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伯爵令嬢のカフェ開業計画~冷徹公爵様、貴族らしからぬ店に入り浸る~  作者: 清泪(せいな)


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伯爵令嬢、両親の想いを知る

 ヴィクトル公爵の話が一段落したところで、私はそっと深呼吸をした。

 公爵のことを心配しながらも、彼を巻き込むわけにはいかないという思いが胸の奥に重く沈んでいた。


「──大変な状況ね」


 マリアがぽつりと呟いた。

 目を伏せるその声には、ほんの少しの落胆が混じっている。


「これじゃ、彼に支援を頼めないわね」


 私が答えるより先に、ジュヌヴィエーヴが椅子の背にもたれながら首を振った。


「あなたたちを不安にさせるためにこの話をしに来たわけじゃないのよ」


 その声は優しくも、芯のある強さを秘めていた。


「もともとサヴォワ商会として、グリンフォードで起きたことには私たちが対処するつもりだった。ヴィクトル公爵を頼るのは、最終手段よ。私たちが、この街に根を張る者として筋を通す必要があるでしょう?」


 言葉の一つ一つが頼もしく、嬉しくもあったが、同時に胸の奥に申し訳なさがこみ上げた。


「ありがとうございます、ジュヌヴィエーヴさん。でも……この店は、私が勝手に始めた場所。誰かに守られながら続けるのは違うと思うの」


 私は静かにそう告げると、ジュヌヴィエーヴはふっと目を細めた。


「その気持ちも、わかるわ。でも背中を預ける相手は選んでもいいのよ?」


 私は目を伏せ、思考を巡らせていた。

 その時、ウィルが一歩前に出て、まっすぐ私を見据えた。


「私は、グレゴリー様──伯爵様より指示を受けここに参りました」


「……お父様から?」


 その言葉に私は息を呑んだ。思わず身構えてしまう。


 ウィリアムは変わらぬ口調で言葉を続けた。


「お嬢様が、政の渦中に巻き込まれてしまうのではないかと心配されております。ギルバード侯爵の進めている政策は、第二次改革の火種となる可能性を秘めており……グレゴリー様は、王政から帝政に移行したあの時に流れた血を思い出されたようです」


 重苦しい空気が一瞬、ティーツリーに満ちた。

 ウィリアムは静かに言葉を継ぐ。


「その血は、貴族庶民問わず流れたもの。単にバイン商会の嫌がらせに留まらぬ政争の気配を感じ、最悪の場合に備えて──家へ戻るようにと、ご提案されています」


「……何を勝手な」


 思わず私はそう呟いた。

 婚約も進路も、家の名に縛られ続けてきた人生。

 ようやく自分の足で立とうとしたこの店まで、退路を決められるなんて。


「家を出ると”勝手”に決めたのは、あなたもでしょ」


 マリアの声が冷静に響いた。


「婚約だとかそういう自由のない人生に反発する気持ちはわかる。でも、親の心配をすべて“勝手”と切り捨てるのは違うと思うの」


 私は顔をしかめたまま黙っていたが、すぐにレオノーラも続ける。


「冷静になって。伯爵であるグレゴリー様が、ギルバード侯爵の動きをそこまでの事態と捉えているということは、それだけ今の状況が危険なのよ」


 彼女は奥の厨房の方へ視線を向けた。

 そこには、物陰から様子を伺っているメアリとノアの姿があった。


「あなたが選んだこの店には、守るべきものがある。それが誰であれ──守るために元の場所に戻る選択肢も、最悪の場合には必要かもしれないわ」


 私の胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。


「そう……ね」


 視線を落としたまま私は言う。


「でも、守りたいのは彼らだけじゃない。あなたも、マリアも含まれてるの。だから、私が逃げるように帰るわけにはいかない。みんなを守る方法を──もう少し、考えさせて」


 その言葉に、ウィルは深く一礼し、マリアは目を細めて私の背をそっと押してくれた。


「お嬢様が真剣に決めたことを、簡単に投げ出すような方ではないと──奥様も、仰っておられました」


 ウィルが、頭を下げたまま静かにそう言った。


「……お母様が?」


 思わず問い返していた。

 さっきみたいに身構えるような気持ちは、もうなかった。

 久しぶりに聞くその人の名に、胸の奥がぽっと灯るようだった。

 懐かしさ、安心感、そして少しだけの罪悪感がいっぺんに押し寄せてくる。


 やっぱり、一言くらい相談しておけばよかった。

 家を出たあの夜、せめて手紙だけでも残して──


「私がティーツリーにやって来たのは、伯爵様のご指示であり、奥様のご頼みでもあります」


 ウィルが、まるで追い打ちのように穏やかに言葉を重ねた。


「お母様の……頼み?」


「娘の選んだ道を助けてやってほしい、と。そう、仰っておられました」


 私の胸が、ふわりと揺れた。

 目に見えない何かで、優しく包まれるような感覚。


「……それじゃあ、ウィル。あなたは──」


「改めて申し上げます。私はお嬢様の味方です」


 ウィルはそう言って、顔を上げた。

 そして静かに、自分の胸に手を当てる。

 まるで誓うように、揺るぎのないまなざしで私を見つめてくる。


 昔から、ずっとそばにいた。

 子どもの頃、わがままを言っては叱られて、けれど最後には必ず味方でいてくれた人。


 けれど、今のウィルは──ただの執事ではなくて。


 彼の真摯な眼差しに、鼓動がひとつ跳ねた。

 それが何を意味するのか、はっきりとはわからない。

 ただ、心の奥で何かがふっと揺れた気がした。

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