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第1話「消えた三毛猫」

 

 秋に入った季節に夏の暑さがぶり返す。


「だあああ、9月も終わりだってのに!なんで猛暑日になるのよっ!!」


 顔立ちの整った栗毛色の髪を振り回して"先生"が騒いだ。


「ただでさえ暑いってのに暴れないでください。暑苦しいです、先生」

家入(イエイリ)くん! キミはこの暑さに何とも思わんのかね!」

「騒いでも暑いものは暑いんですよ」


 ひじ掛け付きの椅子の背もたれを倒して先生は天井を仰いだ。


「ミステリーだよ、これは……何かの陰謀ではないのかね?」

「いいえ、温暖化による異常気象です」

「その"チャットAI"みたいな受け答え、なんとかならないの?」

「そうですねぇー」


 蒸し暑い室内の最奥で机の向こうからこちらを見やる女性は額から汗を流しながら不満気な顔つきをした。


「おお、そういえば! となり町の三毛猫くん、見つかったらしいな! 捜索ポスターが無くなってたぞ?」

「あー、そんなもの貼られてましたっけ?」

「キミぃ? そういう情報はちゃんとチェックしてないと私の助手は務まらんよぉー?」


 送られた視線を感じて一瞬だけ彼女を見やり、僕は再びパソコンに目線を戻して作業を続ける。


「そうですか、じゃあこの仕事を辞めていいですか? ブラックだし……」

「あー、もう! 可愛げない助手だこと!」

「助手なので。先生のやらない書類仕事をみんなやらされてますので忙しいんですよ、こう見えて」


 しばらくキーボードを叩く音とサーキュレーターの稼働音だけが室内に響き渡る。


「――なあ?」

「ダメです」

「まだ何も言ってないだろ?!」


 先生は頬を膨らませてドカリと背もたれに身体を投げ出し、うちわを煽りながら窓の外からビルを眺めた。


 また少しだけ沈黙が続く。


 僕はキーボードを叩く手を止めて彼女に声をかける。


「エアコンを買うお金はありませんよ。今月だってギリギリの黒字でなんとか事務所の家賃を払えたくらいなんですからね?」


 グラスにからからと氷を入れ、よく冷えた緑茶を冷蔵庫から出して先生に手渡す。

 彼女はそれを一息で飲み干すとグラスをこちらに返したので、もう一度注いで机に置く。


「とにかく暑い!やってられん!」

「子供ですか、ホント……」



 ―――コンコンッ! コンコンッ!



 唐突に入り口のドアがノックされた。


「家入くん! お茶だ!お茶の準備をするんだ!」

「は、はい!」


 先生はそそくさと服装の乱れを整え、手鏡で前髪を直してご機嫌でドアノブに手をかける。


「どうぞ!ようこそ、CAIへっ!!」


 ゆっくりとドアを引きながら嘘くさい笑顔をべったりと貼り付けて、入室を促した。

 大方、頭の中は『うしし、金づるが来た!』くらいにしか思ってないだろう。

 呆れながらティーカップを二つ用意し、いそいそとガスコンロに火を入れる。


「あー、家入くん……」

「どうしたんです、先生?」


 彼女はぽりぽりと頭をかきながら似合いもしない赤縁のメガネをズラしたまま、言った。


「……紅茶よりオレンジジュースがいいかな?」



 ***



「みーちゃんが帰ってこないの」


 そう言って鼻声で語る依頼者を見た後、先生と目を合わせ、黙して天井を見上げた。


「それで、みーちゃんはいつから帰ってこないのかなぁ〜? あはは……」


 三毛猫の写真を見ながら先生が上ずった声で尋ねると、小さな依頼者は答える。


「1週間前におうちを出てから帰ってこないの」

「そうなの、それはもう死ん――っ!!」

「なんてこと言おうとしてんですかっ!!」


 慌てて先生の口を強引に塞ぎ、泣き腫らした依頼者の顔を横目に見やる。


「し――?」

「しんどいだろうねってさ! みーちゃん、見つかるといいね!特徴とか分かるかなぁー?」

「みーちゃんはね、三毛猫だからみーちゃんなの。男の子なの」


 先生が僕の手を口から無理やりとひっぺがして叫んだ。


「また迷い猫の捜索かよォ! "クリスティーズ・アナティカル・インスティチュート"は売れない探偵事務所じゃないんだぞぅ!」


 ヘソを曲げた先生は大人げない態度で足を組み、頬を膨らます。


「先生、子供が泣いてるのになんちゅー態度ですか」

「子供も年寄りもかーんけいないっ! 私はオックスフォード大卒なんだぞぅ!! こんなみみっちい事件に付き合ってられるかぁ!!」

「うわぁ…めちゃくちゃゲスだな……」

「みーちゃんを探してください。お年玉からお金を払います」

「ほら、子供がこう言ってるんですよ? ね?」

「知るか、どーせ3000円とかそんなもんだろ? 大人を舐めるな!」

「3万円あります」


 彼女は少しのあいだ黙り込むと、女の子の手を握ってまた嘘くさい笑顔を貼り付けた。


『ようこそ、CAIへ! アナタの依頼、なんでも解決します!!』



 ***



「家入くん、そっちはどうだー?」

「いなさそうですねぇー」


 事務所を出て3時間、何が悲しくて人の家を不審者のように覗き込んでいるのか。


「先生も探してくださいよ、後ろをついて歩いてるだけじゃないですかぁー」

「キミ、レディに労働をさせるつもり? そんなんじゃモテないわよ?」


 先生は女の子を肩ぐるまして、後ろから訳の分からないイチャモンをつけてきた。


「アンタの客でしょうが、ったく……」

「聞こえてるぞ、助手。労働者は労働者らしく労働対価を払え、労働対価を」

「くっ、就職先を間違えたな」

「こっちはスカートはいてんだぞ、中腰で覗き込むなんてパンツ丸見えだろうが。気が利かないな、日本男子は」

「アンタに気を遣うのがバカらしいってんですよ、この暴君めぇ〜」


 ぶつくさと文句を言い合いながら少女の家周辺をあらかた探し回り、薄暗くなった公園でスポーツドリンクを飲みながら一息をつける。


「クリスティ先生はどうしてそんなに美人なの?」

「よくぞ聞いたな、少女よ。私は生まれつき美しい、不公平だが世の中ってのはそんなもんだ」

「おい、子供になんてこと言ってんだ……このおんな……」

「私も美人になったらイエイリクンみたいな下僕を捕まえられる?」

「うむ、私みたいなカリスマになれればな!」

「子供になんてことを教えてんだよっ!」


 探偵事務所が聞いて呆れる。本当に何の策もなく、ただ歩き回ってるだけじゃないか――、来月こそ辞表を出してやると心に決めて飲み干したペットボトルをゴミ箱に捨て、猫探しを再開する為に立ち上がる。


「家入くん、もういいよ。三毛猫は見つかった、答えは分かったよ」

「――え?」



 ***



「いやぁ〜、最近の子どもはお金持ちだなぁ! お年玉で諭吉なんぞ拝んだことないぞ!」


 先生は上機嫌で3枚の万札を眺めながら明るい声を上げる。


「アンタの国はお年玉の概念ないでしょうが」

「あ、バレた? まあ、ここには入ってるよ?」


 頭を人差し指でつんつんと突きながら彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「てゆーか、マジで依頼料を取ったんですか? この人でなし」

「日当で3万円は美味しいなぁ!儲けたぜ、へへっ!」


 呆れながら彼女を見やり、僕は独りごちた。


「まさか、みーちゃんが"別の家の猫"だったなんて……よく分かりましたね?」

「なぁに、簡単だよ? 家入くん」


 そう言って先生は報酬で買ったコンビニスイーツを片手にペラペラと推理を語った。


「みーちゃんは"オス"だったからね」

「よくもまあ。抜け目なく情報チェックしてますよ、本当に」

「オスの三毛猫の捜索ポスターがこの辺に貼られてたのは4日ほど前まで、みーちゃんが居なくなったのは1週間前――。

 オス猫って聞いた時点で分かってたさ、そんなこと」

「で、僕の分のコンビニスイーツは?」

「あ? 給料を払ってんだから自分で買えよ。浅ましいなぁ、キミも」

「子供からお金ふんだくってるヤツが言うなよ!」


 先生は呆れたように鼻を鳴らして、こう言った。


「バカか、ガキ相手に金を取るわけないだろ? ちゃんとオトナからもらったわ!」

「大して捜索もしてないクセして金を巻き上げてる時点で悪質だわ、どっちにしても!」


 彼女はゴミを几帳面に折りたたんで丸めると、ゴミ箱に捨てて歩き出す。


「帰るぞ、家入くん」

「はいはい、今日もお疲れ様でした。ミズ・クリスティ」


 帰宅時間で忙しない交差点の中を僕は歩いた。



 ***



「みーちゃん!」

「にゃー」


 少女は家に入るなり、飼い猫の"みーちゃん"に抱き着いた。

 みーちゃんも少女に撫でられて嬉しそうに目を細める。

 僕は家主に目線を戻して尋ねた。


「それで、小太郎君はどうやって見つけたんですか?」


 品のいい香りのする紅茶から立ち上る湯気越しに壮年の女性は困り果てた顔をする。


「ちょうど30代くらいの夫婦がね、見つけてくれてね。

 ケガをしていたから保護していた、と――。

 娘が気に入ってしまったからこっそり返しに来たと言っていたわ、お礼も受け取らずに帰ってしまったのよ」

「まあ、オスの三毛猫なんてすぐに飼い主が分かりますよねぇー」

「だから、私は"死んだ"ということにした方がいいと言ったんだ」

「あー、はいはい。すみませんね、察しの悪い助手で」


 少し熱い紅茶を一息で飲み干して僕達はため息を零す。あの子の笑顔を見たら、なんと説明していいか――途方もない問いに頭を抱えることになったのだ。


「マダム。失礼ですが、ご主人は?」

「え? 主人には先立たれて今は独り身よ?」


 空気を読まず、先生が不躾な質問をした。


 (なんちゅー質問してんだ、この女――)


 じっとりと彼女を横目で見やると、先生は悪びれもなく言葉を続ける。


「いえ、お子さんなどはいらっしゃらないご様子でしたので」

「あら? どうして分かったのかしら? そうなのよ、とうとう子供は出来なくてね……主人と二人で死ぬ時は一緒って話をしていたのよ……」

「なるほど、それは先立たれてさぞお辛かろうと……心中、お察しします」


 先生は優雅にティーカップを摘むと、ゆるりと一口だけ含んで口を開いた。


「でしたら、この件は私に任せていただきたい」



 ***



『クリスティーズ・アナティカル・インスティチュート レポート No.***』

 ―毎週水曜日は少女と一緒にネコを"探す"。依頼主の女性はペットの相続人に"少女"を指定した―



 ***


ハジメマシテ な コンニチハ !

高原 律月です。


勢い余って、なんちゃって探偵モノを執筆してみました!

ほぼ推理なし(というか、かなり雑?笑)ですが、探偵モノです(笑)


次話もあるかもしれません!


それでは、またどこかで〜 ノシ

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