伯爵令嬢、あの客たちが再び訪れる
限定メニューの“地紅茶”は、少しずつだけれど、着実に評判を得ていた。
珍しい紅茶を目当てに店を訪れるお客さまは日に日に増え、メニューが売り切れることも多くなっていた。
ティーツリーが少しずつ“賑わい”を取り戻していく様子に、私たちの背中も自然と伸びていく。
朝の準備に始まり、昼のピークを越えてもなお客足が絶えない日もある。
それでも、今の私はこの忙しさを楽しめていた。
紅茶を淹れるたびに店に漂う新しい香り、それを誰かが嬉しそうに語ってくれる光景。
手探りの挑戦が、少しずつ誰かの喜びに変わっていく――その実感が、なにより心強かった。
そんなある日だった。
昼の喧騒が落ち着き、常連客たちが食後の紅茶を静かに楽しんでいた午後。
入口の扉が、きい、と重たげな音を立てて開いた。
視線を向けた私の心臓が、一瞬跳ねる。
まさか、と思った。
もう二度と来ないと思っていた、あの迷惑客たちだった。
けれど、以前と様子が違う。
人数は三人に減っていた。
服は汚れ、髪はぼさぼさで、ひどくやつれている。
目の奥に光はなく、そしてなにより――体臭が酷かった。
「入店はお断りよ」
カウンターを離れたマリアが、はっきりとした口調でそう言い渡した。
けれど、その言葉に彼らは無反応だった。
一人が、唇だけ動かすようにして、低く呟く。
「……うるせぇ」
そして、よろけながらも空いている席へと勝手に座ってしまった。
店内の空気が、凍りつくように冷たくなった。
私は慌てて駆け寄り、なるべく柔らかな声で言う。
「お水、お持ちしますね」
荒立てない方がいい。
そう判断した私の言葉に、男たちは曖昧に頷いた。
「水だ……水をくれ……!」
ひとりが掠れた声で、絞り出すように叫んだ。
私は素早く冷水を三つ運ぶ。
マリアは私と目を合わせると、黙って外へ出ていった。
衛兵を呼びに行ってくれたのだ。
客たちは一言も発せずに水を飲み干し、それでもどこか、店内を睨みつけるような目で動かしていた。
その異様さと悪臭に、ほかの客たちは席を立ち、ひとり、またひとりと退店していく。
「どうするの、エリー?」
レオノーラが小声で尋ねてくる。
けれど私も困っていた。
何をしでかすか分からない。
マリアを待つしかないのだ。
「……油の匂いがする」
と、不意にメアリが呟いた。
以前は怖がって厨房からも出てこなかったのに、今日は私のそばにいる。
「油……?」
首を傾げた私の横で、レオノーラが驚きに満ちた声をあげた。
「まさか、放火する気?」
声を抑えたつもりだったのだろう。
でも店内にいた客たちはその言葉を敏感に拾ってしまった。
ざわざわと騒ぎが広がっていく。
焦りがこみ上げる。
衛兵を呼んでも、来るまでには時間がかかる。
それまでこの人たちが何もしない保証なんて、どこにもない。
と、
カラン、と鈴の音が鳴り、扉が開いた。
こんなに早く?
マリアじゃない……?
不安と驚きで顔を上げると、そこに立っていたのは──旅人姿に変装したヴィクトル公爵──フェイだった。
あ、と小さく息が漏れる。
助かったという安堵と、巻き込んでしまったという申し訳なさが胸を押し合う。
このまま引き返してもらっても、構わないと思った。
けれど、フェイは迷わなかった。
店内の空気を読み取ると、そのまままっすぐ迷惑客たちの席へと歩き、近くの椅子を引いて座った。
「何だ、テメェ……」
覇気のない声が、彼に向けられる。
けれどフェイは表情一つ動かさずに言った。
「迷惑行為の失敗により、暫く食えていなかったか? その様子だと、住む場所も無いらしいな」
「あ……?」
男たちは唸るように声を返す。
けれど、その目に迷いが走ったのが分かった。
「以前は注文して居座っていたと聞いていたが、今回は水だけ。つまり、今回の報酬は前払いも無い成功報酬、というところか」
フェイの言葉に、男たちは露骨に動揺した。
図星だったのだ。
「お前たちに、良い働き口があるんだが……どうだ?」
まるで商談でも持ちかけるように、フェイは静かにそう言った。
店内に、息を呑むような沈黙が落ちた。




