伯爵令嬢、お休みを過ごす
定休日。
言葉にするとたった三文字なのに、なんだかとても贅沢な響きだった。
ティーツリーを開いて以来、仕入れや準備の都合で不定休にした日こそ何度かあったけれど、こうして『休みです』と決めて堂々と扉を閉めるのは、今日が初めてだ。
「そろそろ、週に一日くらい、ちゃんと休むようにしてもいいんじゃない?」
マリアが言い、私もそう思うようになった。
確かに最近は、開店直後から満席になる日も増えてきた。
きっと、あの“お茶会”の影響もあるのだろう。
正直、心細さも少しあったけれど、思い切ってみた。
問題はその過ごし方だった。
休みといっても、これまでグリンフォードの街を歩くといえば、仕入れかティーツリーの用事ばかり。
何のあてもなく出歩くなんてこと、したことがなかった。
メアリとノアと、ティーツリーの二階で一日をのんびり過ごすのも悪くはないけれど、子供たちを閉じ込めておくのも気が引けた。
「そうだ。新しい食器を見に行ってみようか」
ふと思いついて、そう口にすると、メアリの目がきらりと輝いた。
「ほんと? じゃあ、かわいいカップ探そ!」
「ノアは……ノアは、おっきいスプーンがほしい!」
ふふ、と笑って、私は頷いた。
いつもは近場の市場で済ませてしまっていたけれど、今日は少し足を延ばして、レンバー地区まで行ってみよう。
あそこには昔ながらの家財道具店が並んでいて、ちょっとした掘り出し物もある。
石畳の道を三人で歩く。
メアリが私の右手を、ノアが左手をしっかりと握っていて、気を抜くと顔が緩んでしまいそうだった。
レンバー地区に入ると、町の雰囲気ががらりと変わった。
通りには古風な看板が並び、窓枠の木材には時の流れが刻まれている。
お目当ての家財道具店は、想像以上に立派な構えだった。
「うわぁ……すごい、ここ、おしろみたい」
メアリがつぶやく。
「ノア、はいりたーい!」
二人に手を引かれるようにして扉を押すと、鈴の音が鳴った。
「いらっしゃい──おや、ティーツリーの店主さんじゃないか」
奥から出てきたのは、年配の男性だった。
長く商いをしてきた人らしい、落ち着いた声と目元の皺が印象的だった。
「……あの、お会いしたことが……?」
「あるとも。お茶会に呼ばれた一人でね。あの時はいい紅茶を飲ませてもらった」
ああ、と私は思い出す。
サヴォワ商会との取引の試練として、あの『お茶会』を開催した日。
「今日は休みでして、ちょっと気分転換に。新しい食器を探しに来たんです」
「ふむふむ。ちょうど掘り出し物が入ったところでね。お嬢さんが気に入りそうな品もあるかもしれん」
店主はそう言って奥へと案内してくれた。
メアリとノアも店内の棚を見上げながら、あれがかわいい、これが好きと楽しそうだった。
私は二人の意見を聞きつつ、ティーツリーに合いそうな器を探していく。
ふと、店主の視線がメアリとノアに向けられているのに気づいた。
「その二人が、噂の──」
私は思わず動きを止めた。
まさか、レオポルドがまた変な噂を?
「……何か、聞かれましたか」
「いやいや、落ち着きなされ」
店主は手をひらひらと振って笑った。
「馬鹿な話だがね。あの放蕩貴族が『侯爵との婚約を破棄して家出した伯爵令嬢、その理由は──隠し子がいたから』なんて言って回ったらしい」
言葉に詰まりそうになる。
でも、店主はすぐに続けた。
「まったく馬鹿げてる。お嬢さんの年齢を知らんでも、あの子らの年齢を見ればわかる。どう見たって無理がある。大方、訳があって引き取ったんだろう。戦災孤児か、あるいは──いや、詮索は無粋か」
私は気づけば息を吐いていた。
なんだろう、この安心感。
「グリンフォードはそういう子が逃れてくることが多い街でね。店主の中にも、元は名家の人間だったなんてのもいるくらいさ」
なるほど、と頷く。
「この街はな、王都から離れた者たちが築いた街だ。『ワケあり』を受け入れる風土がある。ある種の伝統ってやつだ。お嬢さんは、手を差し伸べてやったんだろ? この街の伝統を、自然に受け継いだってわけだ」
そう言って店主はメアリとノアに優しい眼差しを向けた。
私は小さく頷いた。
「ハハハ、嬉しいねぇ。ワシはあの『お茶会』で地元のエグランティーヌを飲んで以来、ずっとお嬢さんのファンでね。ますます応援したくなってきたよ」
豪快な笑い声が、古い店の中に心地よく響いた。
「ありがとうございます」
自然と、頭を下げていた。
嬉しくて、照れくさくて、でも心からの感謝だった。
「──ああ、それと」
店主が声を潜める。
私は思わず耳を傾けた。
「あの放蕩貴族が夜の街で貴婦人を襲ってるって噂、最近流れてるらしいな」
「えっ?」
思わず声が漏れた。
「『目には目を、歯には歯を、噂には噂を』……だったか。あの旅人の兄ちゃんが言ってたな。お嬢さん、知り合いかい?」
旅人の兄ちゃん──フェイ、いや、ヴィクトル公爵のことだ。
彼が『手は打っておく』と言っていた、その意味がようやく分かった気がした。
私は笑みを噛み殺しながら、小さく頷いた。
こんな風に味方が増えていくのが、少しだけくすぐったい。
「ありがとうございます。とても、心強いです」
私は深く頭を下げ、店主もそれに軽く手を振って応じた。
今日はいい休みになりそうだ。




