伯爵令嬢、マダムが策を連れてくる
この数日間、毎日が息苦しかった。
ガラの悪い四人組が来る時間帯に決まりなんてなく、朝から来て紅茶を一口だけ飲んでは騒いで帰っていったり、昼下がりにやって来て客の目の前で悪ふざけを始めたり……まるで、ただ騒ぎにくるだけのためにティーツリーを利用しているようなものだった。
だから、他の常連さんたちも彼らに遭遇しないよう、だんだんと時間をずらしたり、そもそも足を運ばなくなってしまっていた。
──そんな日々が続いたある日、いつものように店内に響く下品な笑い声をどうにかやり過ごそうとしていたときだった。
「いらっしゃいませ──あっ……!」
私は思わず声を詰まらせた。
店の扉が開いて入ってきたのは、サヴォワ商会の長、ジュヌヴィエーヴ・サヴォワ。
堂々とした足取りで、けれど周囲の視線を避けるように深くマントを羽織った人物を伴っていた。
その異質な来訪に気づいたのは、他の客たちも同じだった。
ざわめきが一瞬だけ生まれる。
けれどジュヌヴィエーヴさんはそれをものともせず、真っすぐにカウンターに近づき、小さな声で私に囁いた。
「……遅くなったわね」
私は一瞬だけ目を見開いた。
思い出した、先日バイン商会の手先と思しき男たちのことを相談したとき、彼女は確かに言っていた。
《わかったわ。こちらでも対処を考えます》
つまり、今がその時なの?
「エグランティーヌを」
淡々と注文を告げ、ジュヌヴィエーヴさんはマントの人物と共に空いていた席に腰を下ろした。
私は注文された紅茶を準備しながら、つい彼女たちの方に目を向けてしまう。
ジュヌヴィエーヴさんは変わらず落ち着いた所作で座っていたが、マントの人物の素顔は見えず、じっと店内を観察するように顔を動かしている。
……この人が、策?
紅茶を淹れているあいだも、ガラの悪い客たちはいつも通り大騒ぎしていた。
今日は他にも何組かお客様がいて、その騒ぎにじっと耐えてくれているのが、申し訳ないほどに伝わってくる。
マリアはいつ暴れるか分からないような表情でタオルを握りしめていて、レオノーラにいたっては迷惑客を睨みつけていた。
危ないことだけは、起きて欲しくない──そう思って私は歯を食いしばった。
「お待たせしました、エグランティーヌです」
ジュヌヴィエーヴさんのもとに茶葉から丁寧に抽出した一杯を届ける。
彼女は静かに口をつけて、目を細めた。
「相変わらず、美味しいわ」
その言葉に、マントの人物も小さく頷いた気がした。
──それが、合図だった。
ジュヌヴィエーヴさんがカップをそっと置くと、無言で立ち上がり、まるで何気ないように、ガラの悪い四人のもとへと歩いていった。
「お客様、他の方のご迷惑になります。静かにしていただけますか?」
静かな声だった。
でも、声の芯が震えるほどに硬くて、どこか刺すような冷たさがあった。
男たちは一瞬ぎょっとした表情を浮かべたが、すぐに薄ら笑いに戻る。
「はあ? なんだよ、ババァ。高級ぶった店でいい気になってんじゃねぇの?」
「……その口、あまり開かない方があなたのためよ」
ジュヌヴィエーヴの言葉は、もはや注意というより“宣告”だった。
だが男たちはそれを理解せず、ついにひとりが手を上げた。
「てめえ、いい加減に──」
その瞬間だった。
いつの間に立ち上がったのか、あのマントの人物がジュヌヴィエーヴと男の間に割って入り、伸びた腕を掴んだ。
そして、ひねる。
「っぐ……!」
「正当防衛、ですわね」
ジュヌヴィエーヴの口元に浮かぶ微笑は、あまりに冷ややかだった。
男が痛みで声を上げた瞬間、マントの人物は容赦なくその体を床へと叩きつけた。
軽い音ではなかった。
店内が静まり返る。
「な、何しやがる!!」
他の三人が立ち上がり、臨戦態勢を取る。
「これ以上騒ぎにするなら──この男の腕を折るが、いいのか?」
その声に、私ははっとした。
マントの人物の声。
どこかで、聞き覚えがある。
まさか、ウィルなの……?
レオノーラも同じように気づいたようで、思わず名前を呼びかけたが──ジュヌヴィエーヴさんが片手を挙げて静かに制した。
……名前を出すな、ということか。
「騒ぎだけでは衛兵は動かないそうね。でも、私に対して暴力行為を試みた。これは立派な罪です。証人も大勢いますし、言い逃れはできませんよ?」
その口調は静かで、丁寧だった。
それなのに、床下から響くような圧力があった。
「グリンフォードが男爵の統治下であることを理由に、我々地元商会を軽んじすぎたわね」
ジュヌヴィエーヴさんの言葉が放たれるたびに、男たちの顔から血の気が引いていく。
結局、マントの人物──ウィルに押さえつけられていた男は解放され、四人は這うようにしてティーツリーを逃げ出していった。
「これで暫くは、あの男たちがこの店に現れることはないでしょう。衛兵にも、サヴォワ商会として正式に申し入れをしておきます」
元の席に戻ったジュヌヴィエーヴさんは、何事もなかったかのように紅茶を一口飲んだ。
その気品に満ちた姿に、けれど店内の誰もが少しだけ背筋を伸ばし、そして心の底から安堵していた。




