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伯爵令嬢のカフェ開業計画~冷徹公爵様、貴族らしからぬ店に入り浸る~  作者: 清泪(せいな)


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Ex.5 冷徹公爵、自粛を要請される

 夕陽が窓の格子を縁取るころ、私は執務室の深いソファに身を預けていた。

 クラウスが湯気の立つ紅茶を静かに差し出す。

 淹れたのはダージリン。

 最も乾いた気分のとき、私が好む茶だ。

 無言でそれを受け取ると、香りとともにようやく今朝の出来事を飲み下した気がした。


「陛下から、活動自粛を――」


 クラウスが問いかけるというより、確信を持って確認した。


 私は軽く頷く。


「直接の御前。監察機関の創設が内定したこと、“監察機関の初期段階では、周囲の誤解を招く行動は控えてほしい”――それが、陛下の言葉だった」


「つまり、あなた様が引き続き市政や商会に干渉していると、それが“私的な裁き”と見なされる可能性を陛下は警戒しておられるわけですね」


「逆らえば、“ヴィクトル公爵が帝政に歯向かった”という見出しを用意していたのだろうよ」


 私はカップを皿に戻し、視線を窓の外へと投げた。


「――三十五年前。王政が崩れたあの年、陛下はまだ若かった。王家最後の嫡子として、民意により“形式的に選ばれた皇帝”という立場だった」


 即位は象徴でしかなく、求められたのは政の実行ではなく、かつての体制の亡霊をなだめる役回り。

 そのことを、あの人自身もよく分かっていたはずだ。


「……王制の幻影を残す“器”として据えられただけ。だが、陛下はその器に、三十五年の政治を注ぎ込んで、血の通ったものにしてしまった」


「飾り物のはずが、自ら歩き出したと?」


 クラウスの声に皮肉の色がにじむが、否定の響きはない。

 この老執事は、長年ラングフォード家の政敵にして、現皇帝の臣下でもある男だ。

 感情ではなく、構造を読む。


「皇帝という名に、恐れと従順の両方を染み込ませた。その沈黙には、諦めではなく……支配する覚悟がある」


「五十を越え、なお若き頃の即位の影を背負い続けながら、誰よりもその座に根を張っておられるというわけですな」


 私は微かに頷く。

 あの御方は決して激情型ではない。

 だが、怯まず、崩れず、許さず、忘れない。

 ああいう“静けさ”こそ、最も恐ろしい。


「……受けるさ、要請は。あの方が今、私を完全に排除しなかったのなら、それはまだ“使う価値がある”と見ているからだろう――だから、逆らわない。いや、従うとも違うな。ただ、“動かない”」


「殿下は、“動かない”ことを選ばれると?」


 私は口元に笑みを浮かべた。

 クラウスは、私がその言葉のままじっとしているような人間ではないと知っているくせに、こういうことを問う。


「“堂々と公爵として動けぬなら、旅人として動けばよい”――というわけですな」


 クラウスの目がわずかに細まり、口元に微笑が浮かぶ。


「察しが早くて助かるよ。明日、荷をまとめてくれ。“フェイ”として、ティーツリーを訪れる。久々に……喧騒の街の空気を肌で感じたくなった」


「承知いたしました。旅人の荷造りにしては、少々重厚な紅茶を詰め込むことになりますが」


「良いだろう。あの街では、茶葉の匂いがすべてを洗い流してくれる。……何より、彼女の立てる茶がある」


 “彼女”の顔を思い浮かべながら、私は再びカップを干した。

 舞台は動いている。

 舞台の上に立つ者が誰であれ、その背後で糸を引く者こそが、本当の勝者だ。


 そして私は――まだ、糸を手放していない。

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