表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伯爵令嬢のカフェ開業計画~冷徹公爵様、貴族らしからぬ店に入り浸る~  作者: 清泪(せいな)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/53

Ex.3 没落令嬢、誓いを口にする

 ティーツリーで働くようになって、数日が過ぎた。

 あの時、エレノアの挑発に、売り言葉に買い言葉で乗ってしまったことを、少しばかり後悔していないと言えば嘘になる。

 けれど、王都セントノアに戻ったところで、没落した我が家でやれることなんて何もなかった。

 権力と共に気力まで失ってしまった父様と母様と、顔を突き合わせて長々と過ごす未来なんて、考えるだけで息が詰まる。


 ティーサロンを解雇されたという話が瞬く間に広まったとき、わたしは身構えていた。

 あんなに気取っていたレオノーラが、辞めたそばからライバル店で働くなんて、と笑われるだろうと。

 節操なしだと、後ろ指をさされるだろうと。

 けれど、ティーツリーを訪れる人たちは、思いのほか温かかった。


「よかった、路頭に迷ってないのね」


「レオノーラさんがここに? じゃあ、また通わなきゃ!」


 かつてわたしの紅茶を楽しみにしてくれていた客たちが、今度はここに通ってくれると言ってくれる。

 ……思っていたより、ずっとずっと、優しい世界だった。


 戸惑いながらも、わたしはこの店の仕事をひとつひとつ覚えていった。

 皿の並べ方、茶葉の管理、客への目配せ、声かけ、伝票の扱い。

 けれど、そんな中で何よりも目を引いたのは──店主であるエレノア自身の働きぶりだった。


「どうしたの、笑顔、無くなってるわよ?」


 声をかけてきたのはマリアさん。


「疲れたなら、遠慮なく言ってね。無理はしないで」


 柔らかくて、温かい声。

 ほんの数日前までライバルだったはずの、わたしに向けられるとは思えないほど優しい気配り。


「……エレノアは、いつもあんなに働いてるの?」


 わたしがそう尋ねると、マリアさんはふっと笑った。


「この数日、見てたらわかるでしょ? エリーはいつも一生懸命にティーツリーに尽くしてるの。止めても聞かないのよ、ほんとに」


 心配と苦笑が混じったその笑みが、どうしようもなくまぶしく見えた。


 ――エレノアとの勝負は、接客で。


 あのときの挑戦状を思い返す。

 けれど、そもそも、わたしがティーサロンで“飾り”としてこなしていた仕事量と、彼女が店主として担っている仕事の量とでは、比べるまでもない。

 朝一番、まだ街が目を覚ます前の時間から、彼女はパン屋に仕入れに出かける。

 戻れば、掃除に準備に接客、調理に皿洗い、会計まですべてこなして、閉店後には翌日の段取りまで――気が遠くなるほどの仕事量。

 そしてマリアさんもまた、何食わぬ顔でそれに付き合っている。


 以前なら「働かされている」と思い込んでいただろうメアリとノアの姉弟でさえ、二人から何かを強いられている様子は微塵もない。

 彼らは自然に動き、エレノアとマリアさんの助けになろうとしていた。

 この店では、誰もが自らの意志で動いている。

 それが、なんだかとても不思議だった。


 ようやく訪れた、一日の中で唯一といっていい客足の落ち着く時間。

 休憩を交代で回すことになり、わたしは店の外に出た。

 空気は少し冷たく、けれど心地よかった。

 ああ、なんだか――立て続けの舞踏会で踊り疲れたあとの、あの倦怠感に似ている。

 ふふ、と自分で想像して、少しだけ笑ってしまう。

 あんな経験、したことないのに。


 通りの向こうから、ティーツリーの店内が見える。

 変わらぬ笑顔で、お客様と談笑しているエレノア。

 あの姿を見て、胸の奥がきゅっとなる。


「……勝負だなんて、笑わせてくれる」


 優しくて、厳しい、買いかぶりだ。

 わたしはまだ、彼女と同じ舞台に立ててすらいなかったじゃない。


 けれど、だからこそ。

 受け取ったその挑戦状に、ふさわしい自分になるために。


 わたしは小さく息を吸って、休憩を切り上げた。

 もう一度、あの扉の向こうへ戻っていく。

 まだ少し心が痛むけれど、それでも笑えるようになりたいから。


 わたしはまた、一杯の紅茶と共に、客を迎える準備をするのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ