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伯爵令嬢のカフェ開業計画~冷徹公爵様、貴族らしからぬ店に入り浸る~  作者: 清泪(せいな)


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伯爵令嬢、帳簿を睨みつける

 レオノーラがティーツリーに加わって、まだ日も浅いというのに──正直、驚くほどお店は好調だった。


 話題性もあったのだろう。

 彼女目当てに訪れるお客様が増えて、ピークタイムは席が足りないほど。

 ふだんは落ち着いた時間に来ていた常連さんも、その賑わいに押されて早めに来店してくれるようになった。

 メアリとノアも、レオノーラの姿に刺激されたのか、少しずつ任せられる仕事の幅を広げてきている。


 でも……。


(働き手が増えたからって、忙しさが減るわけじゃないのよね)


 むしろ、まったく逆だった。

 お客様の入りに対応しきれず、満席でお待たせしてしまった方々が、そっと席を立って別の店に向かう場面も増えていた。


「ティーツリーがこんなに騒がしくなるなんて思わなかった」


 と、少し困ったような顔で言われたときは、胸がちくりとした。


 だから、閉店後、片付けと明日の仕込みを終えて、店がようやく静かになった頃。

 私は帳簿を広げて、じっと数字を睨んでいた。


「その顔、メアリとノアには見せられないね。絶対泣く」


「うわっ!? びっくりした……マリア、まだ帰ってなかったの?」


 振り返ると、掃除用のクロスを片手に、マリアが困ったような笑みを浮かべていた。


「休まない店主を放って帰るわけにいかないでしょ」


 そんなふうに言われてしまうと、ぐうの音も出ない。


「それで……帳簿とにらめっこして、どうしたの?」


「うーん……ありがたいことに忙しくなってきて、レオノーラも加わって、メアリとノアもよく頑張ってくれてるでしょ? そうなると、もっと……って思っちゃうのよね」


 思わず、ため息混じりに言っていた。

 困った顔を自分でもしていると分かる。


「ちょっと気が早いかもしれないけど……メアリとノアは、いずれはもっと広い部屋が必要になるわよね。ここにずっと住まわせておくわけにもいかないし、レオノーラもご両親に仕送りするお金を増やしてあげたいし。マリアだって、ずっと支えてくれてる。だから……もっと、みんなにお給料、渡せるようになりたいの」


「それは……大変ありがたいことだけど……」


 マリアの声が、一瞬詰まる。

 彼女も分かっているのだ。売上は確かに伸びた。

 でも、人手もそのぶん増えて、支出も増えている。

 黒字とはいえ、ほんのわずかだ。


 賃金を上げるには、もっと売上が必要。

 そのためには、もっと多くのお客様に来てもらわなきゃいけない。

 でも、そのための席が足りない。


「……そこで、考えてたの。お店、拡張できないかなって」


「拡張? 移転じゃなくて?」


 マリアの目が少し驚いたように開く。

 その反応は予想していた。


「うん。マリアも移転のこと、考えてたでしょ?」


「まぁ……ね。もうちょっと広い店舗なら、お客様も待たずに済むし……って。でも、拡張って、どうするつもり?」


「大家さんに相談して、ルークさんに頼んで、一階を広げたりできないかなって。改装すれば、席も少しは増やせるし。厨房からは少し離れちゃうけど、静かに過ごしたいお客様向けの席とか……」


 マリアは少し黙って、頷くように口元を引き結んだ。


「このお店に出会ったのは、ほんとに偶然だったけど……でも、初めて自分で始めたお店なの。やっぱり、まだまだここでやっていきたいのよね」


 バレット夫妻のあのパン屋で、夜遅くまで皿を洗いながら夢見た小さな喫茶店。

 出会ったとき、あまりにボロボロで、家賃が安かったから飛びついたこの店。


 でも今では、思い出がぎゅっと詰まった、大切な場所だ。


 マリアはそんな私の気持ちを、静かに、優しく見つめていた。


 マリアはしばし黙ったあと、ぽつりと呟いた。


「でも、この建物、石造りだから。簡単に増築ってわけにもいかないわよね」


「だよねぇ……」


 ふたりで同時にため息をつく。

 でも、すぐにマリアがぽんと手を打った。


「じゃあ、どう? お店の前に席を出すってのは。通りに面したスペース、ちょっと広いでしょ? 雨風をしのげるように、木で屋根をつけて、オープンカフェ風にするの」


「わあ、いいかも。春や夏なんか、通りを眺めながら紅茶を飲むのも素敵だよね」


 想像が膨らんで、思わず声が弾む。

 ……けれど。


「……あ」


「ん?」


「だめだ。窓際の席、好きなお客さんいるから」


 私は首を横に振る。

 頭に浮かんでいたのは、よく陽の当たる窓辺に座って紅茶を楽しむヴィクトル公爵の姿だった。


 マリアは私の顔をじっと見てから、ふっと口元を緩めた。


「……ああ、そういうことね」


「ち、違うってば!」


 慌てて否定するけど、マリアの目はキラキラと楽しそうに細められていた。


「じゃあさ、これはどう? 地下にワインセラーっぽい空間が作れたら、夜に静かに過ごせるような席にできるかも」


「なるほど、それなら雰囲気変わるし、静かに過ごしたい人にもぴったりね。だったら──あっ、でも、厨房との距離があると配膳が大変かも」


「それもそうか……でも配膳用のリフトをつければ……?」


「えっ、それって予算が!」


「夢の話でしょう?」


 ふたりでああでもないこうでもないと夢を膨らませていると、帳簿の数字も、疲れた身体も、不思議と軽くなる。

 まとまらない案ばかりだったけど、それでも、私は満足そうに目を細める。

 未来の話を、こうして分かち合える人がいる。

 そのことが、何よりも幸せだった。


「……拡張、現実的に見てみましょうか。私も、まだこのお店で働きたいし」


 その言葉に、思わず笑顔がこぼれた。


「うん、ありがとう。マリアも無理しないでね。……あ、もちろんお給料もちゃんと考えるから」


「言ったわね?」


「言った!」


 また明日もきっと忙しい。

 でも、それは前に進める合図だ。

 仲間がいる。

 夢を分かち合える人たちがいる。

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