表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伯爵令嬢のカフェ開業計画~冷徹公爵様、貴族らしからぬ店に入り浸る~  作者: 清泪(せいな)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/53

伯爵令嬢、冷徹公爵に励まされる

 扉の鈴がやさしく鳴る。

 ちらりと顔を上げると、ふわりとした帽子を被った常連のお客さま──メリンダ夫人が入ってくるのが見えた。


「まあ、今日もいい香りねえ。外まで届いてたわよ」


「おはようございます、ミセス・メリンダ。いつものお席へ、どうぞ」


 私は笑顔でそう言って、左側の席を指し示した。

 けれどその手が止まる前に、彼女は目をきらきらさせて話し始める。


「聞いてちょうだい、エリーさん。この間ね、バイン商会のティーサロンで開かれた“月香の茶会”に行ってきたの。とっても優雅で、まるで宮廷舞踏会みたいだったわ」


 月香の、茶会?

 初耳だった。

 なんてきらびやかな名前をつけたのかしら。


「また何か仕掛けてきたのね、あの人たち……」


 私は小さく苦笑した。

 これで何度目になるんだろう。

 だけどその口ぶりからして、今度はけっこう力を入れてきたらしい。


「そこでね、西方の国からの珍しい茶葉が出されたのよ。名前は……ちょっと忘れちゃったけれど。これがまた不思議な香りでね。ティーツリーでも扱わないのかしら?」


 うーん、多分それは──。


「……残念だけど、あれは仕入れ値がとても高いの。遠方の港経由で運ばれるし、量も安定しないし……うちみたいな小さな店じゃ、手を出すのは難しいかな」


「まぁ、そうなの? それは、残念」


 私の率直な返しに、メリンダ夫人は少し眉をひそめるものの、すぐさま笑顔を見せる。


「でも、ここの紅茶の方が、私は好きよ」


 そう言ってメリンダ夫人はいつもの席に座った。

 注文は、エグランティーヌ。

 すっかりお気に入りになってくれたようだ。


 そのとき、また新たにお客さまが来店する扉の鈴の音。


 私が顔を上げるより早く、マリアが笑顔で、いらっしゃいませ、公爵さま、と言っていた。


「……」


 店に入ってきて無言で立ち尽くすヴィクトル公爵。

 見慣れた無愛想さに私は可笑しくなる。

 すっかり常連さんだ。

 最近まで他のお客さんが、まさかあの方が? とそわそわしていたけれど、今では誰もが見慣れた様子で、避けることもなく、常連客として溶け込んでいる。


「公爵さま、いつもの席でよろしいですか?」


「ああ、頼む」


 彼はすっかり馴染んだ窓際の席へ腰を下ろした。

 背筋の通ったその姿は、何度見ても少し緊張してしまうけれど、彼の注文はいつも変わらない。


「エグランティーヌを」


「かしこまりました」


 私は茶葉を用意しながらふと口を開く。


「そういえば、バイン商会で“月香の茶会”というイベントが開かれていたそうです。ミセス・メリンダが教えてくださって。西方の珍しいお茶が出たとか」


 カップにお湯を注ぐ音の合間に、公爵は軽く頷いた。


「聞いている。……いや、正確には、試しに一杯だけ飲みに行った」


 ティーツリーの為に偵察してくれたのだろうか?

 それとも、紅茶好きとしての趣味の一環なのだろうか?

 フェイに変装して行ったのか、ヴィクトル公爵のまま行ったのかも気になる。


「西方の茶葉──名前は《シェル・ダラン》。王族の宴にも出される銘柄だ。だが、保存状態が悪かった。長距離輸送ではよくあることだ。香りが飛んでいた。あれでは本来の味が出ない」


 私は静かにうなずいた。

 茶葉は繊細だ。

 移動も温度も湿度も、そのすべてが品質を左右する。


「バイン商会の戦略は悪くない。話題になる素材に金をかけ、貴族筋の信用で一気に客を呼び込む。その経済的体力があるのは事実だ。イベントも繰り返して開催するらしい」


 私の胸が、少しだけざわつく。

 私たちはそこまで派手な真似はできない。


「……でも、そういったやり方では、エグランティーヌを上回ることはできまい」


「……え?」


「茶葉も、客の舌も、ごまかせないということだ。今、お前が扱っている地元の茶葉――エグランティーヌには、この街の空気が詰まっている。記憶が染みている。あれは、他所の誰にも真似できぬよ」


 私は気づかぬうちに、両手でエプロンを握っていた。


「……公爵さま」


 彼は視線を上げ、私の顔をまっすぐに見た。


「心配せずとも、お前はこの店を真摯に営んでいれば問題ない」


 そのひとことは、あたたかい紅茶よりもずっと、胸に沁みた。


 カウンターの向こう、笑い合うマリアと常連客たち。

 変わらない、けれど確かに積み重なっている日々。


「……もちろんです」


 私は答えた。

 たぶん、ちょっと誇らしい声で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ