伯爵令嬢、ガラの悪い客が訪れる
店舗拡張という目標が定まり、心なしかマリアたちの動きにもさらなる張りが感じられるようになった。
私自身も気が引き締まる思いで、朝の仕込みから閉店後の帳簿まで、一つひとつを噛みしめるように仕事をこなしている。
嬉しいことにティーツリーは今、とても盛況だ。
店の外には昼を待たずに行列ができ、常連さんに「今日はお昼抜きかしらね」なんて冗談めかして言われると、やっぱり申し訳なくなってしまうけど。
けれど、そんな穏やかな時間は──あまりに唐突に壊される。
午後のピークがひと段落し、店内が落ち着きはじめた頃だった。
入口の扉が、雑に開かれる音がした。
「ういーっす、おう、ここかぁ?」
入ってきたのは、見慣れない顔ぶれ。
四人組の男たち。
服装こそ商人風に整えているが、その顔つきと立ち居振る舞いはどう見ても酒場帰りのならず者だ。
「いらっしゃいませ」
私が笑顔で声をかけると、そのうちの一人が鼻で笑った。
「おうおう、嬢ちゃん、愛想いいじゃねえか。えーと、何飲めるんだ? 酒はあるのか?」
「申し訳ありません。当店は喫茶専門でして、お酒のご用意は──」
「おーっとぉ、そうかそうか、なら──これで一番高いもん出しといて!」
どん、とテーブルに無造作に小銭をばらまきながら、一番奥の窓際に陣取った彼らは、そのまま店内を酒場よろしく騒がしく使い始めた。
笑い声は大きく、口調も乱暴。
別の席の常連客たちがちらちらとこちらを見る。
「エリー、下がって。私が行くわ」
私が注意しようとしたその瞬間、隣でそっとマリアが言った。
彼女の声は穏やかだったが、目は真っ直ぐで、どこか鋭さがあった。
「でも──」
「大丈夫。ああいう手合い、下手に女主人が対応すると、余計になめられる」
そう言って、マリアは一歩前へ出る。
堂々とした立ち姿で、騒がしいテーブルへ歩み寄っていく。
「恐れ入りますが、他のお客様のご迷惑となる行為はご遠慮いただいております。静かにお過ごしくださいませ」
一瞬だけ、店内の空気が張りつめた。
マリアの注意に、他の客たちの視線が一斉に集まる。
「おっ、なかなかきつい姐さんだな。……けどよ、俺ら静かにしてるつもりだぜ?」
「なら、もう少しその”つもり”を見せていただけると助かります」
冷静に返すマリアに、男たちはけたけたと笑った。
だがその時、店の奥から──
「っ……!」
短い、ひきつるような声が聞こえた。
私とマリアが振り返ると、厨房の影からメアリとノアが顔を出していた。
いや、出してしまっていた。
二人の顔は青ざめ、まるで霧に包まれたかのような怯えがその目に浮かんでいた。
「──あ?」
そのうちの一人が、ゆっくりと顔をそちらに向ける。
「ガキじゃねぇか。なんだなんだ、子供使ってんのか? こりゃ奴隷労働だなぁ? 通報したら、摘発されるんじゃねぇの、へっへっへっ……」
目を剥いているノアを、メアリが必死に抱きしめている。
震える手。
声にならない呻き。
何があったのか、私は一瞬で察した。
あの男たちは──知っている顔だったのだ。
「やめなさい」
私は、レオノーラと同時に動いた。
二人でメアリとノアの前に立ちはだかる。
「あなたたち、店のルールを守れないのであれば、退店していただきます」
「おっと、こえーこえー。お高くとまってんな、お姫様。……おっと、ほんとに姫だったか? ファルメール家のお嬢さんよぉ」
不気味な笑みを浮かべた男が、じろじろとレオノーラを眺める。
「ちょうど良かった。伝言があってさぁ──」
声のトーンが下がった。
「恩を仇で返すとどうなるか、ご両親がよーく思い知ることになる……ってな」
レオノーラの肩が、びくりと震えた。
私には、その震えの意味がわかった。
……この男たちは、バイン商会の使いだ。
「わたし……わたしは、返している。毎月、わずかでも……」
レオノーラの声は絞り出すようだった。
「それは、嬢ちゃんが勝手に決めた返し方だってよ。あちらさんは“金”が欲しいんじゃねぇ、“人”が欲しいの。飼い犬としてな」
いやらしい声とともに吐かれる言葉。
その毒に、店内の空気がさらに淀んでいくのを感じた。
でも、私は後ろに立つ二人の小さな震えを感じながら、前を向いた。
「ここはティーツリーです。誰かの手駒になるための場所ではありません」
私の言葉に、店内がしんと静まり返った。
だが──
「……へぇ、恐い恐い」
最も体格の良い男が、わざとらしく肩をすくめてみせる。
口元には、皮肉たっぷりの笑みが浮かんでいた。
「女店主様は綺麗な目つきで睨んできやがる。おっかねぇなぁ……。どうやら俺たちのような“お客様”は、お気に召さなかったらしい」
その言葉に、他の三人もけたけたと笑い出す。
けれど、笑い声の底に滲むのは悪意だった。
「しょーがねぇ。今日はこのへんで勘弁してやるよ。なぁ?」
他の三人もふざけたように立ち上がると、最後にちらりとレオノーラの方を見て、ねっとりとした声で囁いた。
「だけどよ、“借り”は返してもらわなきゃな。律儀に、たっぷりとな」
「そうそう、次はもっと丁寧におもてなししてもらわないと。なにせ、俺たち常連になりそうだし?」
言葉の刃を残して、彼らは去っていった。
扉が閉まっても、店内にはしばらく緊張が残っていた。
空気は重く、客たちも何を言うべきか迷っているようだった。
私は深く息を吸い、そして吐いた。
……彼らはただのチンピラじゃない。
あれは“意図された派遣”だった。
バイン商会、いや、その裏にいるラングフォード侯爵の手が、また動き出したのだ。




