伯爵令嬢、対応を相談する
二階の寝室から降りると、静かに待っていたマリアとレオノーラが私を見上げる。
マリアの表情は厳しく、レオノーラの顔にはどこか影が差していた。
「寝た?」
マリアが聞く。
「うん。……怖がってたけど、ノアが先に眠ってくれて、メアリもそれにつられて、ようやく」
私は椅子に腰を下ろし、二人と向き合った。
キャンドルの揺れる灯りが、天井の木目を柔らかく照らしている。
「今日のあの男たち……放っておくわけにはいかないわ」
マリアが切り出す。
「また来るって、わざわざ言い残していったもの。次があるってことよ」
私は頷くしかなかった。
まるで、私たちがどれだけ静かに暮らそうとしても、向こうがわざと波を立ててくるようで悔しい。
「街の衛兵に相談した方がいいと思うの。あの手の人間が自由に出入りするのは、やっぱりおかしいわ」
そう言ったマリアに、レオノーラが目を伏せながらぽつりと呟いた。
「……それは、無駄に終わるかもしれないわ」
「え?」
私は顔を上げる。
マリアも、怪訝そうにレオノーラを見つめた。
「この街の衛兵、そして統治している男爵……たしか『カートン・フレイヴァルド』だったかしら。彼は……バイン商会側の人間よ」
レオノーラの言葉は、どこか投げやりで、でも事実を受け止めてきた人間の声だった。
「グリンフォードは、もともと王都を逃れた人々が築いた街。でも、成長した途端に貴族に目をつけられ、統治されることになった。庶民の商会であるサヴォワ商会と、貴族のバイン商会が共にあるのはその名残。実際の支配権は……ご想像通りよ」
「じゃあ……衛兵に訴えたところで?」
「『暴力行為はあったのか?』と聞かれて終わるでしょうね。騒がしかった程度では、きっと動かない」
私は、思わず拳を握りしめていた。
王都の貧民街での現実を聞いた時も、ぞっとするような怒りと無力感を覚えた。
でも、それが王都だけじゃない。
グリンフォードも、同じように“力ある者”に都合よく仕切られているなんて。
「……でも、私は、相談──いえ、“抗議”は入れておくべきだと思う」
マリアが、強い目で私たちを見た。
「弱気になって、なすがまま泣き寝入りなんて、相手に舐めさせるだけ。やられたらやり返しますけど? って顔はしとかなきゃ」
「……それで、暴力行為に出られたら?」
レオノーラが、マリアの強気に押されるように尋ねる。
「その時は、こっちも実力行使で」
マリアが、何やら構えを取った。
私が目を見張っていると、彼女は肩をすくめて笑った。
「アシュフォード家に仕えるものの嗜みってやつよ。冗談半分、本気半分」
「……マリア、本気で無茶はしないでね」
私は呆れながらも、釘を刺すのを忘れなかった。
けれど、その勝気さに、少しだけ救われた気もした。
「そういえば、メアリとノアが怯えながら教えてくれたの。今日来た男たちの中に、昔、貧民街で二人から食料を奪った人がいたって」
「……あら。見た目だけのコワモテかと思ったら、ちゃんと泥棒だったのね。懲らしめがいがありそう」
「マリア」
「冗談よ、冗談。……ほんの少しだけ」
冗談交じりの言葉に、私は口元を緩めた。
少し間をおいて、私は言葉を切り出した。
「……レオノーラ、あなたの家の借金について聞いてもいい?」
レオノーラは一瞬目を伏せ、そして顔を上げて、手をそっと私の方へ差し出した。
「それを聞く理由は、あなたとは短い関係性だけど、わかるつもりよ。でも……もしわたしがこのお店の足枷になるというのなら、すぐにでも辞めるわ」
私は言葉を失った。
本当は、店の拡張費用にあてようとしていた予算を、少しでも彼女の借金返済に回せないかと考えていた。
でも、レオノーラの真っ直ぐな拒否に、私の考えは押し殺された。
「……そんなつもりじゃ、ないのよ」
彼女の決意が、胸に刺さるようだった。
ひとまずの結論として、店に迷惑客が来た場合は静かに退店を促し、それ以上の行為があれば、バレット夫妻やサヴォワ商会に協力を仰ぐことになった。
「それにしても……公爵様には頼らないの?」
マリアがふと尋ねる。
「うん……メアリとノアの時も、公爵様は街の統治に口出ししないよう気を遣ってた。立場上、巻き込むのはやっぱり……気が引けるのよ。今は、協力的な“常連様”でいてほしい」
それはきっと、自分勝手な想いなのだろう。
でも、だからこそ守りたかった。
「エレノア、公爵様がどれだけ思慮深くても、相手はラングフォード侯爵よ。……頼る必要が出てくるかもしれないわ。その時は、覚悟しておいて」
レオノーラの言葉に、私はしばらく黙った。
それでも。
「……うん」
私は、ようやく頷いた。




