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伯爵令嬢のカフェ開業計画~冷徹公爵様、貴族らしからぬ店に入り浸る~  作者: 清泪(せいな)


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伯爵令嬢、挑戦状を叩きつける

 朝のティーツリーには、いつもの穏やかな時間が流れていた。


 ミントティーの香りが店内にほんのりと広がっていて、カウンター越しにマリアが準備している、焼きたてのスコーンの甘い匂いが鼻をくすぐる。

 バレット夫妻の優しさを感じる香りだ。

 メアリは静かに棚を拭き、ノアがその横にくっついてお手伝いしていた。

 私はといえば、常連さんたちの紅茶を注ぎながら、いつもどおりの会話に耳を傾けていた。


「……でさぁ、聞いた? あのティーサロンの、栗色の髪のお嬢さん。クビになったってよ」


「えぇ、レオノーラ嬢が? あのきりっとした……」


「そうそう。なんでも経営方針に楯突いたとかで、急によ。さすがにやりすぎたんじゃないかって噂もあるけど……ま、あそこのオーナーも厳しいからねぇ」


 常連の老紳士と近所のご婦人が、ティーカップ片手に声をひそめて話している。


 私はその言葉に、つい手を止めてしまった。


 レオノーラが、クビ――?


 ヴィクトル公爵の推測から、それは予想できていた。

 けれど本当に起こってしまったとなると、私はやるせない気持ちになった。

 私がティーツリーを続けていくことが、誰かを不幸にしてしまう。

 それは、私の望むところではない。

 商売の世界としての法則であったとしても、だ。

 甘いのかもしれないけれど、レオノーラに対して何か出来なかったのかと考えてしまう。


 答えの出ないことを考えてると、どうしても集中できなくなる。

 今日は接客中に小さなミスを度々起こしてしまった。

 すかさずフォローしてくれるマリアや、私の考え事がわからないまでも励ましてくれるメアリとノアに申し訳なさを感じる。


 そのときだった。

 扉の鈴が、静かに鳴った。


 顔を上げた私は――そこに立つ栗色の髪の彼女と、視線を交わすことになった。


 レオノーラ・ファルメールが、そこに立っていた。


 姿勢の良さも、気品を帯びた表情も変わらない。

 でも、わずかに張りつめたような気配があって、私は自然と手を止めていた。


「ごめんなさい、驚かせたわね」


 彼女はそう言って店の中を見回し、視線を私に合わせるようにして言った。


「わたし、もうティーサロンを辞めたの。この街も……出ようと思う」


 その言葉に、カウンター内の空気が一瞬止まる。

 ノアが小さく息をのんだのがわかった。

 でも、私はそれよりも早く、口を開いていた。


「……このまま街を出て、どうするの?」


 少しきつい言い方になったかもしれない。

 でも、口から出たそれは、わたしの中では紛れもない本音だった。


「”辞めた”だなんて、それはあなたが選んだことなの? なんにも納得出来てないんじゃないの?」


 レオノーラの眉がわずかに動く。


「あなたに何がわかるの」


「わかんないよ。話したこと、ほとんどないもん」


 言い返されると同時に、私はまっすぐそう返した。


「だったら、口を出さないで」


「……断る」


 その瞬間、彼女の目が少しだけ見開かれた。

 私は視線を逸らさず、言葉を続けた。


「だって、それじゃ悔しいから。あなたがこのまま、何もせずにどっかに行くの、もやもやするの。悔しいの。ティーサロンで私に“庶民の味”とか言って挑んできたあなたが、そうやって黙って終わるのが、ただただ悔しい」


「……何それ、あなた、挑発してるつもり?」


「そうよ」


「その割に語彙がふんわりしてるのよね」


「言葉じゃなくて気持ちで伝えてるの!」


 ――あれ?

 なんか店の奥のほうから、笑い声が漏れてる気がする。

 ちら、と目線をやると、おじいさんの常連さんが「若いもんはいいねぇ」とか言ってるし、マリアも後ろで口元を押さえてる。


 ……ん? 今私、変なこと言った?


 でも、レオノーラは私の方を向いたまま、軽く肩をすくめて、息を吐いた。


「ほんと、喧嘩下手ね。どうせ今まで、他人と言い合いなんてしたことないんでしょ……なのに、勢いだけはある。まったく、変な子」


「変でもいい。私は、ただちゃんとあなたと向き合いたいだけ」


「……じゃあ、どうするのよ」


「ここで働けばいい。ティーツリーで、私たちと一緒に」


「……は?」


「このお店で、私と勝負して。あなたの得意な接客で。あなたの思う“本当のおもてなし”ってやつで。……それができたら、きっと私も、あなたのことちゃんと納得できると思うから」


 店内に、しんとした静けさが広がる。

 今度は誰も笑ってない。

 でも、悪い空気じゃない気がした。


 レオノーラはほんの少しだけ顎を引いて、私をまっすぐに見返してくる。


「……なにそれ、勧誘のつもり?」


「挑戦状のつもり」


 するとレオノーラは、唇の端だけで笑ってみせた。


「ほんとに、あなたって人は……不器用な正論ぶつけてきて、言い回しはガタガタで……」


「だから気持ちで伝えてるって言ってるでしょ」


「勝負事なんて、嫌いなんだと思っていたわ」


「”負けました”ってあなたのしおらしい顔を見せられて、”勝ちました”って思えなかったから。何よそれ、誰かに勝手に決められただけじゃない」


「……はいはい。……ふふっ」


 そう言って、レオノーラはふっと目を伏せ、今度はちゃんと笑った。


「じゃあ……その勝負、受けてあげる」


 それを聞いて、マリアが軽く手を叩いた。

 メアリとノアも、どこかほっとしたように微笑んでる。

 さっきまでわずかに張りつめていた空気が、ゆっくりと緩んでいく。


 私は――正直まだ、何がそんなに面白かったのかよくわかっていないけれど。

 でも、なんだかんだで、ちゃんと伝わったなら、それでいい。

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