Ex.3 没落令嬢、誓いを口にする
ティーツリーで働くようになって、数日が過ぎた。
あの時、エレノアの挑発に、売り言葉に買い言葉で乗ってしまったことを、少しばかり後悔していないと言えば嘘になる。
けれど、王都セントノアに戻ったところで、没落した我が家でやれることなんて何もなかった。
権力と共に気力まで失ってしまった父様と母様と、顔を突き合わせて長々と過ごす未来なんて、考えるだけで息が詰まる。
ティーサロンを解雇されたという話が瞬く間に広まったとき、わたしは身構えていた。
あんなに気取っていたレオノーラが、辞めたそばからライバル店で働くなんて、と笑われるだろうと。
節操なしだと、後ろ指をさされるだろうと。
けれど、ティーツリーを訪れる人たちは、思いのほか温かかった。
「よかった、路頭に迷ってないのね」
「レオノーラさんがここに? じゃあ、また通わなきゃ!」
かつてわたしの紅茶を楽しみにしてくれていた客たちが、今度はここに通ってくれると言ってくれる。
……思っていたより、ずっとずっと、優しい世界だった。
戸惑いながらも、わたしはこの店の仕事をひとつひとつ覚えていった。
皿の並べ方、茶葉の管理、客への目配せ、声かけ、伝票の扱い。
けれど、そんな中で何よりも目を引いたのは──店主であるエレノア自身の働きぶりだった。
「どうしたの、笑顔、無くなってるわよ?」
声をかけてきたのはマリアさん。
「疲れたなら、遠慮なく言ってね。無理はしないで」
柔らかくて、温かい声。
ほんの数日前までライバルだったはずの、わたしに向けられるとは思えないほど優しい気配り。
「……エレノアは、いつもあんなに働いてるの?」
わたしがそう尋ねると、マリアさんはふっと笑った。
「この数日、見てたらわかるでしょ? エリーはいつも一生懸命にティーツリーに尽くしてるの。止めても聞かないのよ、ほんとに」
心配と苦笑が混じったその笑みが、どうしようもなくまぶしく見えた。
――エレノアとの勝負は、接客で。
あのときの挑戦状を思い返す。
けれど、そもそも、わたしがティーサロンで“飾り”としてこなしていた仕事量と、彼女が店主として担っている仕事の量とでは、比べるまでもない。
朝一番、まだ街が目を覚ます前の時間から、彼女はパン屋に仕入れに出かける。
戻れば、掃除に準備に接客、調理に皿洗い、会計まですべてこなして、閉店後には翌日の段取りまで――気が遠くなるほどの仕事量。
そしてマリアさんもまた、何食わぬ顔でそれに付き合っている。
以前なら「働かされている」と思い込んでいただろうメアリとノアの姉弟でさえ、二人から何かを強いられている様子は微塵もない。
彼らは自然に動き、エレノアとマリアさんの助けになろうとしていた。
この店では、誰もが自らの意志で動いている。
それが、なんだかとても不思議だった。
ようやく訪れた、一日の中で唯一といっていい客足の落ち着く時間。
休憩を交代で回すことになり、わたしは店の外に出た。
空気は少し冷たく、けれど心地よかった。
ああ、なんだか――立て続けの舞踏会で踊り疲れたあとの、あの倦怠感に似ている。
ふふ、と自分で想像して、少しだけ笑ってしまう。
あんな経験、したことないのに。
通りの向こうから、ティーツリーの店内が見える。
変わらぬ笑顔で、お客様と談笑しているエレノア。
あの姿を見て、胸の奥がきゅっとなる。
「……勝負だなんて、笑わせてくれる」
優しくて、厳しい、買いかぶりだ。
わたしはまだ、彼女と同じ舞台に立ててすらいなかったじゃない。
けれど、だからこそ。
受け取ったその挑戦状に、ふさわしい自分になるために。
わたしは小さく息を吸って、休憩を切り上げた。
もう一度、あの扉の向こうへ戻っていく。
まだ少し心が痛むけれど、それでも笑えるようになりたいから。
わたしはまた、一杯の紅茶と共に、客を迎える準備をするのだった。




