伯爵令嬢、意見を交換する
次の日の夕方、ティーツリーが閉店を迎える頃には、すでに裏手のドアから何人かの客人が集まり始めていた。
マリアが片付けを終え、カウンター越しに手を振ると、私はドアを開けて皆を迎える。
「いらっしゃい。今日もよろしくね」
顔を見せたのはフェイ、そしてアルくん。
続いて、パン屋のバレット夫妻――オスカーさんとミリアムさんが並んでいる。
ヴィクトル公爵は昨日と同じく、控えめな装いで“フェイ”を装っていた。
アルくんの手前、あくまでこの場では“ヴィクトル公爵”の顔は伏せておく必要がある。
バレット夫妻には、日中に改めて私から説明をしておいた。
「貴族って聞いて身構えたけど、お嬢に協力してくれてるってなら、こっちも何も言わねえさ」
オスカーさんがそう言ってくれたのがありがたかった。
再び集まった私たちは、テーブルを囲んで“お茶会”に向けた準備会議を始める。
「今日は、試作用と本番用の茶葉、両方持ってきました」
アルくんが、しっかりと封のされた包みを二つテーブルに置いた。
「これだけの量、大丈夫だった? お代は、ちゃんと支払わせてね」
マリアが財布を取り出そうとするのを、アルくんが慌てて止めた。
「いえ、代金はいただきません。これは先行投資ですから」
「先行投資、って……?」
私が聞き返すと、アルくんは少し得意げに胸を張った。
「ティーツリーでエグランティーヌが人気になれば、他の地域でも注目されて市場価値が上がります。元々地元茶葉という希少価値に目をつけていたので、僕はすでにサヴォワ商会とエグランティーヌの優先契約を結んでますから、後々ちゃんと儲けが出ます。それを”儲け”にするか、”大儲け”にするかは、商人としての腕の見せどころですね」
年相応のあどけなさを残した顔で、堂々と語るアルくん。
ちょっとだけ言葉の端が得意気に跳ねている。
「すごいね……」
「いやはや、しっかりしてるわね」
マリアとミリアムさんが感心したように声を漏らす。
でも、だからこそ私たちも応えなくてはいけない。
「だったら、なおさら気合い入れて美味しく淹れなきゃ、ね!」
そう言って始めた試作だったけど、エグランティーヌの茶葉はやっぱり一筋縄ではいかなかった。
何度も温度を変えてみたり、蒸らし時間を調整したり、抽出の道具を変えたり……。
だけど出来上がるのは、渋すぎたり、香りが強すぎたり、逆にぼんやりしてしまったり。
どこか、しっくり来ない。
「パン屋のお客さんに聞いてみたんだけどねえ……」
ミリアムさんが困ったように眉を下げた。
「誰もエグランティーヌの淹れ方なんて知らなかったわ。飲んだことある人すら、ほとんどいなかったのよ。昔から希少価値を理由に他の茶葉より高かったから、よほどお茶が好きな人しか飲んでなかったみたいね」
「フェイは、どうですか?」
私が聞くと、フェイはきっぱりと胸を張った。
「飲んだことはある。だが、自分で淹れたことはない」
なんでそんなに誇らしげなの!?
皆の視線が集中するけど、フェイはあくまで堂々としている。
アルくんだけはその態度を微笑ましく見ているので、”フェイ”として普段からこんな感じなのだろう。
「しかし、味の完成形を知っているという意味では、私が一番参考になるはず」
「……じゃあ、フェイの味覚を信じて、私たちで探すしかないってことだね」
私は小さく息をついて言った。
そうして、再び始まる試行錯誤。
繰り返すたびに、「惜しい」と言われる一杯が積み重なっていく。
でも、ふと気づけば、そんな苦労の時間の中に、あたたかい空気があった。
皆が意見を出し合って、時には冗談を言い合って、少しずつ前に進もうとしている。
私はふっと笑みをこぼしていた。
マリアがその笑みを見て、そっと呟いた。
「この店で働けて、正解だったなって思うよ」
その言葉が、胸にじんと沁みた。
「ありがとう、マリア」
静かな夜、ティーツリーの灯の下で、小さな輪が確かに一歩、”お茶会”への準備を進めていた。




