伯爵令嬢、嫌がらせに困惑する
「……いらっしゃいませ」
思わず声が掠れた。
けれど、そんな私の気持ちなんてお構いなしに、いつものように四人組の男たちはずかずかと店内に入り込んでくる。
もう何日目だろうか。
あの宣告通り、ガラの悪い彼らは毎日のようにティーツリーを訪れ、席に座り、大声で喋り、笑い、叫び、まるで酒場にでも来たかのような振る舞いを繰り返した。
食べ物の注文も適当で、コーヒーを頼んだかと思えば一口飲んで放置し、店内で立ち上がってはくだらない冗談を怒鳴り合い、他の客の空気を一気に冷やしていく。
今日もまた──
「なぁなぁ、このカップ、持ち手ちっちぇーよ。俺の手がデカいのか? ん? あー?」
「ちょっと! 持ち方ってもんがあるでしょう、品のない真似はやめなさい」
マリアがきつく注意すると、男たちは「おっとぉ、また美人の教育指導タイムか」と薄ら笑いを浮かべて、どっと声を上げて笑った。
私たちは、事前の相談どおり、パン屋のオスカーさんに協力をお願いした。
頼るのは申し訳ないけど、放っておけば常連さんがどんどん離れていってしまう。
けれど──
「オイお前ら、ここは酒場じゃねぇぞ。店の空気を読むってもんがあるだろうが!」
カウンターから立ち上がったオスカーさんの剣幕に、店の空気がピリついた。
「んぁ? オッサン、なんだその言い草はよォ」
「オスカーさん、待って! 手は出さないで、お願い!」
「オスカー様、落ち着いてください! ご迷惑をおかけしたくないんです!」
私とレオノーラが慌てて止めに入る中、他の客の中にも「いいぞ!」「こいつら追い出せよ!」と声を上げる人が出てきて、雰囲気は一気に殴り合い寸前にまで高まっていった。
──違う、こういうのを望んでるんじゃないのに。
ようやく場が落ち着いた後、私はマリアと店の奥で顔を突き合わせていた。
「暴力沙汰に発展しそうになるなんて、本当に……」
「仕方ないでしょ。私たちが何もしないで我慢してるから、周りが怒ってくれたのよ」
マリアはそう言いながらも、口を結んだまま腕を組んで考え込んでいた。
「……じゃあ、やっぱり衛兵のところへ行ってみる。例の男爵のことは気になるけど、何もしないよりマシでしょ」
その日の夕方、マリアは一人で街の衛兵詰所へ向かった。
結果は……予想どおりだった。
「もう、冗談じゃないわよっ。『騒がしい程度で介入はできない』ですって! 明日も行ってやるんだから!」
ムキになってるマリアに、私は苦笑いしかできなかった。
だけど──どれだけ私たちが抗っても、男たちの嫌がらせは止まらなかった。
連日の騒ぎで、常連のお客様の姿は日に日に少なくなっていった。
私たちの接客からも、笑顔が自然と消えていったのが自分でもわかる。
無理に笑えば、ますますぎこちなくなる。
厨房に目を向けると、メアリとノアが並んで皿洗いをしている背中が見えた。
二人はもうフロアに出ることすらできない。
恐怖に支配されたまま、小さく小さくなっていた。
何もかもが──悪い方向に進んでる。
そして、ようやく重い腰を上げた衛兵が店に来たのは、それからさらに数日後のことだった。
「ここが噂の……うん。騒がしくするんじゃないぞ、お前たち」
面倒くさそうに言い放っただけで、男たちに手をかけることもなく、衛兵はすぐに帰っていった。
もちろん、男たちは反省の色なんて欠片も見せない。
「すいませぇんねぇ~、もううるさくしませんよぉ、ははは!」
騒ぐなと言われている最中に笑いながら返す様子に、他の客たちはため息をつき、そしてそっと席を立っていった。
──どうすればいいの。
私は、閉店後の店内で、手に持ったカップを無意識に揺らしていた。
音の消えた静かな店内で、ため息だけが響く。
レオノーラとマリアと、何度目かの対応相談をしていたはずなのに、話の内容より、ため息の回数の方が増えていた。
ふと、私は窓際の席に目をやる。
いつもヴィクトル公爵が座っていたあの席。
……巻き込むつもりはなかった。
けれど、今はもう、ほんの少しだけ……ほんの少しだけ、助けてほしい、と思ってしまった。
でも、公爵様はここ数日、ティーツリーに姿を見せていない。
こちらから連絡する術もない私たちは、ただただ、無力に日々を過ごすだけだった。




