Ex.1 没落令嬢、願いを口にする
──カップの音が、寂しげに響く。
店内の空気はどこか冷たく、わたしの指先もそれに呼応するようにしんとしていた。
銀のポットを傾けながら、わたしは微笑みを保つ。
動作は優雅に、淑女として、品を忘れないように。
これだけは、身体が覚えている。
でも、来客は少ない。
最近は特に。
オープンしてしばらくは、話題性もあって賑わっていたのに。
わたしのような「元貴族の令嬢が給仕をしてくれる」とあっては、興味本位で訪れる者がいても不思議ではなかった。
それでも、何度か足を運んでくださる方もいたのだ。
けれど、〈ティーツリー〉が盛り返してからは……本当に、目に見えて客足が遠のいた。
もちろん、わたしは最初から接客の心得などなかった。
舞踏会の挨拶ならいくらでもこなせるけれど、紅茶の注ぎ方も言葉遣いも、すべて一から教わった。
自分で勉強もした。
ふつうなら侍女がするような雑務も、この店ではわたしの『仕事』だった。
──それでも、わたしはやりたかったのだ。
命令されたからではなく、自分の意志で。
カップを並べ終えた頃、声がかかる。
「レオノーラ様、お疲れのようですね」
振り向けば、ウィリアムがそこにいた。
アシュフォード家の執事であり、この店の運営責任者。
彼もまた、礼儀と節度を固めたような人だった。
「……いえ、少し考えごとをしていただけです」
そう答えてから、わたしはふと思いつき、口を開いた。
「ウィリアム。この店で使っている茶葉……変えられないかしら?」
彼の手がわずかに止まる。
すぐに整った声音で返ってきた。
「申し訳ありません。それは商会が一括で仕入れているものでして、私どもには決定権がございません」
「では、お菓子や食器、壁紙の模様まで全部……?」
「すべて“上の者”の指示に従っています」
わたしは思わず口元を歪めた。
わたしには“監修”という肩書きがある。
でもそれはただの名札だ。
装飾品と変わらない。
「……紅茶の味すら、自分で選ばせてもらえないのね」
自嘲のような呟きに、ウィリアムは一瞬だけ目を伏せた。
それでわかった。
彼も同じだと。
「私も……責任者という立場ではありますが、この店の実務を動かす裁量は与えられておりません。ただ“預かっている”だけなのです」
彼の口調には感情がなかった。
でも、それが逆に本音を滲ませる。
──わたしは、なぜこんなにも悔しいのだろう。
ファルメール家の娘として育ったわたしは、誰かに命じられる立場ではなかった。
舞踏会の花形として、微笑み、踊り、称賛を集めていた。
けれど、それは家名のためだった。
家が没落してからは、誰も“レオノーラ”その人を見ようとはしなかった。
だから、ここで働くと決めたのだ。
たとえ嘲笑われても、『自分の足で立ちたい』と願った。
「……でも、わたしは勝ちたいの」
思わず本音が漏れる。
「誰かに褒められたいからじゃない。わたしが選んだ場所で、わたしがやったことを、誰かに認めてほしいの」
ウィリアムは、少しだけ微笑んだ気がした。
「それは、貴い願いです。レオノーラ様は、ご自分の道を選ぼうとしておられる」
……けれどこの店では、その“自由”すら、選ばせてもらえない。
心のどこかで、くすぶるような悔しさが消えないまま、わたしは再びポットを手に取った。




