伯爵令嬢、新たに決意する
店内の椅子が、ひとつ、またひとつと空いていく。
まるで張りつめていた空気が、少しずつほどけていくようだった。
「……エグランティーヌ、やっぱり香りが強すぎるって思ってたけど、これは悪くないな」
「けど、バインの連中と真っ向からぶつかるのは、やっぱり怖い話さね……」
「お嬢ちゃんの覚悟、わしらにも響いたよ。……でも、どうなることやらな」
老舗の店主たちはそれぞれ、思い思いに言葉をこぼしながらティーツリーを後にしていく。
満足げな顔もあれば、遠くを見つめるようなまなざしもある。
けれどその足取りには、最初にここへ来たときとは違う“重み”があった。
彼らの胸にも何かが残ったのなら、きっと今日の“お茶会”には意味があったのだ。
私は、お客さんたちを見送ってから、店の隅で最後まで席を立たずにいたジュヌヴィエーヴさんに深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました。ジュヌヴィエーヴさんのお力がなければ、今日の場を作ることもできなかったと思います」
彼女はおおげさに肩をすくめて笑った。
「謙遜はいけませんわ、エリー。あの茶葉を三日でここまで仕上げたのは、あなたと……あなたの仲間たちの努力ですわ」
三日――。
とても短い、でも確かに詰まった時間だった。
フェイとアルくん、マリアとオスカーさんにミリアムさん。
閉店後夜遅くまで、試作、口論、笑い合った時間のことが胸に蘇る。
それに、とジュヌヴィエーヴさんは続けた。
「ティーツリーが乗り越えたこの試練に、サヴォワ商会として報いるのは当然のこと」
一呼吸の間を置いて、静かに言ったその内容は――思わず息をのむようなものだった。
「“お茶会”にかかった費用は、当商会で立て替えましょう。バイン商会のティーサロンによって客足が遠のいた期間の損失も、ある程度補填します。そして――エグランティーヌによってお客様を呼び戻せるようになるまでの間の、資金的な補償も」
「……そんな、そこまでしていただくなんて……!」
思わず口をついて出た遠慮の言葉に、マリアが一歩前に出る。
「いただきます。ありがとうございます」
その瞳は、真っ直ぐで強かった。
一緒に頑張ったからこそ、必要なものをきちんと受け取る強さがそこにあった。
「……エリー。今は、ちゃんと支えてもらうときだ」
フェイがぽそりと囁き、アルくんが無言で小さく首を横に振る。
私はぐっと唇をかみしめて、深く頭を下げた。
「……わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」
ジュヌヴィエーヴさんは、少しだけ寂しそうに笑った。
「けれど、残念なことに――我が商会も今は全盛期というわけではありません。財政的に余裕があるわけではなくて……長く支援を続けられる保証はないのです」
それでも、こうして手を差し伸べてくれた。
覚悟を持って、“味方になる”と示してくれたのだ。
「はい、大丈夫です。ティーツリーは、ちゃんと自分たちで立ちます。今日来てくださったお客様たちの記憶に残るような、あの香りと味を……もっと居心地のいい形で、毎日の中にお届けしていきます」
私は胸の前で両手をぎゅっと握った。
この三日で見つけた道を、今度は自分たちの足で歩んでいくために。
「……エグランティーヌを、グリンフォードの誇りに戻します」
ジュヌヴィエーヴさんは満足げに頷いた。
「それを聞けて、私は安心しましたわ」
店内に残る香りは、まだあのエグランティーヌの余韻を漂わせている。
だけど私の胸にはもう、次の一杯の香りが芽吹いていた。




