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能面令嬢の結婚  作者: 大沙かんな


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7/21

07.能面令嬢の友人

 ガブリエラが公爵邸にやって来てから、およそ一ヶ月が過ぎようとしていた。


 朝日の中をバルコニーから見下ろすと、庭の蜜柑の木々は白くて小さな花を咲かせ始めていた。可愛い花だとは思うが、花だけであれば絶景には程遠い。しかし庭師が言う通り、そこに色とりどりの蝶々が乱舞する様を見ると、なるほど、これは一見の価値があると思わされた。


 この綺麗な蝶々が芋虫から生まれてくるなんて、こうして見ているだけではまったく想像がつかない。ガブリエラはふと、リンシー公爵が芋虫公爵などと呼ばれていることを思い出した。その噂の元は庭の蜜柑の木々、そしてそこに集まる蝶々たちなのかも知れない。なんとなくだが彼女にはそう思えてくる。


 未だ公爵邸に商人は姿を見せていない。彼女の衣服を仕立てるために商人を呼ぶことになったのは初日のことだったはずだ。それから三十日は経ったというのに、まだ商人はやって来なかった。いくらなんでもこれは遅い、遅すぎる。


 リンシー公爵邸は元々、前王妃の病気療養のために用意された離宮で、王都から片道一日ほど離れた田舎に位置している。そのため商人を呼びつけたとしても、すぐにやって来ることは無く、それなりの時間がかかってしまう。往復で最低でも二日はかかるのだから、いくら早く呼びたくても限度があるわけだ。


 それでは二日待てば商人がやって来るかと言えば、まずそんなことはなかった。呼び出された商人からしてみれば、往復の二日間だけの問題ではない。往復に二日、商談を進めるのに一日、最低でも三日間の仕事になる。


 三日も留守にするとなれば、他の仕事との間で予定を調整する必要があるし、馬車の手配など、旅の準備も必要になる。そのためリンシー公爵邸では、商人は呼び出してから早くて十日、だいたい二十日後くらいにやってくる。


 それが執事ギャリソンから聞いた説明だったし、ガブリエラもそれを受け入れていたのだ。しかし商人はやって来ない。一体どうしたものか。


 来ないなら来ないで、ただ公爵との対面が遅れるだけの話なのだけれど、それは今の宙ぶらりんな状態が続くことにも繋がる。少し手を打つべきだろうか。


 上級メイドたちの態度は日増しに悪化しており、ガブリエラが声をかけても返事をしないことも多くなっていた。それどころか、使ったシーツの回収やベッドメイキングを怠ったり、食事を運んでこなかったりすることもあるぐらいだ。


 シーツや食事ぐらい自分で運べるし、生活する上では何も問題はないのだが、さすがに今の態度は常軌を逸していた。



 やはりいつまでも問題を先送りには出来ないと、ガブリエラは執事のギャリソンに、メイド長を交えた三者面談を申し入れた。ギャリソンの返答は日を改めて、というものだったが、それから数日たっても面談を行おうとする様子は見えなかった。


 対面は無理でも手紙ならどうかと、公爵本人への手紙を執事に託してみたが、何も返事は得られない。手紙が公爵に手渡されたのかどうかもガブリエラにはわからず仕舞いだ。


 この分では知人たちに手紙を書いたとしても、届けてもらえるとは限らないだろう。能面令嬢たるガブリエラは表情にこそ一切何も出さなかったが、内心では公爵家を見限ってもよいぐらいに思っていた。


 だからといって公爵家を混乱させてやろうとか、潰してしまおうとか、そういうことではない。ただ公爵家のために配慮したり、行動を差し控えたりといったことが無くなっていく、それだけのことなのだ。


 ガブリエラの実家であるアーカンデ侯爵家の人たちも、そして王家の人たちもそうだったが、この公爵家の人たちは自分が何をしても許される、おそらくそう思っているのだろう。


 しかし果たしてそううまくいくだろうか。



 ガブリエラがそんな面白くもない毎日を送っている時、公爵家の門を一台の貴族令嬢の馬車がくぐった。その要件はガブリエラへの訪問だったが、上級メイドたちもさすがに無視できなかったようだ。


 一つ作品を編み終わって、次のレース編みを始めたガブリエラの元に、メイドの一人がやってきて訪問客があることを告げた。


「あの……お嬢様、お客様がお見えです。」

「どなたが見えたの?」

「マール侯爵のご令嬢、プリシラ様です。」

「あら、プリシラなのね。それならここに通して貰えるかしら? あと、お茶の用意は……私がしないと駄目かしら?」

「いえ、こちらでご用意いたします。」

「それならお願いするわ。」


 さすがに貴族の訪問客の前では、あまり酷いことは出来ないのだろう。メイドは素直にガブリエラの指示に従う。


 マール侯爵令嬢のプリシラは、ガブリエラの親友の一人だ。家を出る時に手紙を送った先の一人でもある。そんな彼女は三人のメイドを引き連れて、ガブリエラの部屋に案内されてきた。


「まあ、プリシラ、お久しぶりね。訪ねてくれて嬉しいわ。」

「あの園遊会以来ですものね。あなたのお手紙を読んで驚いたわ。あの時にそんなことがあったなんて。」

「あの王家や侯爵家のやる事よ? いちいち腹を立てても仕方ないわ。それより、あなた達も久しぶりね。」


 ガブリエラはプリシラだけでなく、彼女の供をしている三人のメイドたちにも優しく声をかけた。


 そのうちの一人は、プリシラのお側付きをしているエララというメイドで、プリシラと会うときはいつも側に控えているので、ガブリエラとも顔見知りだ。彼女は朗らかな性格で、今もにこにこしながらプリシラの後ろに付き従っている。



 彼女の事はいい。それよりも残りの二人が問題だ。もう一人のメイドはメアリ、数年前までガブリエラのお側付きをしていたのだが、先代侯爵が亡くなった時に他のガブリエラ付きのメイドたちと合わせて解雇された。それでガブリエラが、プリシラのマール侯爵家に頼みこんで雇ってもらったのだった。


「メアリ、本当に久しぶりね、元気そうで安心したわ。」

「お嬢様もお変わりなくて。」


 ガブリエラはお茶会などでマール侯爵邸を訪問する機会は今までに何度もあった。しかしマール侯爵夫人への遠慮というか、すでに主人を変えているのに旧主人に仕えるような行動は慎まなくてはならなかったので、こうして近くで顔を合わせるのは本当に久しぶりのことだった。


 そんなメアリがここに現れた、その意味はガブリエラにもすぐに理解できた。プリシラに抗議の声を上げようとしたガブリエラだったが、プリシラは笑いながらそれを(さえぎ)った。


「お母さまがね、メアリたちはガブリエラから借りたのだから、この機会にお返ししなければならないって言うのよ。いえ、邪魔だってわけではなくて、彼女たちはすごく働き者で、とても助かっているのよ? でもお返ししないのは筋が通らないってとても頑固なの。我が家からの結婚祝いだと思って受け取って欲しいわ。」


 抗議する前に制されてしまっては、ガブリエラには何も言えない。それに今のリンシー公爵家の状況を考えれば、信頼できるメイドに来てもらえるのはとても助かる。


「恥ずかしい話なのだけれど、リンシー公爵家はかなりやっかいな状況なの。来てもらえると有難いけれど、安定した職場とはとても言えないのよ。」

「あら、何かあれば、またマール侯爵家で預かるから何も問題ないわよ。」

「プリシラ、本当にありがとう。夫人にもお礼状を書かないとね。メアリ、またよろしくね。」

「はい、お嬢様。」


 メアリは嬉しそうにお辞儀をして、プリシラの側から離れると、そのままガブリエラの後ろに移動した。


 メアリ以外のメイドたちは、プリシラが戻った後にこちらに移動してくることになっているそうだ。彼女たちをこのままガブリエラの自己資金で雇ってもいいのだけれど、公爵家の資金で雇うのが本来の形である。どちらになるにしても、公爵家に話は通っていなければならない。


 ガブリエラはお茶の用意をして、そのままそこに控えている公爵家のメイドに、執事のギャリソンをここに呼ぶように命じた。



 さて、三人目のメイド、彼女はメアリ以上に問題の女性だった。


「それで、レダ、あなたがプリシラと一緒にやって来たということは、何か問題があったのね。話してちょうだい。」


 彼女の名前はレダ、本来の身分はメイドではなく、ガブリエラが代表を務める商会の従業員だ。ガブリエラは公爵邸に移動するときに、商会には問題が発生したらマール侯爵家を頼るように、そしてマール侯爵家には彼らへの支援を手紙でお願いしてあった。


「はい、プリシラ様のご婚礼に合わせた新作のデザインについて、お嬢様とお打ち合わせが必要だったので、先日こちらに訪問させていただきました。ですが、公爵家にご面会を門前でお断りされてしまいまして、それでプリシラ様にご同行をお願いした次第でございます。」

「あら、私は何の話も聞いていないわよ?」

「それではと、お手紙をお渡しするようお願いしたのですが、ご覧いただけていないのでしょうか?」

「それも初耳ね。」


 その時ちょうど執事のギャリソンが入室してきたので、ガブリエラは彼にも事情を聴いてみる。


「訪ねて来たものを黙って追い返したり、手紙を着服したりするのが、リンシー公爵家の家風なのかしら?」

「いえ、決してそのようなことは御座いません……。」


 一体何の用かと思ってやって来たところに、ガブリエラからの突然の詰問である。ギャリソンは目を白黒させながらも、なんとか返答した。


「そのような使用人がいた場合、どのような処分をするのが公爵家のやり方なの?」

「……減給や降格、酷い場合は解雇ということになります。」

「ならばこの後、しっかり調査して、犯人を私の前に連れてきてくださるかしら?」

「はい、仰せのままに。」

「ああ、まだ下がらなくて結構よ。この後ももっと興味深い話がいっぱい聞けると思うから。」


 一体ここでは何が話し合われるのだろうか。ギャリソンはそれを考えて、背筋が凍る思いがしていた。



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