伯爵令嬢、試練を宣言される
「……利益についての答えを、すぐに出すのは難しいかもしれません」
口にする言葉を悩んだ末に私は、正直にそう告げることにした。
飾るだけの言葉では、この人には通用しないとわかっていた。
ジュヌヴィエーヴさんは黙って私を見つめ、小さくうなずいた。
「誠実な答えね。では、聞かせてもらいましょう――他に伝えるべきことがあれば」
その瞬間、横からアルくんが前に出た。
「だったら、僕からひとつ提案させてください」
あの飄々とした笑みを封じた真剣な眼差しに、私もつい息を呑んだ。
「言葉や実績だけで判断してもらうのは難しいと思います。ならば、実地で判断していただければどうでしょう? たとえば、サヴォワ商会の方々向けにティーツリーで小さな茶会を開くんです。店の雰囲気、紅茶の味、接客、すべてを体験していただいたうえで――エリーさんたちが“選ばれる理由”を提示します」
「……ふうん。実地の価値、というわけね」
ジュヌヴィエーヴさんの口元に笑みが浮かんだ。
それは愉しげであると同時に、厳しさを孕んでいた。
「悪くない提案だわ。言葉より体験――商会員の中にも、そういう判断を好む者は多い。でも……」
彼女の声が少し低くなる。
「ただの“お茶会”で私たちを動かせると思って? 紅茶に詳しい者も、雰囲気の良い店も、他にあるでしょう」
その言葉に、アルくんも私も緊張を隠せなかった。
だが、彼女はすぐに続けた。
「だからこそ、ひとつ条件をつけましょう。――“グリンフォードの地元産の茶葉”を用いて、ティーツリーとしての答えを示しなさい。たとえば、そうね……『エグランティーヌ』などどうかしら?」
「エグランティーヌ……!」
思わず口に出していた。
グリンフォード郊外の丘で採れる希少な紅茶。
香り高く、味わいに野性味が残る、いわば“育ち”が分かる茶葉だ。
扱いが難しく、流通量も限られる。
それを選んだということは――この試練が、ただのお茶会ではないという証だ。
「それを使って、あなたたちの色を見せてちょうだい。三日後、商会の理事数名をお連れします。内容はお任せするわ」
「……承知しました」
私は、深くうなずいた。
アルくんの顔も、力強く引き締まっている。
けれど、その空気を切り裂くように、フェイが静かに一歩前に出た。
「ひとつ、補足をさせていただけますか」
ジュヌヴィエーヴさんが、彼を見やる。
その目は、どこかすでに気づいているような、静かな色をしていた。
「どうぞ」
「ティーツリーは現在、バイン商会からの組織的な圧力を受けています。仕入れ先や流通経路に干渉があり、それが営業を阻害するようなレベルに達している」
私はフェイの言葉を黙って聞いていた。
でも、その中で、ジュヌヴィエーヴさんの目がわずかに揺れるのを感じた。
「……それは知っているわ。ティーサロンの件も含めてね。もちろん、バイン商会がティーツリーに“競争”を仕掛けたのだと、察してはいたわ」
その語り口は、まるで天秤の片側を指で軽く押すような静けさだった。
「ただ、私たちも商会よ。明確な動機と利益がなければ動けない。いくら地元のためとはいえ、感情で判断すれば商会そのものの信用が揺らぐ」
それが、“知っていて動かなかった理由”だった。
痛みも迷いも抱えながら、それでも保ち続けてきたものがあるのだと、私は思った。
「ですが、仮にティーツリーがグリンフォードの資源――たとえば『エグランティーヌ』の価値を引き出せる店であるならば。バイン商会に一極化する利益を分散させ、地元の経済バランスを保つための実力を持つならば」
フェイは淡々と、それでいて芯のある口調で言った。
「サヴォワ商会にも、動く“理”が立つはずです」
「……ふふっ」
ジュヌヴィエーヴさんは微笑みを深めた。
そのまなざしは、フェイの仮面の奥にある本質を見抜いているようだった。
「ええ、そうね。まったく、その通りだわ。――理屈として、これ以上ないほどに明快」
彼女はそれ以上フェイに何も尋ねなかった。
ただ、軽く目礼を送った。
それが、ジュヌヴィエーヴさんという人の“答え”なのだと、私は感じた。
彼女は気づいていた。
フェイが何者かを。
でも、それは今この場で問うべきではないと判断した。
……その気高さと柔らかさが、彼女の魅力なのだろう。
「では三日後、楽しみにしています。あなたたちの“場”がどんなものか――“エグランティーヌ”を通して、存分に見せていただくわ」
それは、はっきりとした試練の宣言だった。




