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伯爵令嬢のカフェ開業計画~冷徹公爵様、貴族らしからぬ店に入り浸る~  作者: 清泪(せいな)


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伯爵令嬢、地元茶葉を試してみる

 ティーツリーが一日の営業を終えた頃、温かな照明が店内を包んでいた。

 カウンターの奥ではマリアが手早く食器を片付け、私はテーブルの数を減らして丸く囲むように椅子を並べていた。

 背伸びをして深呼吸すると、体にほんの少し余裕が戻ってくる。

 だけど、今日ばかりは休んでいられない。


「さて、戦略会議と洒落こみましょうか」


 マリアの声に応えて、店の奥からバレット夫妻、オスカーさんとミリアムさんが姿を見せた。

 どちらも手にバスケットを提げており、中には小さなパンやスコーンがぎっしり詰まっている。


「焼き立てだよ。試作に使ってくれて構わない」


 そう言ってオスカーさんがにやりと笑うと、アルくんが目を輝かせた。


「ありがたいです! この感じ、なんだか祭り前の準備みたいですね」


 笑いが場を和ませたところで、私は今日の出来事をかいつまんで話す。

 サヴォワ商会のジュヌヴィエーヴさんと会ったこと、そして”お茶会”で評価されることになった経緯。

 それがアルくんの発案だったこと。


「強気な提案ねぇ……」


 マリアが肘をついてじっとアルくんを見つめる。

 その目がちょっと意地悪な色をしている。


「そういうの、少年が言うと案外格好いいわよ。ね、フェイさん?」


「ああ、堂々としていて立派だった」


 フェイが真面目な顔で応じると、アルくんは一気に真っ赤になって、もじもじし始めた。

 

「え、いや、あの、そんな、褒められると……こう、くすぐったいというか……」


 あんなに照れるなんて、むしろこっちが照れてしまう。


「あら、本気で照れてる」


 ミリアムさんがくすくす笑い、場は再び和やかになった。


「で、その”エグランティーヌ”って茶葉が勝負どころなわけか?」


 オスカーさんが手元のバスケットをテーブルに置きながら言う。


「名前は聞いたことがあるが、うちの客にも馴染みがないな。ティーツリーじゃ扱ってないのか?」


「少しだけ、仕入れたことがあったけど……正直、あまり売れなかったわね」


 マリアが言い、私も頷いた。


「クセが強すぎて、どうにも一般受けはしなかったんです。私たちも仕入れの際に聞いた話以外詳しくは……」


 私が言いかけたその時だった。


「それなら、僭越ながら私から」


 フェイの目が、きらりと光った。

 思わず背筋が伸びる。


「エグランティーヌは、グリンフォード郊外の丘で採れる希少な茶葉で─―」


 そこからはもう、止まらなかった。

 栽培地の地形、気候、茶葉に含まれる成分、その香りの変化、抽出条件、そして一般流通の茶葉との違いまで……次々と情報が流れ出す。

 例えるなら、堤防が決壊したかのように。


 マリアが私の肘を軽くつついた。


「……あれ、完全に別人モードね」


 思わず頷いてしまう。

 いつもの、冷徹公爵と呼ばれる無愛想な態度からは想像もできない。

 フェイ──ヴィクトル公爵、紅茶の話になると、こんなにも……熱い。


「茶葉の解説を始めると人格変わるタイプだな、こりゃ」


 フェイの正体については説明する暇が無かったのでバレット夫妻には、ティーツリーに協力してくれる旅人として紹介していた。

 フェイも私の紹介に乗っかって無愛想とは程遠い人当たりのいい態度でバレット夫妻に接していた。

 オスカーさんが笑い、ミリアムさんは目を輝かせた。


「なんだか、聞いてるだけで香りがしてきそう」


「いや、お恥ずかしい。つい、熱くなってしまって」


 フェイが咳払いし、軽く頭を下げた。


「でも、扱いが難しいってことは、淹れ方がカギになるってことよね?」


 私が問いかけると、アルくんが小さな包みを取り出した。


「数杯分だけですが、試作用に茶葉を持ってきました。ぜひ、一度味を見てください」


「うーん、見た目は普通の茶葉とそんなに変わらないのにね……」


 マリアと私はすぐにお湯を沸かし、エグランティーヌを淹れてみることにした。


 香りが立ちのぼった瞬間、ちょっとだけ目をしかめてしまう。

 深い森の香りに、焚き火のようなスモーキーさが混じっている。

 それに、どこか漢方薬のような青臭さも。

 確かに印象的だけど、好みは分かれそう。


 一口すすったマリアが言う。


「うーん……渋い。香りはいいのに、舌に引っかかる」


「旨味が隠れてる、っていうより、逃げてる感じだよね……」


 私も少し眉をひそめながら口に出す。


「……にがい」


 アルくんがポツリと呟いた。


「なんか、木を食べてるみたいです。……あ、でも、嫌いじゃないです。変な味って意味じゃなくて」


 その正直な反応に、私は思わず笑ってしまった。


「アルくんって、紅茶の味、詳しいの?」


 私が聞くと、彼は首を横に振った。


「全然です。味の違いって、あんまり分からなくて……。でも、お客さんの反応を聞いたり、仕入れ先から教えてもらったりしてるから、どの茶葉が高いとか人気があるとかはちゃんと知ってます」


 彼は胸を張って言った。

 ちょっと恥ずかしそうに、でもどこか誇らしげに。


「仕入れのことなら任せてください。必要なだけ、ちゃんと用意します。味のことは……えっと、フェイさんとか、皆さんに任せますね」


「うん、それでいいよ。アルくんは、アルくんの得意なことをしてくれたらいいの」


 そう言うと、彼はふにゃっと笑った。

 子供らしい無邪気な笑顔。

 完璧じゃなくていい、背伸びじゃなくていい――それでも前に進もうとしてるその姿に、私はちょっとだけ勇気をもらった気がした。


 フェイが静かに言葉を添える。


「温度、抽出時間、そして”組み合わせ”が鍵だ。印象を与えるには、飲み手に”発見”を与えること。それが”ティーツリーらしさ”になるだろう」


 気づけば、店の時計の針は深夜にさしかかろうとしていた。


「……こんな時間か。アル、宿まで送ろう」


 フェイが立ち上がる。

 マリアも大きく伸びをして言った。


「今日のところはここまでね。明日には新しい茶葉も届くはずだし、続きはそれから」


「俺たちも、店の常連から探ってみるよ。エグランティーヌのこと」


 オスカーさんが言い、ミリアムさんも静かに頷いた。


 私はテーブルに残された紅茶の香りを感じながら、そっと深呼吸をした。


 ――うまくいくかどうか、まだ分からない。

 でも、こうして知恵を出し合って向き合えるなら、私たちはきっと大丈夫。


 そう思えた夜だった。

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