Ex.2 没落令嬢、怒りを口にする
昼下がりのティーサロンは、穏やかな陽射しと薫り高い紅茶に包まれていた。
けれどわたしの胸には、煮えきらぬ焦りが燻っている。
「それで結局、レオポルド・ド・グレイは処分されるのね」
紅茶をひと口含みながらわたしは問う。
テーブルの向かいでは、ウィリアムが無言のまま頷いた。
「レオポルド・ド・グレイが広めた噂は、確かに浅はかだったけれど。まさか、”公爵”家のご子息に処罰が下るなんて。バイン商会――いえ、その背後のラングフォード”侯爵”家の嫡男。ギルバード様の権力……恐ろしいわ」
「処分というより……“見せしめ”でしょうね」
向かいに座るウィリアムが、紅茶を啜りながら静かに答える。
「暫くの社交界出禁、商会への圧力。表向きは『貴族としての悪評を払拭』するための謹慎処分ですが……あれはもう“消されかけて”る」
ウィリアムは小さく溜息をつきながら言った。
「……私も、以前は知らなかったのです。お嬢様が婚約を解消するまで、あの方の……ギルバード様の“裏の顔”は。表向きは理想の結婚相手と讃えられながら、実際には些細な中傷すら許さぬほど高いプライドの持ち主でした」
ウィリアムは珍しく口調を鋭くした。
「お嬢様に隠し子がいる、なんて……くだらない嘘でしたが、それはつまり、“ギルバード様が捨てられた”という噂が成り立つことになる。プライドを汚されるのは、彼にとって許しがたいことだったんでしょう」
「……そう」
わたしは小さく息を吐いた。
グレイ公爵家ですら沈めようとする、ギルバードという男の権威。
エレノアの選んだ“敵”が、いかに手強いかを思い知らされた気がした。
けれど、すぐにわたしは話題を切り替えた。
「でも、もういいわ。レオポルドの話なんて──それより、ティーツリーに来た“あの二人の子供”のこと。あなた、あの子たちがどこから来たのか知ってる?」
ウィリアムは少しだけ目を伏せた。
「……知っています。けれど、それを話す義務はないと思いますよ」
「やっぱり“ワケあり”なのね」
わたしはテーブルを軽く叩く。
「隠し子じゃなかったにしても、エレノアはあの子たちを、まるで従業員のように使ってる。あんな小さな子供まで使って……まったく、なんてこと!」
「グリンフォードという土地は、子供でも働かざるを得ない状況があるんです」
ウィリアムが静かに告げる。
「家族を失くした子供たちを保護して、衣食住を与え、仕事を教えて……お嬢様はその責任を担っている」
「言い訳よ。正義の仮面を被った搾取じゃない!」
わたしの声が少しだけ大きくなったのを自分でも感じた。
「どんな理由があろうと、子供に労働を強いるなんて許せない。誰かが、あの子たちを“本当の意味で”守ってあげなくちゃ……!」
わたしは無意識に立ち上がっていた。
それに気づいて少し恥ずかしくなりながらも、言葉を止められなかった。
「そのためには、ティーツリーに勝たなきゃ。バイン商会の中で、このティーサロンがエレノアの店より上だと示さなきゃ、わたしたちには何もできない!」
ウィリアムが目を細めた。
けれど、否定はしなかった。
「そのためには、うちのティーサロンでも、“エグランティーヌ”を扱うべきよ。今や注目の地元茶葉だわ。あれがなければ、勝負にならない」
「以前も言いましたよ、レオノーラ様。バイン商会の方針に、私たちの意見が通ることはまずありません」
「でも──あなた、エグランティーヌの仕入れ先は知ってるでしょう?」
その一言で、ウィリアムのまなざしが変わる。
静かに、だが確かに深くなった。
「勝手に仕入れを?」
彼は確認するように言う。
「それは、ルールを破るということですよ」
「そうね。でも、わたしはこのまま“お飾り”の監修で終わる気はないの。ただ商会に言われるがままに、笑顔だけ振りまいて──そんなの、耐えられない」
ウィリアムの目がわたしの心を見抜くように刺さった。
わたしは顔をそらした。
「このままじゃ、何も変わらないの。誰も救えない……せめて、子供だけでも……!」
自分でも、どこまでが“子供たちのため”で、どこからが“わたし自身の怒り”なのか、もう分からなくなっていた。
ただ、胸の内のこのざわめきがわたしを突き動かす。
止められないほどに。
ウィリアムが、紅茶に手を伸ばしかけて、やめた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「その道は……」
ウィリアムが言い淀む。
いくつかの忠告が、彼の喉元まで来ていたのだろう。
だが、そのどれもが言葉になることはなかった。
「もう引き下がれませんよ」
彼はようやく、静かに言った。
淡々と、だが確かに、覚悟を問う目だった。
「ええ。覚悟の上よ。──せめて、立場を利用して働かされている子供たちだけは、助けてあげたいの」
わたしの声は震えていなかった。
これが正義なのか、それ以外の何かなのか。
そんなことはどうでもよかった。
ただ、動かなければ。
そう思ったのだ。




