の青写真だ。

 少年とは思えないほどしっかりした計画に感心していたけれど、別の角度から見れば批判の対象にもなる。

 ――そんな盲点があったなんて。


「それで……税率が上がるって言っても、もう仕入れができなくなるくらい高いってわけじゃないんだよね?」


 私は努めて落ち着いた声で尋ねる。

 だがアルは、再び言葉を詰まらせて視線を伏せた。

 胸の奥がざわつく。

 マリアも察しているのか、同じく困った顔をしている。


「……今回の動きは、はっきり言えば『貴族主体の商会に与しないものは損をする』って宣言みたいなものです。つまり、バイン商会に反発するものや、それに協力するものを狙い撃ちする意味がある」


 アルは深く息を吐いて、言いにくそうに続けた。


「それを察して……サヴォワ商会との取引を率先していた僕との仕事を渋る仕入れ先が出てきました。……仕入れの問題とは、そのことなんです」


 その言葉が落ちた瞬間、厨房の空気が冷え込んだ気がした。

 静かに進められた政策が、じわじわとティーツリーを締め上げ始めている――。

 私は思わず拳を握りしめた。


 アルの言葉を聞いて、重苦しい沈黙が落ちた。

 その中で、マリアが静かに息を吐いて口を開く。


「エグランティーヌについてはサヴォワ商会から仕入れてる分があるから、当面は量の心配はないの。でも、他の茶葉は違うわ。仕入れ量が減って、このままじゃ数日もすればティーツリーのメニューに欠品が出る」


 彼女の声は淡々としていたが、そこには確かな切迫感があった。

 在庫の管理は私やレオノーラも把握しているけれど、一番細かく目を通しているのはマリアだ。

 だからこそ、彼女の言葉の重みは大きい。


「地方の茶葉を限定的に出す取り組みも、継続は難しいかもしれないわね。エグランティーヌ一本で押し通せばある程度は喜ばれるでしょうけど、……お客さんの舌が慣れてしまえば飽きられる」


 私は胸の奥をぎゅっと掴まれた気がした。

 ――そうだ。

 エグランティーヌを広めたいという恩義から尽力してきて、やっとグリンフォードで普及が戻ってきた。

 だがそのせいで希少価値は薄れ、一本だけでやっていくには難しくなってしまったのだ。


「エリー、実は茶葉だけの問題じゃないの」


 マリアが困った表情を崩さず、言葉を継いだ。

 私は思わず眉をひそめる。

 これ以上、まだ何かあるというの?


「バレット夫妻のパン屋さんも、この仕入れ問題に困ってるみたい。オスカーさんたち、食材をサヴォワ商会から仕入れてたでしょう? でも……バイン商会との対立が深刻化して、難色を示す人が出てきたみたいなのよ」


「……そんな」


 思わず声が漏れた。

 サヴォワ商会とバイン商会の対立を嫌う人がいることは、前から聞いていた。

 けれど、あの“お茶会”と称した試練を越えて、ティーツリーがエグランティーヌを扱うようになってからは、前向きに検討してくれる流れになっていたはずじゃなかったのか。

 それがまた揺らいでしまうなんて。


「茶葉だけじゃなく、食事の材料まで欠品になるかもしれない。そうなったら店は立ち行かないわ」


 マリアの冷静な声が、胸に突き刺さる。

 ――これは、もう放っておけない。


 私は強く息を吐き、決意を固めた。

 このままではじりじりと締め上げられるだけだ。

 状況を把握し、動かなければならない。


「……ジュヌヴィエーヴさんに会いに行こう。サヴォワ商会として、どう考えているのか直接聞かないと」


 自分の声が少し震えているのがわかった。

 けれど、もう迷ってはいられない。

 ティーツリーを守るために、私は動く。

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