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能面令嬢の結婚  作者: 大沙かんな


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5/21

05.前の女主人

 執事のギャリソンと別れたガブリエラは、先ほどのメイドに目覚めた時とは別の部屋へと案内された。


 そこは先ほどの部屋とは広さも、そして家具調度もまったく次元が違うほど、高級感に溢れていた。これだけの物を婚姻が決まってから準備したとは思えない。おそらく元はこの屋敷の女主人が暮らしていた部屋だったのだろう。


 だとすると、ここは先代国王の後妻、リンシー公爵の母君の部屋だ。そう考えればガブリエラにも納得がいく。


「確かあなたはリンダだったかしら? 私がこのお部屋を使っても大丈夫なの?」

「はい。ここは当屋敷の女主人のためのお部屋ですので、旦那様からもこのお部屋をお使いいただくようにと承っております。」

「そうなのね、それなら有難く使わせていただくわ。」


 先ほどの部屋でも場違い感があったが、ここまでの部屋となると、身に着けている衣服との間の違和感が半端じゃない。もしもこの部屋に自分の古びた旅行鞄を放置していたとすれば、ゴミと間違われて捨てられてしまうかも知れない。そう信じてしまいそうになるぐらいにはグレードが違っていた。


 長らく使われていなかったからだろう、少々掃除が行き届いていない感じが残っている。それだけが少し残念だった。


「続き部屋になっているのね。ここは居間で、だとするとあちら寝室なのかしら。」

「いえ、そちらは衣裳部屋で、寝室はこちらでございます。」

「あら、衣裳部屋まであるのね。」


 その部屋の中にはカバーが掛けられた大量の衣装が並んでいる。壁際の棚に並んでいる箱には帽子や靴が入っているのだろうか。そのあまりの量に、侯爵令嬢であるガブリエラでさえ眩暈がしそうになる。そしてそんな衣裳部屋の隅には、ガブリエラの古ぼけた外套がちょこんと掛けてあった。


 ガブリエラは沢山並んだ衣服の中から端の方にあった一着を手に取ると、自分の体に合わせてみた。ガブリエラが小柄だったこともあり、その服のサイズはかなり大きくて、彼女の体にはまったく合っていない。


「かなり大柄な方だったのね。サイズが合うようならお借りしようと思ったのだけれど、これでは完全に仕立て直しが必要だわ。」

「仕立屋を呼ばねばなりませんね。」


 公爵との顔合わせの前に身なりを整えて欲しいというのが、執事ギャリソンの要求だった。おそらくここの服を手直しすればよい、という思惑だったのだろうが、大いに当てが外れた格好になるのだろう。



 祖母のドレスの手直しは、ガブリエラが自分自身の手で行っていたので、裁縫にはそれなりに自信がある、しかし、仕立て直し、つまり縫い糸を全部ほどいて縫いなおすとなると、さすがに彼女の手には負えない。


 それにちょっとした調整ではなく仕立て直しとなると、もう二度と元には戻せない。つまり借りるなんて話では済まなくなってしまう。ガブリエラの勝手な判断でそんなことをするわけにはいかないだろう。


「仕立て直しはさすがに問題になるのではなくて?」

「何も気になさる必要はございません。旦那様からは、ここにあるものは衣服だけでなく、宝飾品や家具調度まで含めて、お嬢様のお好きになさって結構だとのお言葉をいただいております。」


 仕立て直しなど、頼んですぐに出来るものではない。今の季節は春だが、仕上がる頃には夏、そしてすぐに秋がやってくるはずだ。それにどれぐらいの頻度でどのような外出があるのか。お茶会と夜会ではドレスコードは異なるし、季節ごとに必要な物は違ってくる。


 それだけではない。これだけ大量の衣服の中から良い物を選び出す、それだけで何日かかるかわからない重労働だ。ガブリエラはもう始める前からうんざりしていた。


「そうね、そういうことなら何をどうするのかは任せるわ。」

「はい、かしこまりました。」



 ドレスのことをメイドのリンダに丸投げすると、話は宝石や貴金属に移った。実際に見せて貰うと、少し落ち着いたデザインの普段使いできそうな物から、大きな石があしらわれた特別な物まで、質も量も十分に揃っていた。


 その中には特に高価そうな、本当に王宮から持ち出してきても良かったのかと疑うような物が、二つほど混じっているが、何かよっぽどのことが無い限り身に着けることは無いだろうし、見なかったことにしておこう。


 また、大きなガラス玉を使った下品な模造品も、その中には含まれていた。劇か何かで使った小物を、記念に取っておいたのかも知れない。高価な二つとは逆の意味で身に着けることは無いだろうが、これも見なかったことにして、そのままにしておく。


 きらきら輝く宝飾品の山から、指輪をいくつか手に取って試してみる。衣服と同じようにガブリエラには少しぶかぶかで、調整が必要だった。しっかりした装飾が入った物が多いので、傷めずに縮めるのは難しいかも知れない。とはいえシンプルなデザインの物もいくつかあるので、無理はしなくても何とかなりそうだ。


 ドレスや宝石類は良かったが、中にはどうしようもないものもあった。化粧品の類などは痛んでいたり、乾いてしまっていたりするし、刷毛やパフなども固まっていて、残念かも知れないけれど、もう捨てるしかない。


「これは処分するしか無さそうね。」

「確かに、少し年月が経ちすぎています。処分いたしましょう。」


 しかし何でもかんでもそのまま残しすぎだ。手紙の束なんかもそのまま残っているが、そんな処理のややこしい物は他人に任せず、先に始末しておいて欲しかった。


 おそらく何かの思い出の品だろう、良くわからない物もしっかりそのまま残されている。故人と何の面識もないガブリエラにはただのゴミにしか見えないが、捨てたら捨てたで陰で文句を言われそうだ。


「この一角にはずっと鍵がかかっていて、いくら片づけたくても、私たちもずっと入れなかったのですよ。」

「あら、そうなの?」

「はい。十日ほど前でしょうか、このたびのお輿入れが決まったとかで、急遽大掃除をすることになりまして、まだ色々と行き届いていない部分が残っているのは、大変申し訳ない事です。」


 そうか、十日も前から婚約破棄は決まっていたのか。それをあの阿呆どもは、わざわざ園遊会に合わせて申し入れしてきたということか。まったく舐めたことをしてくれるものだ。


「あの、お嬢様、どうかされましたか?」

「いえ、そういう事情なら仕方のないことですね。」


 目の前のリンダも含めて、メイドたちが悪いわけではない。不安にさせる必要はないので、ガブリエラは使用人には問題がないことを明言しておく。


 どちらにしてもゴミはゴミだ。今は時間も無いのでそのまま置いておくが、年末にでもまとめて捨ててしまおう、ガブリエラはそう心に決めた。



 部屋や家具、装飾品などをいろいろ確認していただけで、それほど何かに熱中していたというわけではないのに、気づいたらもう夕方になっていた。


「そろそろ夕食の時間になりますが、食事はここに運ばせましょうか?」

「そうね、その方が助かるわ。」


 今はまだ公爵本人との顔合わせを控えておく必要がある。ガブリエラ自身は食堂でも一向に構わないのだが、そうすると公爵とは時間をずらさなければならなくなるし、使用人の負担も増えることになるだろう。


 たかがそれぐらいのことが負担になるはずがない、そう思うかも知れないが、どうもこの屋敷は、公爵邸にしては使用人の数がかなり少ないことに、ガブリエラは気づいていた。屋敷自体が大きいこともあるが、あまり動いている人の気配を感じないのである。


 今いるこの続き部屋の掃除にしてもそうだ。ずっと鍵がかかっていたのだから、それなりに埃も溜まっていただろう。しかし普通の上級貴族の屋敷ならば、この程度の部屋数を、十日もかけて片づけられないはずがない。つまり急に発生した仕事だったから、あまり人数がかけられなかったということだ。それだけ人員に余力がないのだ。


 公爵の母君が亡くなった後のこの屋敷には、公爵以外の貴族がいなかった。だから使用人が少なくとも問題なく回っていた。使用人たちからすれば、そこにガブリエラが闖入してきたことになる。貴族が一人増えただけだが、人数が突然二倍に増えたとも言えるわけだ。仕事が追いつかなくなるのも不思議ではない。


 おそらく何人か追加で雇うべきなのだろうが、今のガブリエラは、そんな提案をするには微妙な立場にある。将来的には公爵夫人になるのだろうが、今はまだ公爵との対面すら許されていない、客人と呼ぶにも足りない微妙な立場だ。


 もちろんお客様の立場では、掃除などの仕事を手伝うわけにもいかない。ガブリエラにとって、かなりイライラすることだったが、今すぐに出来ることは、仕事をなるべく増やさないようにすることぐらいしかない。



 メイドのリンダが下がり、ガブリエラには特に何もやることがなくなったので、カーテンを開けてバルコニーに出てみることにした。間取りからすれば、ここから邸宅の裏側に広がる庭園が良く見えるはずだ。


 そう思い、見下ろそうとしたガブリエラの視界には、想像していたのとは全く違う風景が映った。濃い緑色の葉を茂らせた、バルコニーと同じぐらいの高さの木が、庭一面に点々と等間隔で並んでいるのだ。


「何の木なのかしら、かなり風変りなお庭ね。」


 少し距離があるのでわからないが、どうも全部が同じ種類の木か、似たような木で統一されているような気がする。どれもまだつぼみもつけていない、ただ緑の葉が青々と茂っているだけだ。


 これが一斉に花を咲かせたら、素晴らしい光景になるのだろうか。その姿を想像してみたが、とてもそうだとは思えない。


 この奇妙な庭からすると、公爵は庭園には興味がないとしか、ガブリエラには考えられなかった。



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