伯爵令嬢、冷徹公爵の推測を聞く
窓際の席に差し込む夕暮れの光が、ヴィクトル公爵の横顔を淡く照らしていた。
私はポットから湯気の立つ紅茶をカップに注ぎ終えると、説明の続きを待った。
「アルフォード家執事のウィリアムは、丁寧にエグランティーヌの味を引き出しているらしい。一般家庭で煎れる紅茶とは格が違う、と評判もいい。それに、レオノーラ嬢の給仕としての接客も、変わらず好評のようだ」
ヴィクトル公爵はいつもの低く静かな声で話しはじめた。
私は頷きながら耳を傾ける。
ティーサロンの評判が悪くないのなら、どうして──
「……でも、ティーサロンがエグランティーヌを取り扱い出したのは、タイミングとして悪かった」
「タイミング……?」
思わずオウム返しになる。
彼は一瞬こちらに目線を流しただけで、すぐ窓の外に視線を戻す。
まるで、その向こうに何かを見通しているかのように。
「私がお前に──いや、ティーツリーにエグランティーヌの話を持ち出すより前から、実はあの茶葉に目をつけていたのはアルでね」
紅茶をひと口含みながら、彼の言葉を待つ。
ほんのりとした甘みと深い香りが舌に広がり、それが不思議と話の緊張を和らげてくれる。
「アルはサヴォワ商会と、エグランティーヌの仕入れについて交渉していた。当時はまだ、あの茶葉は知る人ぞ知る過去の存在だったから、アルはその希少性を逆手に取った。生産量の少なさを“価値”として売り出す形でね。だから彼は、優先的な仕入れを求めた」
「なるほど……先に押さえてたのね」
彼の言葉の裏にある戦略が少しずつ見えてくる。
アルくんのような若い商人が、ただの情熱家でないことは知っていたけれど、そこまで見据えていたとは。
「そして、ちょうどそこへ私を通じてティーツリーの話が繋がる。……まぁ、それは省くとして」
彼は軽く片眉を上げて笑った。
「つまり、今の段階ではエグランティーヌの流通の大半をアルが抑えている。ティーツリーに卸す分と、彼が計画していた街の外への販路分。残りはほんのわずかな一般販売と、他店への卸しだ。……当然、数が少なければ仕入れ値も上がる。アルを通さないとなると、かなりの高値になるだろう」
「それって……ティーサロンで出すとなると、値段が跳ね上がるってこと?」
「そういうことだ」
私は思わず眉をひそめた。
ティーツリーと違って、ティーサロンはもともと貴族向けの価格帯。
高くても驚かれない……はずだったけれど。
「庶民層を意識した、と言ってティーツリーへの嫌がらせとして展開したティーサロンでエグランティーヌが思ったより高くなってしまっては、本末転倒だろう。しかも、今回はバイン商会の主導ではなく、レオノーラ嬢の独断と聞いている。破格の値段設定もできず、結果は……いまひとつ、というところだな」
「外国茶葉のイベントみたいには、引きがなかったのね」
彼は静かに頷いた。
言葉の端々に、レオノーラの孤軍奮闘ぶりが滲んでいる。
きっと、あの夜の彼女の焦りは、これが原因だったのだ。
「加えて──」
ヴィクトル公爵の声が少しだけ低くなった。
まわりの客の耳に届かないよう、私は身を乗り出すようにして話に耳を傾ける。
「バイン商会は、もともと外国茶葉を流通させることで利益を上げていた。エグランティーヌのような地元茶葉は、彼らにとっては“邪魔”な存在だったんだ。それを……今になって、客を呼ぶために使う? 当然、内外からの反発はある。レオノーラ嬢が勝手にやったことなら、なおさらだ」
言葉を飲む。
エグランティーヌを売り出すことそのものは、間違いじゃなかった。
でも、それを“誰がやるか”で意味が変わってしまう世界なのだ。
「このままでは、赤字までは行かずとも中途半端な成果で終わる。そして、バイン商会は……それを許さない。飾りとして置いた彼女が独断で動いて、成果も出せないとあれば、体面を潰されたと見るだろうな」
「……それって、レオノーラにとって、危うい立場に?」
ヴィクトル公爵は明言しなかった。
ただ、いつものように窓の外に目を向けて、静かに視線を落とす。
その仕草が、肯定の代わりのように感じられた。
私は、無意識に胸元を押さえる。
さっきまで感じていた安堵は、また別の不安にかき消されていく。
──レオノーラのことも、ティーサロンの動きも、目を離してはいけない。
そんな思いを胸に、私は静かにヴィクトル公爵に頭を下げ、また接客に戻る。
けれど、耳の奥ではまだ、彼の最後の言葉がじんわりと残響していた。
「体面を潰されたと見れば、誰もが……許しはしない」




