伯爵令嬢、大工に相談する
「……あー、地下は無理だな、エリー」
ルークさんの第一声は、まるで薪割りみたいに一刀両断だった。
ティーツリーの定休日、私は大家のギャランさんと大工のルークさんを店の前に呼び出し、マリアと数日かけて妄想を膨らませまくった拡張案を、意気揚々と手書きのメモにまとめて披露していた。
が、開口一番、それである。
「ほらこれ、段差をつけて階下にワインセラーっぽい空間を……っていうのが、夜の落ち着いた雰囲気にぴったりだと思って──」
「ダメ。石造りの地盤じゃ崩れちまう。地下に掘るってのは、まあ、金かけりゃできなくもないけど……そもそも土地がそれ用に作られてないし、崩れたらアンタ、今のティーツリーごと潰れるぞ?」
「……潰れるのは困るわね……」
私は目を泳がせながらメモを捲り、次の案に切り替えた。
「じゃあ、二階の改築は……?」
「これ以上は重みに耐えられないな。これ以上増築したら、料理より先に天井が落ちてくる」
「や、やめて……想像したくない……」
そのやりとりの最中、ギャランさんはというと、店の看板の陰で朗らかに笑いを噛み殺していた。
咳払いを一つして、「いやぁ、いやぁ」と言いながら、口元を手で覆っているけれど、肩が小刻みに揺れている。
「ニコニコしてる場合じゃないですよ、ギャランさん!」とつい言いたくなったが、正直、ちょっとおかしくなってきた。
「で、オープン、カフェってのはどうなんだい?」
ルークさんは言い慣れない単語みたいにそう言う。
相変わらず、カフェなどに詳しくはなってないようだ。
「それなら可能性あるんじゃ……?」
「強度の問題だな。軒下の柱がもたないだろ。屋根の材質にもよるけど、風が吹けばすぐにひっくり返る。あと、出入口を増やすってことは、防犯対策も必要になってくる。いくらかかると思ってんだ」
「うぅ……」
夢と現実の間に挟まれて、私はメモを丸めたくなってきた。
「それで、だ」
ひとしきり否定を終えたルークさんが、ぽんと手のひらを叩いた。
「エリー、このギャランさんに聞いたんだが──」
急に話を振られたギャランさんが「え?」と瞬くが、すぐに頷いて続ける。
「建物はあんたの持ち物じゃなくて、借りてるってのは分かってるな?」
「ええ、契約書もちゃんとありますよ」
「で、その契約書に書いてある『場所の範囲』だけどな。実はこの店舗の横にある空き地も含まれてる。土地借り、って形だから」
「……あ、そういえば……!」
そうだった。
思い出した。
開店前、この空き地でちょっとした菜園でもできたらいいなと考えていた。
でも開店準備でバタバタしてるうちに、雑草の手入れすら忘れてしまって……今ではたまに草をむしるくらいだ。
「ただ、あくまで『ちょっとした』空き地だ。建物をもう一軒ってわけにはいかない」
ルークさんが地面を指差して言う。
「10席程度、確保できりゃあいい方か……」
「十分じゃない……?」
私にはそれすら想像がつかない。
職人の目って、すごい。
「貸店舗の壁を壊すとかされても困ると思ってたので、横に建てるならワタシも助かります」
ギャランさんが、あのいかにも営業スマイルという顔をしながら言う。
「この顔、もはや凝り固まって取れないんですよ」
というのが、ギャランさんの定番ジョークらしい。
それを聞いて笑ってくれるお客さんは少ないのだと、営業スマイルで続ける。
私は最初のころ、そんなギャランさんがちょっと怖かった。
でも、今では少しだけ、親しみが持てるようになった気がする。
「でだ」
ルークさんがメモ帳を出して、簡単な図と数字を書き始める。
「別棟を建てるってなると、新店舗建てるよりは安く済むが……ただ、それでもそこそこにはなるぞ。予算、どれくらい考えてる?」
提示された金額を見た私は、思わず息を飲んだ。
予想よりはるかに大きい。
……でも。
少しだけ黙って、それでも私は、顔を上げる。
「必要経費って、やつですね。うん……」
この店の未来のために、必要な投資。
そう思うことにした。
「まぁ、仲間ともしっかり相談した上で決めてくれりゃ良いと思う」
「はい、持ち帰って検討します」
そう答えたところで、ルークさんがとんでもない一言を放った。
「ちなみに、別棟を建てるなら、通路用にこの壁に穴開けることになるんで、よろしくな」
「えっ!?」
ギャランさんの顔がひきつる。
「な、なんですって……?」
「壁、穴あけんの? い、いやいやいやいや……」
「お、落ち着いてギャランさん!」
慌てる大家と、それをなだめる大工。
私はというと、頭の中で、さっき提示された金額と、壁に開けられる“穴”のサイズを想像しては、くらくらしていた。




