伯爵令嬢、冷徹公爵のことを探る
カフェ『ティーツリー』に通う常連客は、皆それぞれに個性的だ。
近所の商店主、仕事帰りの労働者、手紙を書きに来る貴族の奥様──そして、最近ではあの『冷徹公爵』ヴィクトル・フォン・シュトラウスも、その一員となっていた。
しかし、彼がどれだけ常連になろうとも、彼について知っていることは驚くほど少ない。
いつもの席に座り、いつもの紅茶を飲み、ほとんど会話を交わさない。
(どうしてそんな人が、わざわざうちみたいな庶民的な店に……?)
私はその答えを知りたくて、彼の噂を探ることにした。
とはいえ、マリアから「公爵の冷酷さは貴族の間でも有名」と聞いたばかりの私が、いきなり本人に直接質問できるはずもない。
そこで、まずは常連客たちの話の中から、それとなく情報を引き出すことにした。
昼下がりの時間帯、比較的店内が落ち着いた頃。
私は紅茶を運びながら、常連の商人、ルイスのテーブルにさりげなく近づいた。
「ルイスさん、いつものアールグレイです」
「おっ、ありがとうね、エリーちゃん」
気さくな笑みを浮かべるルイスは、ちょっとした情報通でもある。
彼なら貴族社会の噂にも詳しいはずだ。
私はカップをテーブルに置きながら、何気ない調子を装って尋ねた。
「そういえば、ルイスさん。最近うちに来るあの黒いコートの人……すごく有名な方みたいですね?」
「ん? ああ、シュトラウス公爵のことか?」
ルイスは声をひそめると、周囲を見回してから、小さく頷いた。
「いやはや、まさか彼がこの店の常連になるとはね……。エリーちゃん、彼のことあまり知らないのか?」
「名前と、軍の偉い人だってことくらいしか……」
「それだけじゃ足りないな。彼はな、帝国軍務を統括する最高責任者で、何百、いや何千という兵の命を預かる立場にあるんだ」
ルイスの声には、どこか畏怖の色があった。
「……そんなにすごい方なんですね」
「すごいなんてもんじゃないさ。彼は『冷徹公爵』の異名で知られていてな。戦場でも宮廷でも、一切の私情を挟まずに決断する男だ。無駄な犠牲を出さない代わりに、情けもかけない。敵はもちろん、味方でさえ容赦なく切り捨てることがあるらしい」
私は思わず息を呑んだ。
無駄な犠牲を出さない──それだけ聞けば、合理的な判断を下す優れた指揮官のように思える。
でも、「味方でさえ容赦なく切り捨てる」と聞くと、それはもう別の話だ。
ルイスはさらに続けた。
「たとえば、こんな話がある。去年の冬、帝国西部の辺境で反乱が起きたんだが……」
ルイスは静かに語り出した。
──反乱を起こしたのは、小さな領地の貴族だった。
彼は増税と厳しい統治に反発し、数百の兵を集めて帝国に反旗を翻した。
帝国はすぐに討伐軍を編成し、ヴィクトル・シュトラウス公爵を総指揮官に任命した。
彼は迅速に行動し、徹底的な包囲戦を展開。
たった十日で反乱軍の拠点を完全に孤立させた。
反乱軍のリーダーである貴族は降伏を申し出たが、公爵はそれを拒否。
彼は「軍人としての誇りを持て」と言い、無条件降伏ではなく決戦を選ばせた。
結果、反乱軍は完膚なきまでに壊滅した。
「……降伏を受け入れなかったんですか?」
「そうだ。普通なら、少しは情をかけるものだろうが……公爵は一切迷わなかったらしい。敵であろうと、最後まで戦わせることで『反乱が許されない』ということを示したんだ」
「……それで、『冷徹』と?」
「そうさ。でも、同時に彼の軍は規律が異常に厳しくてな。逆に言えば、彼の指揮のもとでは無駄死にする兵はいない。だから、兵士たちからの信頼は厚いとも聞く」
無情な判断を下す一方で、彼を慕う者もいる──そんな話だった。
(……そんな人が、なぜこのカフェに?)
疑問はますます深まるばかりだった。
ふと、カウンターの奥を見ると、マリアが心配そうにこちらを見ていた。
彼女も、きっと私と同じことを考えているのだろう。
私はルイスに礼を言い、そっと視線を巡らせる。
──ちょうどそのとき、扉のベルが鳴った。
黒いコートを翻し、彼が店に入ってくる。
まるで何事もなかったかのように、いつもの席に座る。
私は、彼の冷静な横顔を見つめながら、どうしても信じられなかった。
本当に、この人が『冷徹公爵』と呼ばれる人物なのだろうか?
そんな疑問を抱いたまま、私はいつものように紅茶を淹れ、彼のもとへと運ぶのだった。




