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能面令嬢の結婚  作者: 大沙かんな


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06.公爵邸の庭

 ガブリエラがリンシー公爵邸に到着してから五日ほど過ぎた。


 この間、ガブリエラは部屋の中でただただレース編みをして過ごしていたのだが、メイドのリンダと確認したはずの衣裳部屋の整理も、古くなった化粧品の処分も、何も行われずにそのまま放置されていた。


 忙しすぎて忘れているだけということもあるので、鏡台の中に仕舞われていた古い化粧品の瓶を、廃棄品というメモ書きをつけて部屋の隅に並べてみたが、それが片付けられる気配は一向に無かった。


 ガブリエラが自分で運ぶためにゴミ捨て場の場所を聞いても、それは自分たちの仕事だと言って教えてくれようともしない。それでいて、不用品が部屋にそのまま放置されているのだから、何とも(たち)が悪い。


 これはつまり、メイドたちはガブリエラのために働く気はないということだ。それはただの勘違いだったかも知れないが、ガブリエラはそう判断した。人手が足りないということもあるだろうが、それならそう答えれば良いし、新しく人を雇えば良いだけの話なのだ。


 この広大な続き部屋を使うと決めたのはガブリエラではない。その分の仕事が回せるように人員を配置するのは、この続き部屋を使うと決めた公爵の責任、そしてその責任を分担して、使用人たちに割り振って実行させるのが執事やメイド長の仕事である。


 適正な数の使用人を雇えないのであれば、この続き部屋を閉鎖したままにするという選択肢だってある。それをしなかったのは彼らの責任であって、ガブリエラの問題ではない。この広い続き部屋を管理しきれないのであれば、最初にあてがったあの小さな部屋をそのままガブリエラの部屋にしておけばそれで良かったのだ。



 ガブリエラは廃棄予定の化粧品の瓶を一本手に取ると、階段を下りて屋敷の裏口から庭に出た。ゴミ捨て場が見つかればそこに捨てればいいだろう。


 丁度良いことに、休憩中の庭師風の男がいたので、ゴミ捨て場の場所を聞いてみることにした。


「休憩中のところを御免なさい、こういった不要な瓶がたくさんあって捨てたいのだけれど、どこに出せばいいのかしら?」

「ああ、お客人のお嬢さんだね、それなら裏口の脇にでもまとめておいてもらえりゃぁ、俺っちが捨てておきまさぁ。」

「いや、それは悪いわ。場所を教えてもらえれば自分で運ぶわよ。」


 この庭師に頼んでしまっても良かったのだが、なんとなくそのまま放置されそうな気がしたので、ガブリエラは自分で処理することにしたのだ。


「変わったお嬢さんだねぇ。」


 そう言うと、庭師の男は立ち上がってゴミ処理の場所へと案内してくれた。


「木箱にまとめて、この納屋に入れときゃあ、定期的に商人が引き取ってくれまさぁ。」

「そうなのね、ありがとう、助かったわ。」


 おおよそは実家の侯爵家と同じ手順のようだ。納屋の中には木箱や樽が整理されて並んでいる。ゴミと呼んでいるが、捨ててしまうわけではない。これらは商人によって買い取られ、再利用されるのだ。



 ガブリエラは納屋と部屋とを往復して、隅にまとめてあった廃棄予定の化粧瓶を全部木箱の中に放り込むと、仕事に戻っていた庭師のところに礼を言うために立ち寄った。


「ありがとう、おかげで綺麗に片付いたわ。」

「大したことはしてねえですぜ。」


 そうだ、ついでにこの庭はどういう意匠なのかを聞いておこう。


「そういえば、ここのお庭って同じような木が間を空けて植えられているようなのだけれど、何か特別な意味があるのかしら?」

「特別な意味? ああ、間が空いてなけりゃあ、手入れするにも面倒だから、ですかねぇ。」

「見映えではなくて、作業の都合なの? お庭にしては変わった趣向ね。」

「見た目は気にせんでええ、と言われとるで。」


 庭師の返答にガブリエラは驚いた。見た目の悪い庭だとは思っていたが、まさか見た目を気にしていないとは思ってもみなかったのだ。


 そんな景観の良くない庭ではあったが、花が咲いているわけでもないのに、大きな綺麗な蝶々が飛び交っていて、少しだけ目を楽しませてくれる。


「あれはアゲハ蝶ね。」


 ガブリエラがひらひらと飛ぶ蝶々を目で追いかけていると、庭師は素早くそれを捕まえ、握りつぶして捨ててしまった。ガブリエラには二度目のびっくりである。


「こいつは木の葉を食っちまうから、駆除せにゃならんのでさあ。」

「蝶々が木の葉を? 私、蝶々は花の蜜を吸うものだとばかり思っていたわ。」

「ああ、蝶になるまえの幼虫の話でして。こいつの子供の芋虫は、蜜柑の葉を食いつくす厄介者なんでさあ。」

「まあ、芋虫が蝶々に変身するのね。」


 それなら蝶々ではなく芋虫をつぶせば良いようなものだけれど、庭師によれば話はそう単純でもないらしい。蝶々は放っておくと何百と卵を産んで、それが孵ると大量の芋虫が湧くことになるのだとか。


 蝶々は飛んで逃げるし、わざわざ追いかけまわすようなことはしない。とはいえ目の前にいれば捕まえるし、捕まえたら潰す必要があるのだ。


「せっかくとっても綺麗なのに、なんだか上手くいかないものなのね。」

「白いのとか黄色いのとか、違う蝶なら問題ないですがねぇ。こいつは駄目で。」


 蝶々にも色々種類があって、種類ごとに食べる葉っぱが違うのだそうだ。アゲハ蝶は蜜柑の葉っぱが大好物で、それ以外の葉っぱは食べないのだとか。この庭に植えられている木はほとんどが蜜柑なので、アゲハ蝶にとっては楽園なのだ。


 庭師によれば、もう少しすれば蜜柑の木々はつぼみをつけて花を咲かせるようになるそうだ。そうなると今より沢山のアゲハ蝶がやって来て、花の蜜を吸っては産卵する。そうして色とりどりの蝶々が乱舞する様は、かなりの見物らしい。


「俺っちにとっちゃ、ただ面倒なだけだがねえ。」


 そう言って笑っている庭師に、ガブリエラは再度お礼を告げて自室に戻っていった。



 それからというもの、ガブリエラはレース編みだけではなく、部屋の掃除というか、ゴミの分別というか、遺品の整理整頓を少しづつ進めていくようになった。おかげで大量に残されていた衣服や帽子、靴などの状態の確認や、廃棄品の処理はほぼ終了することが出来ていた。


 遺品の整理をしていて驚いたのは、本格的なレース()りの道具一式、そして刺繍の道具一式が、大量の糸と一緒に出てきたことだ。どちらも作りかけの作品と一緒に出てきたのだが、その出来を見ると、道具を揃えてみたけどすぐ辞めた、と言うことが良くわかった。


 ガブリエラはレース編みを(たしな)んでいるが、レース織りはそれとはまったく違う。言うならば本物のレース、それがレース織りだ。残念ながらこの国ではレースは織られておらず、外国からの輸入に頼っている。そのため、レースは非常に高価なものになっていた。


 レース編みは、そんなレース織りに似たような模様を編んで、レースのように見えるようにした趣味の編み物だ。貴族社会の評価基準では、レース織りとレース編みとでは、カニとカニカマぐらいの違いがあるのだ。


 整理が済めば、次は掃除である。暇を持て余した人間というものは恐ろしい。最初は必要に迫られて、ちょっとした片づけを始めただけだったはずなのに、始めてみるとあれもこれも、気になるところがどんどん増えていって、最終的には部屋中すべてを大掃除するに至ってしまった。


 もちろん掃除など公爵夫人や侯爵令嬢が行うようなことではなかったし、メイドたちからも、「自分たちの仕事だからやめて欲しい」と止められたのだが、ガブリエラは止まることはなかった。


 人手が足りないのか何なのかは知らないが、放っておいても片付くことはない。誰かがやるしかないのだが、ガブリエラはまだ正式な女主人ではないので、メイドたちに命令するわけにはいかない。ならば自分でやるしかないではないか。



 これはメイドたちからすればたまったものではなかった。上級のメイドは、洗濯はもちろん、掃除にしたって高所の拭き掃除などは行わない。それは下級メイドの仕事なのだ。


 それなのに侯爵令嬢、しかも近い将来には公爵夫人になって自分たちの主人になるような女性が、率先して自室の掃除をしているのだ。自分たちの仕事ではないと思っても、近くにいれば手伝わないわけにはいかない。


 日が経つにつれて、メイドたちはだんだんガブリエラの部屋には近づかなくなっていったし、ガブリエラもそんなメイドたちを呼ぶことが無くなっていった。


 メイドたちはガブリエラのことを「まるで庶民」と陰口を叩くようになったし、ガブリエラもまた公爵家全体を「掃除もろくに出来ないエセ貴族」とみなすようになっていった。


 ガブリエラがもう少し表情豊かであれば違ったかもしれない。しかし彼女は良きにつけ悪きにつけ、表情を面に出さない性質だった。彼女が率先して掃除をしていたのは、元はと言えばメイドたちのことを(おもんばか)ってのことだったかも知れないが、そんなことはメイドたちには全く伝わらない。日に日にガブリエラの評判が下がっていったのは仕方のないことだっただろう。



 メイド長が、そして執事が、メイドたちからの苦情を元に、ガブリエラに掃除を止めるように申し入れしてきたが、それでもガブリエラは止まらなかった。


「なんとしても止めていただくわけには参りませんか?」

「そうね。この部屋を使えと言われれば綺麗にするしかありませんし、そのためには人手が足りないのでしょう? ならば自分で掃除するしか無いのではなくて?」

「だからといって、ご令嬢自ら掃除をなさるのは、認められるものではありませぬぞ?」

「そういうならば、人をよこしなさいな。出来ないならば口を慎みなさい。それとも、この屋敷から出ていけば良いのかしら?」


 ガブリエラは執事のギャリソンを前にしても、一歩も引かなかった。彼女からすれば、引く理由は何もない。文句を言う前に手を動かせ、ただそれだけのことだ。


 ギャリソンからすれば、ガブリエラがまさかたった一人でこの屋敷にやって来るとは想定していなかった。貴族の輿入れならば、通常は身の回りの世話をするお気に入りの上級メイドが一緒にやって来るものだからだ。


 しかしギャリソンの考えもまた、どこかズレていたと言ってもいい。たとえガブリエラがメイドを連れてやって来ていたとしても、連れてくるのは上級メイド、いわゆる侍女と言われる者たちだったはずだ。


 そんな者たちが毎日のこまめな掃除ならともかく、天井から含めた大掃除を率先して行うはずがないのである。これは完全に公爵家の準備不足というものだった。ならば公爵家が全て悪いかと言えば、そうだとは言い切れない。元はと言えば、ガブリエラを(めと)れという、突然の王命によるものなのだから。



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