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伯爵令嬢のカフェ開業計画~冷徹公爵様、貴族らしからぬ店に入り浸る~  作者: 清泪(せいな)


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24/53

伯爵令嬢、カフェの売り上げが落ちていく

 昼を少し過ぎた頃、私はカップを磨く手を止めて、ふと窓の外に目をやった。


 ティーツリーの前を通り過ぎる人々。

 その誰ひとりとして、ドアを開ける気配はない。

 いつもならランチを終えた常連の奥様方が、午後の紅茶を求めて現れる時間のはずだった。


 けれど、今日はその姿が見えない。


「……おかしいわね」


 独りごちた私に、マリアが静かに首を傾げた。


「エリー。今日は、もう三十分ほどお客様がいらしてないわね」


「ええ。もしかして、何か……あったのかしら」


 不安が胸をよぎる。

 昨日までは確かに、新しいレシピとランチメニューで少ないながらも客足はあったはずだ。


 店内には、オスカーさんの焼いたスコーンの香りがふわりと漂っている。

 味に問題があるわけではない。

 店の雰囲気だって、マリアと試行錯誤して整えたばかりだ。


 なのに、どうして。


「……気になるね」


 マリアが言いながら、手にした盆を丁寧に拭き上げた。


「少し、街の様子を見て来ようか?」


「お願い。私はここで様子を見ておくから」


 マリアは小さく頷くと、エプロンを脱いで店を出ていった。



 午後三時を回っても、客はまばらだった。

 ポツポツと入ってきたお客様は皆、どこか申し訳なさそうな顔をしていた。

 居心地が悪いのか、長居もせず帰ってしまう。


 扉のベルが鳴ったのは、それからさらに一時間後のこと。


「こんにちは、エリー」


「……ミリアムさん」


 入ってきたのは、パン屋のミリアムさんだった。

 オスカーさんの姿もある。


「顔を見に来たのよ。ほら、あんた元気なさそうだったから」


「……ありがとう」


 二人はカウンターに腰を下ろし、スコーンと紅茶を頼んでくれた。


 少ししてマリアが戻ってきた。

 表情は変わらないが、空気に緊張が滲んでいる。


「……戻りました。エリー、やはり原因はバイン商会のティーサロンね」


「やっぱり……」


「お店の入り口には看板があったわ。『貴族令嬢監修のティーサロン、特別なお菓子と午後の優雅な時間をあなたに』。そして……」


「そして?」


「『庶民の方にも、本物の貴族の味を』、だってさ」


 私はぐっと唇を噛んだ。

 その言葉は、明らかに私たちティーツリーを意識している。

 貴族の令嬢がやっている庶民向けの店——そんな噂が立っていることを逆手に取り、自らのブランドとして利用しているのだ。


 あの日サロンで見た、レオノーラの気品ある振る舞いが頭にちらつく。

 貴族としての教育を受けた彼女の存在は、確かに目を惹く。

 庶民にとって、それは“本物の華やかさ”なのだ。


「……レオノーラさんって、やっぱり目立ってるのね」


 ミリアムさんが苦笑交じりに言った。


「今朝なんて、うちの常連の奥様が“今日はサロンに行くの、レオノーラさんの笑顔が素敵でねぇ”なんて言ってたわよ」


「……そっか」


「それに、あの店、無料試飲とかクーポン券なんかも出してるって」


 オスカーさんが付け加える。


「どうやら、バイン商会が経営してる食堂と提携してて、そこで食事した人には割引があるとか」


 そこまで徹底しているのか。

 うちのカフェとは、資金も人脈もまるで違う。

 常連のお客様が、ちょっとした興味本位であちらに流れるのも、無理はない。


 でも——わかってはいても、悔しかった。


 私は何のためにこの店を始めたのだろう。

 貴族社会に縛られない、私だけの居場所を作るためだった。

 なのに、その“貴族”という肩書きに、またしても押しつぶされようとしている。


 湧き上がる無力感に、胸が締めつけられる。


 すると、ミリアムさんがそっと手を伸ばし、私の手を握った。


「大丈夫よ、エリー。あなたの紅茶も、お菓子も、ちゃんと心がこもってる。わかってくれる人は、絶対にいるわ」


 その言葉に、少しだけ目頭が熱くなる。


 マリアは私の隣に立っていた。


「状況は厳しいけど、打つ手がないわけではないわ。今こそ、ティーツリーらしさを大切にすべきよ」


「ティーツリーらしさ……」


「貴族の真似ではなく、エリーの想いを込めた場所。お客様との距離の近さ、あたたかみ、そして——誠実さ。数では勝てなくても、心では負けてない。そうでしょ?」


 私はこくりと頷いた。

 まだ終わってなんかいない。

 むしろ、ここからが本当の勝負なのだ——そう思えた。


「ありがとう、二人とも。……負けないわ。ティーツリーは、私たちの、大切な場所だから」

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