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能面令嬢の結婚  作者: 大沙かんな


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09.盗難の発覚

 目の前にある出来の悪いブローチは、前王妃の持ち物の模造品である。執事のその宣言の意味するところは、つまり本物のサファイアが使われたブローチが、何者かの手によってすり替えられていた、ということに他ならない。


 この模造品は無価値だが、これがもしも本物のサファイアだったとすれば一体どれだけの値段になるというのだろうか。ガブリエラやプリシラでさえ、その価格がはっきりとは想像がつかない。


「まだ本物は賊の手の中に残っているのではないでしょうか。」

「レダ、それはどういう意味なの?」

「はい、この大きさのサファイアとなると、あまりに高額過ぎて簡単に売りさばけません。」

「手に入れたとしても盗難品と疑われるのだから、買うだけ損になるわね。」

「プリシラ様、その通りでございます。ですから、まだ本物はすり替えた実行犯の手の中に残っている、その可能性は捨てきれません。」


 本物のサファイアは、すでに外部の共犯者の手に渡っている、そう考えるのが妥当だ。しかしまだ外部には出ていない、まだ間に合う、そんな可能性だって残されているのだ。


「それはつまり、この屋敷に残っているかどうか、徹底的に調べなければならない、そういうことでございますな?」


 ギャリソンの声には幾ばくかの殺気が(こも)っている。


「ヒッ!」


 そんなギャリソンの怒りを前にして、部屋の隅に待機していた公爵家のメイドが小さな悲鳴を上げ、そのまま座り込んでしまった。


「お前が盗んだのか?」

「い、いえ! いいえ! 違います! 私ではございません!」

「ならば、どうした。知っていることを包み隠さず答えよ!」

「ヒッ、お、お許しを! 私はただ、見たのです。そのブローチそっくりの物をマチルダ様が手にしておられて……」


 そのメイドによれば、メイド長のマチルダがそれと似たようなブローチを眺めているところを見かけたのだという。その時マチルダは、「これは奥様のブローチの模造品なの」と言っていたのだそうだ。


「お嬢様、このブローチはしばらくお預かりさせて下さいませ。それに緊急で行わねばならないことが生じましたので、下がらせて頂いてよろしいでしょうか?」

「わかりました、許可します。」


 ギャリソンは硬い表情のまま、半泣きになっているメイドを残して退出していった。



 執事がいなくなった部屋では、緊張した空気が一瞬にして弛緩していた。


「ガブリエラ、やっぱり貴女の周りって、面白い事件が起きるのね。退屈しなさそうで(うらや)ましいわ。」

「私は事件なんて起こしたくはないのだけれど。なぜか不思議とそうなってしまうのよね。」


 実家の侯爵家もそうだったし、第二王子もそうだったが、ガブリエラから手を出したことは一度もない。それなのにガブリエラを敵視して、攻撃してくる者たちが後を絶たないのだ。


「そんなことより、プリシラ。あのレース編みが出来たの。ちょっと見ていただけるかしら?」

「あのデザインが? それはとっても愉しみだわ。」


 ガブリエラは最近まで編んでいて完成したばかりの作品を、プリシラの前に広げて見せてみた。大きなものから小さなものまで、大小さまざまな雪の結晶が編み込まれたレース編みのストールだ。


「とても素敵じゃない、思っていた以上だわ。」

「悪くはないと思うのだけれど、やっぱり雪の冷たさが思い浮かんでしまって。暖かいのか冷たいのか、よくわからない気がするの。」

「ガブリエラ、貴女はまだそんなことをおっしゃっているのね。その冷たさが良いところなのよ。」


 雪の結晶のデザインは、この秋の終わりに寒い北方のキタノ大伯爵家に嫁いでいくことが決まっている、プリシラからのリクエストだ。要求通りの物に仕上がったとガブリエラは思うが、それが受け入れられるかどうかには不安があった。


「僭越ながら、私もこれは面白いと思います。ストーリーもしっかりしておりますし、かなりの人気になるかと。」

「あら、レダ。貴女、ガブリエラよりもわかっているじゃないの。」


 レダの商人視点からも合格が得られたことで、ガブリエラにも決心がついた。


「それでは、この試作品を見本にして、ストールを三着。秋までにお願いできるかしら。」

「かなり複雑な構成ですが、このためにメリダたちの予定を空けておりますから、秋までなら余裕で仕上がるでしょう。」

「それなら大丈夫、彼女になら安心して任せられるわ。」


 ガブリエラの手書きの編み図を見た上でレダが了承する。結婚祝いで必要になるのは、プリシラ本人、そして実母のマール侯爵夫人、義母になるキタノ大伯爵夫人の分で、合わせて三着だ。


「あら、三着なの? 私にはガブリエラの手作りの物が頂けるのだと思っていたのに。」

「プリシラ、私ももちろんそのつもりだけれど、見本が無くなると職人たちが困ってしまうでしょう?」

「職人の手による物は、我が商会からお買い求めて頂ければ有難いですね。」

「さすがは商人ね、ちゃっかりしているわ。」


 すかさず商売の話に持って行こうとするレダに、プリシラも笑っている。



 その後、ガブリエラは、元王妃の宝飾品や衣装のコレクションを見せたり、実家の侯爵家から荷馬車で出荷された話をしたり、公爵邸での生活を語ったりしながら楽しく過ごした。


「ガブリエラ、せっかくだから、お庭も拝見したいわ。」

「私は別に構わないのだけれど、ちょっと趣味の変わったお庭なのよ。あまり楽しめないかも知れないわよ?」

「だってアゲハの乱舞なのでしょう? 見ておかないと後悔しそうよ。」


 そこまで言うのならと、まずはバルコニーに出て、上から眺めてみることを提案する。広い庭一杯に等間隔に並んだ蜜柑の木と、そこに群がる蝶々の群れが一望できるのだ。


「確かに変わったお庭ね。こうして眺めていると、畑のようにも見えるわね。」

「果樹園と呼ぶのが近いのかしら。」


 今は蝶々が多い時間帯のようで、色々な蝶々が飛び回っているのがよく観察できた。


「良くわからないけれど、これはこれで趣があるのかも知れないわ。もう少し近くで見たいのだけれど、構わない?」

「あまりお勧めは出来ないけれど。」

「あら、ここまで来て出し惜しみは良くないわ。何事も経験よ?」

「それなら、庭に出てみる?」


 プリシラのリクエストに応えて一行は庭に出てみた。蜜柑の花の甘い香りが漂ってくる。


「これは……楽しみ方が良くわからないわ。」

「そうなのよ。香りは良いのだけれど、少し強すぎるし。」


 ここの庭は本当に木が等間隔に植えてあるだけで、それ以外には何もない。雑草などの下生(したば)えは適当に刈り取られているが、奥に行くには、ただ木々の間を抜けていくより他にない。


 例えば少し開けた芝生の場所があれば、そこでお茶を楽しんだりできるだろうし、洒落た小道などがあれば、風景を愉しみながら軽い散歩なども出来るのだろうが、本当に何もないのだ。


「蝶は本当にたくさん飛んでいるわね。」

「あ、木の下には入らない方が良いわ。」


 蝶を近くで見ようと蜜柑の木に歩み寄ろうとするプリシラに、ガブリエラは注意を投げかけた。


「あら、どうして?」

「……上から芋虫の糞が降ってくるのよ。」

「い、芋虫?」

「蝶の子供の芋虫が、木の上で蜜柑の葉っぱを食べているの。」


 プリシラは目を凝らしてみるが、どこにも芋虫がいるようには見えない。


 これだけ蝶が飛んでいるのだから、その子供の芋虫だってたくさんいるはずだが、遠目ではどこにいるのかわからない。


 庭師によれば、芋虫は蝶々の十倍以上いるのではないか、という話だったが、とてもじゃないがそんなにたくさんいるようには見えなかった。


「うまく隠れているのよ。近くまで行っても見つからないことだってあるわ。」

「大人になったらあんなに目立つのに、子供は隠れんぼの天才なのね。」


 それからしばらく、遠くから芋虫を見つけることに挑戦した結果、ガブリエラが一匹、プリシラ、というよりも、彼女のお付きメイドのエララが二匹発見して、勝負はプリシラの勝ちとなった。


 プリシラたち一行は一晩を公爵邸で過ごし、翌朝になってから、メイドのメアリを残して去っていった。


 王都に戻ってから、プリシラが残りのメイドたちを、レダが仕立て職人や指輪職人をよこしてくれるそうなので、この先は今までよりも安心して過ごせるようになるだろう。



 ところで、ガブリエラの部屋から急いで退出した、執事のギャリソンはどうなったのだろうか。


 彼の動きは迅速だったと言ってよい。退出すると即座に、ギャリソンはリンシー公爵の執務室を訪ね、ブローチの紛失および、メイドたちのガブリエラに対する不当な扱いについて報告を行った。


「マチルダか……。」

「はい、左様でございます。」


 メイド長のマチルダは、元はと言えばリンシー公爵の母である王妃イライザに、侍女として仕えていた。そのため公爵家への忠誠心は強かったのだが、その忠誠心は公爵家よりもイライザ個人に向いており、リンシー公爵の言葉であっても聞き入れようとしない事が珍しくはなかった。


 公爵にとっても面倒な女性だったのだが、長年の忠誠を思えば邪険には扱えないし、もちろん降格などあり得ないことだった。そうした公爵の態度が、彼女を増長させ、今回のような騒動を引き起こしたと言える。


「旦那様、いかがなさいますか?」


 マチルダは公爵の命令でさえ平気で無視して、勝手に振る舞うような女性だ。役職の上では執事はメイド長の上だとはいえ、ギャリソンの言葉に彼女が素直に従うようなことはあり得ない。


「命令だけでどうにかなる問題ではあるまい。」

「おっしゃる通りでございます。それで解決するならば、そもそも問題は発生しておりません。」


 公爵は椅子に深く座りなおすと、背を反らして天井を仰ぎ見た。まるで深く考え込むよかのように、しばらくその姿勢のままで動かなくなる。


「旦那様、考え込んでいる時間は御座いませんぞ?」

「わかっている……。」


 それでも公爵は天井を見上げたまま動かない。


「旦那様!」

「わかっているわっ!」


 公爵は何度も催促されてようやく体を起こすと、ペンを手に取り何やら書きだす。その書付をギャリソンに渡すと、機嫌の悪そうな声でゆっくりと命令を伝えた。


「マチルダのメイド長の役職は凍結、男性使用人を集めて捕縛せよ。抵抗するなら打ち据えて良い、だが殺すな。マチルダ捕縛後、メイドを使って私室を捜索し、盗品の発見に努めよ。」

「はい、ご命令、直ちに遂行いたします。」


 ギャリソンは公爵に一礼すると、足早に執務室を後にした。


 もしもこの様子をガブリエラが見ていたとすれば、この事態になっても執務室に引きこもったままで、自分で行動しようとはせず執事任せにしている公爵に、冷たい言葉を投げかけたことだろう。



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