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伯爵令嬢のカフェ開業計画~冷徹公爵様、貴族らしからぬ店に入り浸る~  作者: 清泪(せいな)


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36/53

伯爵令嬢、新たに決意する

 店内の椅子が、ひとつ、またひとつと空いていく。

 まるで張りつめていた空気が、少しずつほどけていくようだった。


「……エグランティーヌ、やっぱり香りが強すぎるって思ってたけど、これは悪くないな」


「けど、バインの連中と真っ向からぶつかるのは、やっぱり怖い話さね……」


「お嬢ちゃんの覚悟、わしらにも響いたよ。……でも、どうなることやらな」


 老舗の店主たちはそれぞれ、思い思いに言葉をこぼしながらティーツリーを後にしていく。

 満足げな顔もあれば、遠くを見つめるようなまなざしもある。

 けれどその足取りには、最初にここへ来たときとは違う“重み”があった。

 彼らの胸にも何かが残ったのなら、きっと今日の“お茶会”には意味があったのだ。


 私は、お客さんたちを見送ってから、店の隅で最後まで席を立たずにいたジュヌヴィエーヴさんに深く頭を下げた。


「本当に、ありがとうございました。ジュヌヴィエーヴさんのお力がなければ、今日の場を作ることもできなかったと思います」


 彼女はおおげさに肩をすくめて笑った。


「謙遜はいけませんわ、エリー。あの茶葉を三日でここまで仕上げたのは、あなたと……あなたの仲間たちの努力ですわ」


 三日――。

 とても短い、でも確かに詰まった時間だった。

 フェイとアルくん、マリアとオスカーさんにミリアムさん。

 閉店後夜遅くまで、試作、口論、笑い合った時間のことが胸に蘇る。


 それに、とジュヌヴィエーヴさんは続けた。


「ティーツリーが乗り越えたこの試練に、サヴォワ商会として報いるのは当然のこと」


 一呼吸の間を置いて、静かに言ったその内容は――思わず息をのむようなものだった。


「“お茶会”にかかった費用は、当商会で立て替えましょう。バイン商会のティーサロンによって客足が遠のいた期間の損失も、ある程度補填します。そして――エグランティーヌによってお客様を呼び戻せるようになるまでの間の、資金的な補償も」


「……そんな、そこまでしていただくなんて……!」


 思わず口をついて出た遠慮の言葉に、マリアが一歩前に出る。


「いただきます。ありがとうございます」


 その瞳は、真っ直ぐで強かった。

 一緒に頑張ったからこそ、必要なものをきちんと受け取る強さがそこにあった。


「……エリー。今は、ちゃんと支えてもらうときだ」


 フェイがぽそりと囁き、アルくんが無言で小さく首を横に振る。

 私はぐっと唇をかみしめて、深く頭を下げた。


「……わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」


 ジュヌヴィエーヴさんは、少しだけ寂しそうに笑った。


「けれど、残念なことに――我が商会も今は全盛期というわけではありません。財政的に余裕があるわけではなくて……長く支援を続けられる保証はないのです」


 それでも、こうして手を差し伸べてくれた。

 覚悟を持って、“味方になる”と示してくれたのだ。


「はい、大丈夫です。ティーツリーは、ちゃんと自分たちで立ちます。今日来てくださったお客様たちの記憶に残るような、あの香りと味を……もっと居心地のいい形で、毎日の中にお届けしていきます」


 私は胸の前で両手をぎゅっと握った。

 この三日で見つけた道を、今度は自分たちの足で歩んでいくために。


「……エグランティーヌを、グリンフォードの誇りに戻します」


 ジュヌヴィエーヴさんは満足げに頷いた。


「それを聞けて、私は安心しましたわ」


 店内に残る香りは、まだあのエグランティーヌの余韻を漂わせている。

 だけど私の胸にはもう、次の一杯の香りが芽吹いていた。

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