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伯爵令嬢のカフェ開業計画~冷徹公爵様、貴族らしからぬ店に入り浸る~  作者: 清泪(せいな)


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33/53

伯爵令嬢、元執事と偶然出会う

 “お茶会”まで、あと一日。

 昨夜も遅くまでキッチンに籠もり、試行錯誤を繰り返した。

 結果は――惨敗。

 頭の中で味の断片がこだまするだけで、ひとつの形にまとまらない。

 フェイから何度か”惜しい”とまでは評価を得ているので、あとは何か噛み合えば、とは思うのだけどその噛み合いが起こらず昨夜は休むことにした。


「今日はあたしが店を回すから、エリーは休んで」


 マリアが、開店準備を終えた後にそう言ってくれた。

 断ろうとしたけれど、や・す・ん・で、と口を大きく動かして念を押すマリアの圧がすごい。


「……ありがとう。じゃあ、半日だけ」


 ついこの間もマリアにお店を任せたばかりなので、気が引けてしまう。


 言葉通りに休む気にはなれず、私はグリンフォードの市場へ足を運んでいた。

 日曜の昼、市場はいつにも増して賑わっていて、道行く人の声と香りがごちゃ混ぜになって押し寄せてくる。


 新しいヒントがないか、茶葉やハーブの店を覗いて回る。

 でも、心のどこかでわかっていた。

 足りないのは素材じゃない。

 足りないのは――。


「……やはり、お嬢様ですね」


 背後から声がして、思わず振り返る。

 そこには、深い緑のジャケットに落ち着いたベージュのスカーフを巻いた青年が立っていた。


「ウィル……」


 懐かしい顔。

 でも、胸の奥にわずかな緊張が走る。

 彼はもう私の執事ではなく、バイン商会のサロンを任された人。

 今は“よその人”だ。


「たまたま、こちらに。今日は市場の視察でして」


 言いながら、ウィルはほんのわずかに視線を逸らした。

 ……たまたま、ね。

 けれど、私はその突っ込みを飲み込んだ。


「私も……新しく扱う茶葉のことで、少し悩んでいて。何かヒントになればと思って」


「……やはり、お困りなのですね」


 ウィルの目が、ふっと陰を帯びる。

 だけど私はその意味を掴みきれないまま、思わず口にしていた。


「でも、少し光が見えてきたの。ヴィクト……フェイさんにアドバイスをもらって」


 その瞬間、ウィルのまなじりがわずかに上がった。

 彼は一瞬だけ目を伏せ、そして、まるで感情を打ち消すように整った声で言った。


「……なるほど。あの方が」


 私は首を傾げた。

 ウィルはフェイのことを知ってるのかしら?

 けれど彼は一拍の間のあと、ぐっと一歩だけ距離を詰めて口を開いた。


「でしたら、僭越ながら。エグランティーヌの香りは、高温では逃げやすい傾向があります。抽出温度を低めに、蒸らし時間をほんの少し長めにしてみてください」


「え……それって、そんな情報どこに……?」


「たまたま、ですね」


 口元に笑みを浮かべながらも、その目はほんの少しだけ拗ねていた。

 どうしてだろう。

 まるで、ウィルが――子どもみたいに焼きもちを焼いているみたいで。


 ……そんなわけ、ないのに。


「ありがとう、ウィル。助かったわ。……昔みたいに、なんでも頼れるってわけにはいかないけど」


 私がそう言うと、彼はほんの一瞬、足を止めた。

 けれどすぐに、柔らかな笑みで返してくれる。


「いえ、昔も今も、私の立場は変わりません。お嬢様を支えることが――」


 そこで、彼は言葉を切った。

 まるで、それ以上踏み出すことを自分に禁じるかのように。


「……お役に立てて光栄です。それでは、私はこれで」


 そう言って踵を返した背中は、どこか寂しげで、それでも真っ直ぐだった。

 私は何も言えず、ただその背を見送った。


 助けてもらったのに、ちゃんと向き合えなかった。

 それが心に残って、余計にエグランティーヌの味を完璧にしなければという焦りだけが膨らんでいった。

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