表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伯爵令嬢のカフェ開業計画~冷徹公爵様、貴族らしからぬ店に入り浸る~  作者: 清泪(せいな)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

64/67

伯爵令嬢、新法について知る

 ティーツリーは定休日だった。


 大家のギャランさんから聞かされた話を、ジュヌヴィエーヴさんに相談するため、サヴォワ商会を訪ねることにした。


 休みだというのに、レオノーラが快く付き添ってくれた。

 メアリとノアも一緒に行きたがったが、「難しい話になりそうだから」と言い含め、今日は留守番をお願いすることにした。

 マリアが「せっかくだし、料理でも教えてあげようか」と笑いながら二人の相手を買って出てくれたのはありがたかった。


 サヴォワ商会の会館。

 高くて重たい扉の前に立つと、いつもより少しだけ肩に力が入る。

 今日の私は、そこの玄関先で、控えめにベルを鳴らす来客のひとりだった。


 応対に出てきたのは、以前も顔を合わせた老執事だった。


「約束もなく申し訳ありません。ジュヌヴィエーヴさんにご相談したいことがあって……」


 そう伝えると、老執事は目尻を和ませるように優しく笑った。


「ジュヌヴィエーヴ様は、お嬢様のご来訪なら歓迎であると、常々仰っております。どうぞ、お入りくださいませ」


 中に通されたのは応接室ではなく、控えの間だった。


「先客がおりましてな。お時間を少々頂戴いたします」


「いえ、こちらこそ突然伺ってしまって……」


 少し前の私なら、こうしたやりとりにすら戸惑い、おろおろしていたと思う。

 けれど何度か足を運ぶうちに、ここでは貴族の娘ではなく、一人の“エレノア”として迎え入れられている感覚を、少しずつ得るようになっていた。


 一方で、初めてこの屋敷を訪れたレオノーラは、背筋をぴんと伸ばして座っていた。

 緊張が隠しきれない表情に、どこか貴族令嬢としての昔の面影を感じる。

 この空気に触れ、彼女もまた忘れかけていたものを思い出したのかもしれない。

 その様子を隣で見ていると、ふっと肩の力が抜けて、思わず口元が綻んだ。


 しばらくして応接間に通された。

 先客とは、少年商人のアルくんのことだった。


「せっかくですから、アルくんにも一緒に話を聞いてもらいましょう」


 ジュヌヴィエーヴさんの提案に、私も自然と頷いた。


「それは、最近噂に聞く『商会法改正案』が関わっているかもしれませんね」


 無邪気そうな見た目とは裏腹に、アルくんは静かで落ち着いた声でそう言った。


「商会法改正案……?」


 耳慣れない単語に、私は思わず問い返す。

 レオノーラも、隣で小さく首を傾げていた。


「まだ噂レベルなので真偽は不明ですが──」


 そう前置きしてから、アルくんは簡潔に説明を始めた。


「『商会法改正案』とは、新しく店を開く際に規制をかけるための法律です。正確には、商会連盟の下部組織、たとえば南部商業評議会のような機関が、その裁量で新規出店を精査できるようにするという内容ですね」


「新しい店に制限を……それって、うちの拡張が止められたことと……」


「直接の関係は断言できませんが、もしその法案がすでに動いているのなら、高い確率で影響していると見ていいでしょうね」


 私の疑問に、ジュヌヴィエーヴさんが静かに補足した。


「でも、拡張って新規出店とは違うはずよね?」


「ええ、本来なら別扱いのはずなんですが──」


 アルくんは言い淀みながら、少し困ったように口角を下げた。


「今回の場合は、“ティーツリーそのものの開業が適正だったかどうか”というところまで遡って見直しが入っているようなんです」


「な、なにそれ……」


 頭がついていかない。

 過去まで遡って不備を見つけ、今に繋げようとするやり口に、寒気がした。


「『商会法改正案』の建前は庶民保護なのよ」


 ジュヌヴィエーヴさんの声は、皮肉交じりに聞こえた。


「後から貴族系商会が地元の小さな商店の隣に新店を構え、市場を奪って潰す──そうした事例を防ぐため、という表向きの理由。……でもね、実際にこの法案を推しているのは侯爵派の貴族たち。そして、その精査権限を持つのもまた、彼らが牛耳る商会連盟やその下部組織よ」


 つまり、制度という形を取りながらも、その実態は権力による選別だった。


「でも、どうしてグリンフォードの店舗申請が南部商業評議会の管轄なの? 王都から二、三日の距離なら、中部じゃないの……?」


 素朴な疑問が口をついて出た。


「それはグリンフォードの歴史的な経緯によるものよ」


 ジュヌヴィエーヴさんは、椅子に背を預けながら静かに言った。


「もともとこの街は、王都から落ち延びた者たちが作った街なの。中央の支配から距離を取った“辺境”という立場を、今も引きずっている。だからこそ名目上は南部に分類され、中央の目が届きにくい。そのせいで、私たちサヴォワ商会の発言力も、南部評議会内では決して強いとは言えないわ」


「……つまり、バイン商会がそちら側に手を回した、ってこと?」


「ええ。ティーツリーを支援する私たちの動きを警戒して、別ルートから先手を打ってきたのよ」


 その言葉に、ジュヌヴィエーヴさんの声がかすかに震えた。

 冷静な口ぶりの奥に、悔しさが滲んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ