伯爵令嬢、お手伝いを見守る
まったく──笑い話にするには、度が過ぎている。
それが、翌日ティーツリーにやってきた常連客たちに言われた最初の感想だった。
「隠し子だなんて、本当に下世話な発想よね」
「放蕩貴族さまはこの街のことをよく知らないんだよ」
「この街のことだけじゃないさ。王都以外の世間を知らないんだ。この国じゃワケありの子供なんて沢山いるってのに」
ひとつ笑えば、隣も笑う。
噂はどこかで火がつきかけたものの、この街では炎にならず、煙のまま消えていったようだ。
ありがたいことに、ティーツリーを訪れる人たちの反応は皆、あたたかかった。
「大変だったねえ、でもあんな話を本気にするような連中は、こっちにはいないから安心してよ」
私は頭を下げて、「ありがとうございます」と何度も答えながら、胸の奥がふんわりと緩むのを感じていた。
この街の人たちは、本当に強くて優しい。
そう、レンバーの老店主が言っていた言葉──
『グリンフォードってのは、そういう街さ。『ワケあり』を受け入れる風土がある。ある種の伝統ってやつだ。』
それを、私はもう疑わなくていいのかもしれない。
皿洗いをしているメアリとノアの姿を見ながら、ふと私は問いかけた。
「ねえ、二人とも」
「ん?」
ノアが振り向き、メアリもそっと私を見る。
「皿洗い以外のお手伝いも、してみたいと思う? ……もちろん、無理にとは言わないけれど」
私は静かに問うた。
けれど、返ってきたのは──予想より、ずっとまっすぐな返事だった。
「……やりたい」
先に口を開いたのは、メアリだった。
「わたし、ここにいられて嬉しい。エリーが、追い出さないでくれたから……だから、ちゃんとお礼がしたい、です」
ノアもうんうんと頷いて、腕を突き出すように言った。
「ボク、もっと手伝えるよ! お姉ちゃんと一緒に、頑張る!」
私は思わず、笑ってしまった。
胸の奥が、やっぱり温かくて、少しだけ苦しい。
「ありがとう、二人とも」
その晩、マリアと相談して──子供たちが無理なく、怪我の心配もないようなお手伝いとして、お客さまの食後の食器を片付ける係を頼むことにした。
「1人で1食器ずつ。慌てなくていいからね。持ちやすいものだけで大丈夫。できる?」
「うん!」
「はいっ!」
目をきらきらさせて、メアリとノアは元気よく頷いた。
そして次の営業日──いよいよ、"はじめての片付け係"のスタートである。
最初のチャレンジは、空いたばかりの窓際のテーブル。
ノアは小さな両手でティーカップをそっと持ち上げようとした──が、思ったより重かったらしく、うぐっと声を漏らして、ぐらりと体を傾けた。
「おっとっと!」
慌ててバランスを取り直すノアに、近くのお客さまが思わず身を乗り出す。
「あっ、大丈夫? 落としちゃわないでね」
それでも、ノアは歯を食いしばって、ゆっくりとゆっくりと、皿を運び始めた。
何かを落としたら一大事、という顔で、目が真ん丸になっている。
「……がんばれー」
誰かが小さく呟き、テーブル席の数人がつられて頷いた。
一方、メアリは──ナイフとフォークを置いたトレイを運ぶのに挑戦していたが、角を曲がるたびにひょいと後ろを振り返って、安全確認をする。
「……大丈夫かな……」
見守る呟きが、どこかから聞こえる。
たった数メートルの距離なのに、こんなにドキドキするのはなぜだろう。
私でさえ、思わずカウンターの奥から手を伸ばしそうになる。
けれど──二人とも、無事にカウンターまで食器を運びきった。
「やった!」
ノアが顔を輝かせ、ぴょんと小さく跳ねると、店内にあたたかな拍手が広がった。
「よくできたね」
「えらいぞー!」
お客さまたちが自然と声をかけてくれる。
まるで舞台の上で成功をおさめた役者のように、ノアは胸を張った。
メアリは少しはにかみながら、でもちゃんと、拍手をくれた女性に向かってお辞儀を返した。
「次もがんばる……!」
そう呟いて、トレイを抱えてもう一度、客席へと向かっていく。
その背中を見つめながら、私は胸がじんわりと熱くなるのを感じていた。
これはたぶん──私だけじゃない。
今日のティーツリーには、子供たちの頑張りを見守る大人たちのまなざしが、あちこちに灯っていた。
「お姉ちゃーん! 今、片付けたよ! えらい?」
ノアが戻ってきて、いつものように誇らしげに私を見る。
私はくすっと笑って、いつもどおり答えた。
「もちろんよ。とってもえらい」
それだけの言葉で、ノアはまた走っていった。
──このお店に、あの子たちの居場所を作れて、本当に良かった。
それを思うたびに、私は背筋を伸ばして、またひとつ皿を磨き上げるのだった。




