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伯爵令嬢のカフェ開業計画~冷徹公爵様、貴族らしからぬ店に入り浸る~  作者: 清泪(せいな)


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伯爵令嬢、”お茶会”が始まる

 ティーツリーの店内には、朝の光とともに緊張が満ちていた。


 厨房ではミリアムさんがキビキビと焼き上がりのスコーンを天板から移し、マリアがテーブルクロスの皺を丁寧に直している。


「エリー、いよいよね。例の茶葉の準備は万端?」


 そう言う声に背中を押されるように、私は姿勢を正した。


「はいっ。今朝の葉は香りも輪郭もはっきりしてました。大丈夫、いけるはずです」


 声は張ったけれど、手元にはわずかな震え。

 無理もない。

 一世一代の交渉の場。

 しかも、来客の多くはレンバー地区でも名の知れた商店主たち。

 サヴォワ商会にとっては影響力のある人物たちであり、私にとってはティーツリーという店の名を初めて広く知らしめる機会。


 扉の外には、すでに足音が何人分も聞こえている。

 私は、ひとつ、深く呼吸をした。


 ——大丈夫、できる。

 あの時、みんなで決めた。

 私は、あの味でいく。


 思い出すのは、昨夜のことだった。



 閉店後の店内。

 やわらかな灯りの下、カウンターの前にオスカーさんとミリアムさんが並んで座り、マリアとアルくんが緊張した面持ちで見守っている。

  そのなかに、どこか余裕を感じさせる、フェイの姿。


「じゃ、そろそろ本番想定で一回出してみてくれ。茶菓子付きでな」


 オスカーさんの声に、私は小さく頷いた。

ティーポットに湯を注ぎ、香りが立つのを待つ。

 心臓が、どくん、どくんと主張していた。


 ウィルの助言通りに、抽出時間と蒸らしの時間に気をつける。

 ほんの少しの違いがエグランティーヌの苦味を前面に押し出してしまう。

 それに、フェイが言っていた”組み合わせ”。

 かすかなバラの花弁とマジョラム。

 そして仕上げに、レモングラスの葉を一枚だけ。


 香りが立った。

 わたしはそっと、ポットを傾ける。

 薄金色の液体が、静かにカップに注がれていく。

 漂う蒸気は、どこか懐かしくて、凛としていて——


 春先の市場の朝。

 雨上がりの石畳。

 焼きたてのパンの香り。

 この街で生きてきた人なら、きっと何かを思い出す、そんな香りだった。


「……ふむ。こいつぁ、悪かねぇな」


 口火を切ったのは、オスカーさんだった。


「この香り、鼻に抜ける感じが……爽やかね。ほんの少し、花の匂いがするけど、甘すぎないのがいいわ」


「合間のマジョラムの使い方がうまいわ。しつこくなりがちなエグランティーヌの味を引き締めてる」


 ミリアムさんも満足げに頷き、マリアが手を打って言った。


「なるほど、こう来たか!」


 その声にかぶせるように、フェイが微笑んで言った。


「ようやく、お前自身の一杯になったな。“誰かの再現”ではなく、お前の言葉で語る香りだ」


 そのひとことに、私の胸の奥が“ほどけて”いくのを感じた。


 ——私の、エグランティーヌ。


 この味に合わせて、軽食にも工夫を凝らした。

 香りを邪魔しないように、ローズマリーとレモンピールを焼き込んだスコーン。

 ジャムには紅茶の中と同じバラの花弁を使って、すべてが“響き合う”ようにした。


 それは、私がこの街で出会った人たちと過ごしてきた時間が育てたものだった。



 現実に引き戻されたのは、扉の開く音だった。

 いよいよ、お茶会の始まりだ。


「よぉ、失礼するぜ……って、へえ、ずいぶんと上品な店構えだねぇ」


「これがティーツリー……噂通り、若いのが切り盛りしてるのかい?」


 入ってきたのは、絹問屋の老店主、乾物屋の若旦那、古着商の女将などなど。

 サヴォワ商会が声をかけた、街でも名の知れた顔ぶれだった。


「本日は、ようこそお越しくださいました。どうぞ、“グリンフォードの香り”を、お楽しみくださいませ」


 最初の一杯を注ぐと、室内の空気がすっと変わる。


「……こいつは、えらく懐かしい匂いだ」


「うちの倉庫の、朝方の匂いに似てるな……」


「いや、オレは市場の開くちょっと前、あの時間を思い出したぜ」


 私は、静かに微笑む。

 香りが記憶を呼び覚ますことを、知っていたから。


 やがて、うまいな、お代わりいいかい、と声が上がり始める。

 空気は和らぎ、確かに好意的に——……そう、思ったのだけど。


「でもなぁ……この店と関わるってのは、バイン商会に楯突くことになるんじゃねぇの?」


 ……冷や水を浴びせるような声。

 言ったのは、古着商の店主だった。

 ほかの商人たちも目を伏せ、ひそひそと視線を交わし合う。


「サヴォワがつこうって話は聞いてるが……バインが黙ってるとも限らねえ」


「悪い話じゃねえんだが、オレたちも商売人でね。余計な火種はご免だよ」


 一気に熱が引いていくのを、肌で感じた。

 せっかくの香りが、余韻が、空気の中から消えていく。


 フェイとアルくんが、顔を見合わせるようにして、ふっと目を細め視線をジュヌヴィエーヴさんへと向ける。

 この”お茶会”の主催であり、他の老舗店主たちと違い静かに食事を嗜んでいた。


 あの二人……きっと、ここで誰かが弱気なことを言い出すのを予期していた。

 ジュヌヴィエーヴさんとの交渉の際にも、バイン商会の話は出ていた。

 老舗商会であるサヴォワが、バインに対して追いやられてる現状、その影響力を把握しているんだ。


 そして──ジュヌヴィエーヴさんも含めて、フェイもアルくんも、私の反応を見ているのだ。

 まるで、試すように。


 ……さあ、勝負は、ここからだ。

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