伯爵令嬢、住まいを考える
私の言葉に、メアリの目にまた涙が滲んだ。
ノアは小さな拳をぎゅっと握りしめて、うんと頷く。
さて――そうと決まれば、次に考えなきゃいけないのは。
私はマリアの袖口をそっと引いて、少しだけ距離を詰めた。
「……ねえ、住まいのことなんだけど」
マリアがすぐに察して、小さな声で返してくる。
「やっぱりティーツリーの上に住まわせるつもり?」
私は頷いた。
雇う以上、寝る場所を確保するのは責任だ。
「私が使ってる二階のスペース、ほら、間仕切りを立てれば二部屋にできるし。生活道具は少し詰めればなんとか──」
「でも、あそこ“二階”っていうほどの高さないじゃない。あれ、ほぼ屋根裏部屋よ?」
マリアは眉尻を下げて、困ったように笑った。
「斜めの天井に梁むき出しでしょ? 私なんて入るたびに頭ぶつけてるのに、三人で住むって、修行?」
ぐっ……言われてみれば確かに。
私の部屋はティーツリーの厨房裏から梯子のような急階段を上がった先にある、ちょっとした空間。
古い納戸を無理やり住居にしたようなもので、梁の間を避けて立たないと、すぐに頭をぶつける。
小窓が一つあるけれど、陽はそんなに入らないし、空気の通りもあまり良くない。
でも私は、その小さな空間に荷物と夢を詰めて、どうにかやってきた。
「でもマリアのところも、広くはないでしょ?」
私の反撃に、マリアはすぐ白旗を上げた。
「ええ、そりゃあね。私の部屋なんて元は宿屋のひとり泊まり用よ? ベッドの下に箱入れたらもう足の踏み場もないもの」
ふたりして、うーん、と唸る。
ちら、と視線を横にずらすと、そこには無言で立っているヴィクトル公爵。
……いや、だめだめ。
いくら彼が頼れる人でも、あの二人を預けるなんて、さすがに厚かましすぎる。
私は小さく首を振り、マリアもまったく同じタイミングで同じように首を振った。
なんだかちょっと笑いそうになる。
すると、私たちのこそこそ相談に、メアリが不安げな声を漏らした。
「……やっぱり、無理、ですか? 迷惑ですよね、こんな──」
「ち、ちがうの!」
私は慌てて身を乗り出して、彼女の前に立った。
「違うのよ、メアリ。住まいのことをどうしようかって、それだけ。あなたたちを受け入れるかどうかは、もうとっくに決まってるの。大丈夫、安心して」
メアリの表情が少し緩んだのを見て、私はゆっくり言葉を継いだ。
「私ね、グリンフォードに来たばかりの頃、ほんとに居場所がなくて。右も左も分からないでいたときに、パン屋のオスカーさんとミリアムさんが助けてくれたの。あのとき、ミリアムさんが言ってたの。“受けた恩は、ただ返すだけじゃなくて、次の誰かへ繋いでいくのよ”って」
その言葉を、私はずっと胸の奥にしまっていた。
今、ようやく形にできる時が来たんだ。
「だから、私は今、それをやるだけなの。あのとき私がもらった優しさを、今度はあなたたちに繋ぐ。それが、きっと縁ってものなんだと思う」
少し照れくさい。
でも、心からの気持ちだった。
そして私は、小さな決意をこめて声を上げた。
「狭いって言うなら……もう新しい家、建てちゃえばいいのよ!」
言ってしまってから、『あ、これけっこう本気だ』と気づいた。
なんだか心がすっと晴れて、私は勢いよく腕を突き上げる。
「よし、目標できた! いつかティーツリーの隣に、スタッフ寮を建てましょう! ……オーッ!」
すると、メアリとノアが顔を見合わせ、そして照れくさそうに同じように小さく腕をあげる。
「おーっ……」
その姿に、私は胸がじんわりあたたかくなった。
すると横から、マリアがくすっと笑う声がした。
「新しい寮ねえ。まあ、あなたのことだから本当に建てちゃいそう」
「ふふん、本気よ?」
「じゃあ私は、寮長ね。お風呂当番表とか作るの、得意なの」
「やめて、うっかり管理されそうでこわい」
私が笑うと、マリアも肩をすくめて笑った。
からかってるようで、でもどこか頼もしくて。
私たちは、こうやって進んでいくのだ。
手探りでも、不器用でも──確かに、前へ。




