第一話 小さな恋のうた 上
安いアナログな目覚まし時計のジリジリという音が鳴り響く。
それを徐に止め、5分後にデジタルの時計のピピピという音が響き布団から起きそれを止めた。
俺は部屋のドアを開け味噌汁の良い匂いがするキッチンに向かった。
低血圧のせいか朝は苦手だ。
冷蔵庫からオレンジジュースを取り出しコップに注ぎ、テーブルに置かれた食パンを1枚取りかじり付いた。
イスに座る事なくそれを半分くらい食べた後、ジュースで流し込んだ。
「母さん、おはよう。」
残りの食パンをラップで包みながら、まだ目が覚めてない状態で一言呟いた。
「おはよう、蓮。
林間合宿の準備はちゃんとした?
忘れ物ないようにね。」
「うん。」
条件反射のように言葉を吐き出し、洗面所に向かった。
「お兄、今から私が歯磨くからちょっと待ってて。」
顔を洗おうとしたら妹の優愛が先に歯を磨こうとしていた。
諦めてリビングに向かったらテレビでニュース番組を見ながら父親が髭を剃っていた。
「蓮、おはよう。
今日からだろう?合宿
楽しんでこいよ。」
「おはよう、父さん。
楽しくはないでしょ。
気分転換の山登りならいいけど
軍隊式の合宿だよ。ありゃ。」
「まだ行ってもいないのに
もう帰って来た後みたいな事、言うんだな。
そりゃ頑張るんだな。」
この世界線に来てもう4日目、家族とのやり取りも板についてきた。
今日は1泊2日の林間合宿の当日だ。
「お兄、今日からいないんでしょ。
お土産だけお願い。」
歯磨きを終えた妹がリビングにやって来た。
「いないって、学校行事だ。学校行事。
お土産なんてある訳ないだろう。
市内だ。市内。
まったく、旅行に行くんじゃないんだから。」
「えー。残念。
iPod nanoのピンク、お土産で買ってきてくれると思っていたのに。」
「iPodってどんなお土産だよ。
アメリカに行っても買ってこねーよ。」
優愛はそんな冗談を言い、学校に行く支度をする為に自分の部屋に消えて行った。
俺も学校に行く準備をし自転車に乗り飛び出して行った。
まったく朝は憂鬱だ。
これは学生でも社会人になってからも変わらない。
俺の場合、特に朝に弱く食事は喉を通らない。
人は成長する生き物だとかいうが本当なのかと思ってしまう。
学校に着いて自転車を置き、クラスまでの道のり。
入学して4日目だが正直すれ違う人達は全員知っている。
なんなら仲良かった人も多い。
が、俺は誰とも話さない、話しかけられたくない。
何故なら面倒事は嫌だからだ。
この世界線では極力、関わらない。
俺は足早にクラスに向かった。
教室に入ると真悠と夢が待ち構えてたの様に話しかけてきた。
「へい、天ちゃん。
"お弁当"持ってきたかい?
もう一度聞く、"お弁当"持ってきたかい?」
「真悠、夢、おはよう。
どうした、いきなりお弁当って?
そりゃ持ってきたけど。」
「天ちゃん、あんまり気にしないで。
真悠、林間合宿が楽しみでハイになってるだけだから。」
「ノン、ノン、ノン。
天ちゃん、この林間合宿で1番大事な物は何だと思う?
そう、答えはお弁当。
体育着を着てきてお弁当を持ってきてさえすれば最低限この2日間乗り切れるんだよ。
分かるかい?」
「質問からの答えだすの早いな!
真悠、確かにそうかもしれないけどこの合宿、何が行われるか分かっているかい?
たぶんこの学校の事だからそんな楽しい事ばかりじゃないと思うよ。」
「天ちゃん、楽しもーよ。
そんな事、考えててもつまらんぞ。」
「そうだよ、天ちゃん。
高校初イベントなんだから楽しまなくちゃ。」
確かに普通の高校の普通の学校行事ならそれでいい。だがしかし、そう簡単にいかないのがこの高校だ。
入学4日目、クラスにも少し慣れ友達も出来始めてきたせいか、初行事のせいか朝のホームルーム前の教室は昨日までより少し賑やかだった。
8時45分のチャイムが鳴り、倉Tが教室にやって来た。
「よーし。全員居るかー?
居るな。じゃあ今日の流れを話す。
とその前に、この合宿は何のために行われるかを話そう。…… 」
倉Tが言うにはこの林間合宿は学校のオリエンテーションという事だ。
学校生活のルール、校則、部活について、検定についてなどを講堂で各専門の先生から講義がある。
そしてこれが本当の目的で
登山、校外でのグループオリエンテーション、宿泊体験を通し"集団行動"を学ぶ。
社会に出たら集団行動が当たり前でそれの意識付けの為だろう。
求められているのは"覚悟"。
この学校で生活する、しいては社会に出ていく"覚悟"。
リアル(18年前)ではこの合宿後に自主退学するヤツも何人かいたな。
まぁもちろんこの合宿だけが原因じゃないんだろうけど。
そんな事がやんわりと伝えられた後、荷物を持ち外に集合するように指示があった。
この林間合宿は同じ市内の100名山"四山"にある合宿所で行われる。
車で30分くらいの場所でバスで移動する。
倉Tは何故かストップウォッチを持っていた。
俺は2度目だから知っていたがクラスの何人かも何かを悟ったようだ。
居ても立っても居られず柄にもなく、倉Tが解散と言った瞬間、声が出てしまった。
「1ー2さぁ行こう!!」
その一言が静寂の教室の中響いた時、みんなが一斉に外の集合場所を目指した。
集合場所に全員が揃った時、すでに倉Tはそこにいた。
何も言わずバスに乗り込むように指示を出した。
バス内は乗り物酔いする人を除き、男女別の出席簿順で乗り込んでいった。
バスが動き始めると直前の緊張感が嘘のように盛り上がり始めた。
俺は隣の席の泉沢とは特に話したりしてなかったし絡みもなかったので料理の本を読んでいた。
まったく、授業中は盛り上がったり発言も少ないのにこういう時はうるさいんだよなこのクラスは。
特に倉Tも気にしてないみたいだし大丈夫か。
そんな事を考えていたら目的地である四山に着いた。ここから登山で合宿所を目指す。




