伯爵令嬢、旅人の提案を聞く
フェイ――ヴィクトル公爵の問いに、男たちは眉をひそめた。
警戒と、戸惑い。
それにほんのわずかな、期待のようなものが浮かんでは消える。
少しの間のあと、迷惑客の一人が鼻で笑いながら口を開いた。
「……なんだ、アンタも誰かに嫌がらせでもしたいのかい?」
――は、と気が抜けたような声を漏らしてしまいそうになる。
そういう意味に取る?
男たちの中で、フェイの言葉は「次の依頼人の登場」に聞こえたらしい。
たしかに、突然現れた旅人風の男が、自分たちの所業を理解した上で声をかけてきた。
おまけに働き口の話なんて、まるで雇用主気取り。
……そう解釈してしまうのも、まあ、わからなくはないかも。
でも。
「誤解してもらっては困る。紹介したいのは、グリンフォードでの真っ当な仕事だ」
その一言で、男たちの顔が一気に間抜けになった。
ぽかんと口を開ける三人の様子に、思わず笑ってしまいそうになるのを私は懸命に堪えた。
笑ってはいけない。
ここはまだ、火薬の匂いが残る場所だ。
けれど、フェイの声は変わらず静かで、冷ややかに状況を転がしていく。
「この街は石造りの家が多くなったが、いまだに木材の需要はある。森の管理や伐採には労力が要るからな。だが年々、木こりとしての働き手は減ってきているのだそうだ」
「……木こり?」
ぽつりと漏れる疑問の声を、フェイは無視するかのように話を進める。
「それと、大工も人手不足だ。地元茶葉エグランティーヌで注目を集めつつあるこの街に、他の街から人が移ってきている。住居の需要が急増していてな。猫の手も借りたいほどだそうだ」
……それは確かに聞いたことがある。
ルークさんがよく、依頼される設計数が追いつかないって嘆いていた。
嬉しい悲鳴だよ、と忙しさを楽しんでいる様子は私も同調できた。
だからフェイの言うことは事実だ。
けれど、今ここにいる三人にとって、それはあまりにも遠くて眩しい。
「ハッ、何を言うかと思えば、オレたちにまともに働けって? ……お前はどこぞの聖職者かよ? ここは教会か? 懺悔でも聞くのか?」
口調が荒くなる。
生気のなかった目に、久々の火がともるように。
その反発には自嘲が混じっているように感じる。
自分でも「まともな道」なんて、もう無理だと思ってるのだろう。
「ならば、お前たちはいつまでも危ない橋を渡り続ける暮らしを選ぶのか?」
フェイは冷静に言い返す。
その目は、相手のやつれた頬や泥まみれの服をじっと見つめていた。
「王都の“貧民街”は、元々“旧市街”と呼ばれていた。落ちぶれた貴族や罪人、その家族などを隔離し、ある意味で“保護”するための区域だ。王家の体裁として、国民を完全に切り捨てないための、言わば網のような場所だった」
その言葉に、男たちの誰かが小さく鼻を鳴らす。
けれど、遮ろうとした男をフェイがじっと睨みつけると、そいつは黙り込んだ。
目で黙らせるって、あんなに簡単にできるものなんだ……。
「帝政になった今も、あの場所は“格差の象徴”として残っている。だが、それはあくまで王都の話だ。このグリンフォードには、そんな制度も区域もない。“網”など、無いのだよ」
網が無い――その意味が、私にも分かってきた。
「この街で放火や殺人などの重犯罪を犯せば、間違いなく牢屋行き。そして、最悪の場合……死刑だ」
男たちの目に明らかな怯えが浮かぶ。
先ほどの反発的な態度が嘘のようだった。
「しかも、その時点で“彼ら”は君たちを切り捨てるだろう。依頼したことごと闇に葬り、関係性は存在しなかったものとして処理する。釈放を手助けしてくれるなんてありえない」
“彼ら”と名指しこそしなかったが、私にも分かった。
バイン商会――だろう。
それが“この世界の仕組み”なのだと、目の前の男たちに、フェイは突きつける。
「だ、だけど……」
一人の男が、震えるような声で言った。
「今さら、真っ当な生き方なんて……出来るわけがねぇ。オレたち、ここで失敗したら、それこそ殺されちまう……!」
必死の言い訳に、私は思わず息を呑んだ。
彼らなりの恐怖、彼らなりの現実。
でも、フェイはそれすらも見透かしていた。
「だから今なんだ。今だからこそ、止められる。君たちの雇い主は、そこまで執着していない。しくじって逃げたところで『役に立たないから捨てた』で済ませる程度の存在なのだよ。君たちのために殺し屋を差し向けるなんて、そんな手間も金も、使いはしない」
現実を、容赦なく、正確に突きつけていく。
「たとえ口外しても、向こうは知らぬ存ぜぬで押し通すだけだ。君たちが誰に何を言おうが、何の証拠にもならない。使い捨て。それが、今のお前たちの立ち位置だ」
重たい空気が、ずしりと店に沈んでいく。
私まで息をするのを忘れそうになるくらいに、静かだった。
「だからこそ、今なんだ。今なら、まだ真っ当な道が残っている。……このグリンフォードは“逃れてきた者”の街だ。過去を問われず、今の姿勢を受け入れてもらえる街だ」
フェイの声は最後まで変わらなかった。
交渉人のように、商人のように、ただ静かに選択を提示していた。
「姿勢さえ、正せるなら――な」
男たちは誰も、何も言わなかった。
言葉ではなく、黙ったまま、それでも明らかに――考えていた。




