04.能面令嬢と執事
ガブリエラが通された応接間には、既に一人の男が待機していた。
「はじめまして、お嬢様。私は当リンシー公爵家の執事、ギャリソンと申します。」
「これはご丁寧な挨拶を。私はアーカンデ侯爵長女、ガブリエラです。この度はお助けいただき、ありがとうございました。」
執事のギャリソンと名乗った男性が丁寧に腰を折ったのに合わせて、ガブリエラも挨拶を返す。
ギャリソンは見るからに執事と言うような風貌の初老の男で、顔はかなり整っており、細身ではあるががっしりとした体格の持ち主だった。ただ、笑顔を浮かべてはいるものの、目はまったく笑っていない。
ギャリソンはガブリエラに椅子をすすめ、そのあと自分も腰を下ろす。そして運ばれてきたお茶を毒見のように口にしてから、ガブリエラにも勧めた。
「遠まわしにお話するようなことではございませんので、単刀直入にお聞きいたします。ガブリエラ様が当屋敷にいらっしゃったのは、両家の婚姻のためと考えて間違いないでしょうか?」
「ええ、それで間違いございません。ここに父のアーカンデ侯爵からの手紙がございます。」
ガブリエラは父の侯爵からのリンシー公爵にあてた手紙をテーブルの上に置き、それをそっとギャリソンの方に差し出した。ギャリソンはそれを受け取ると、表書きと封蝋の印章を確認して、軽く頷いた。
紋章はアーカンデ侯爵家のもので間違いない。ギャリソンはこの手紙のことをあらかじめ知らされていた。息倒れの娘の身元を調べるために、彼女の鞄の中身は確認済みだったからだ。
「この手紙は旦那様に後程お渡しするとして、ガブリエラ様にはいくつか伺っておきたいことがございます。」
「ええ、何なりと。答えられることであれば喜んで。」
「それでは失礼して。なぜあのような所で倒れておられたのか、その辺りの事情からご説明いただけませんか?」
ガブリエラは素直にただ実際にあったこと、つまり、昨日の園遊会で王子から婚約破棄され、その日のうちに荷馬車に積まれて公爵邸に向かい、そして早朝に門の前で捨てられたことまでを、ありのまま語った。
「もう少し、詳しくお聞かせ願えないでしょうか?」
「そうおっしゃられましても、それ以上のことは特にはありませんので、なんとも。」
これは貴族の輿入れなのだ。荷馬車で即日、門の前に運んで終わりなど、どう考えても異常だし、もちろんギャリソンはそんな事例を聞いたことなどない。執事という立場からすれば、このまま公爵に取り次ぐことは出来なかった。
とはいえ、ガブリエラもそれ以上は話せることが何もない。確かにガブリエラは掻いつまんで語ったが、たとえ詳細に語ったのだとしても、中身はほとんど変わらないのだ。事情と言われて、いろいろ想像できることがあるにはある。しかし大したことは知らされていないのだから、憶測だけで語るわけにもいかない。
このままでは埒が明かない。ギャリソンは疑問点について、もう少し突っ込んで質問してみることにした。
「ガブリエラ様、普段着のまま出てこられたとおっしゃいましたが、そのようなお召し物が趣味なのでしょうか?」
「特に趣味というわけではございませんが、裸でいるわけにもいかないでしょう?」
裸? なぜそこで裸が出てくるのか? ギャリソンは彼女の平民のような、しかも継ぎまで当ててある服装に、もう一度視線を送った。特に特別なことなど何もない。本当にただの粗末な衣服だ。
これが趣味ではないのならば、普通の衣服を纏えば良いだけのことだ。アーカンデ侯爵が資金繰りに困っているという話は聞いたことがないが、実は娘に着せるものにさえ困るほどに、内情は良くないのだろうか。
それに前婚約者のこともある。普通は男性から婚約者の女性に対して、ドレスや装飾品などを贈るものだ。第二王子殿下なら、そのための予算も潤沢だっただろう。
新しい婚家に遠慮してそれらを身に着けないというのは理解できるが、だからといってこの服装では余計に失礼に当たるのではないだろうか。それとも元々第二王子殿下からは何も贈られていなかったのだろうか。そうだとしたらとても紳士とは思えない振る舞いだ。
ガブリエラがカップを手に取り、それに口をつける。その所作は上級貴族の令嬢として非常に洗練されたものだ。それと比べると、その衣装はなんとちぐはぐなことなのだろう。
彼女を見つけた者たちから最初に話を聞いた時、ギャリソンはこのガブリエラ嬢は偽物ではないかと疑ったのだが、こうして実際に会ってみるととても偽物とは思えない。つまり本物の侯爵令嬢がわざわざ粗末な服を身に纏って、荷馬車に乗ってこの公爵家を訪ねてきたということになる。
リンシー公爵家を馬鹿にするために、わざと粗末な服装をしているのかとも考えたが、それにしてはこの衣服を着慣れている印象だ。この令嬢の言う通り、普段からこの衣服で生活しているのだろう。派手に着飾ることのない質素な令嬢だとの噂は聞いていたが、まさかここまでとは思わなかった。
本物のガブリエラ嬢ならば、奥方のために用意しておいた部屋に通すべきだろう。しかしこの服装のままでは、公爵の前に通すわけにはいかない。
ギャリソンはガブリエラに断りを入れ、控えていたメイドに部屋への案内を言いつけると、自分はリンシー公爵に手紙を手渡すために、公爵の執務室へと足を運んだ。
リンシー公爵は、執事のギャリソンから手紙を受け取ると、ペーパーナイフで丁寧に開封し、その内容をゆっくり確認する。そして中身を封筒ごとギャリソンに自分でも読むようにと差し出した。
「アーカンデ侯爵からの手紙には、娘をよろしく頼む、と書いてあるな。」
「そのようでございますね。」
ギャリソンは戻ってきた手紙に素早く目を通してそう答える。
手紙の内容には何もおかしなところは見当たらない。もちろんリンシー公爵家を馬鹿にしたようなところは全くない。嫁ぐ娘に持たせた手紙としては、極々ありふれた物だとしか言いようがない。
「で、ギャリソン、お前の目では、令嬢は本物だったのか?」
「はい。服装といい、荷馬車といい、供がいなかったことといい、尋常とは思えませんが、私の見る限りでは、本物のご令嬢と考えて間違いございません。」
「本物の令嬢を、荷馬車に積んで我が家の門の前にそのまま放り出した、そういうことか……。」
「はい。あまりに奇怪なことで、なぜそのようなことになったのかは判断できません。」
この結婚は王命である。お互い気に入らないことがあるからといって、取りやめることは出来ない。結婚したくない相手だからと、わざと嫌われるようなことをしても、破談になることは無いのだ。
「アーカンデ侯爵家で虐待を受けていた可能性があるな。」
「まさか! 第二王子殿下のご婚約者だったのでございますよ? それが虐待など……」
公爵に指摘され、反射的に否定したギャリソンだったが、考えてみれば確かにその可能性があることに気がついた。
「どういたしましょうか。」
「そうだな、人をやってアーカンデ侯爵家の内情を調べさせろ。」
「かしこまりました。」
「頼んだぞ、ギャリソン。あとは、そうだな、宝石商と仕立屋を呼べ。」
「はい、靴屋や帽子屋も必要でしょう。すぐに使いの者を出します。」
リンシー公爵家は今の公爵が初代なので、先祖代々伝わっているような宝飾品などはないが、それでも亡くなった母が残した物がある。そういった物のうち、気に入った物を手直ししてもいいし、新しい物を購入してもいい。公爵家はその程度には裕福であったし、王家からも潤沢な支度金が下りているのだ。
「さすがに母のドレスを仕立て直せとは言わん。新しい物を用意させるように。」
「亡きイライザ様の物は、お気に召しませんか?」
「いや、俺は構わないが、若い娘に古着では酷かと思ってな。もしもそうしたいと本人が望むならば、好きにさせるが良い。」
「はい、かしこまりました。それでは私はこれにて失礼いたします。」
最近では皆贅沢になって、新しく仕立てることが多いのは間違いないが、母の服を少々手直して着るのは、この時代のこの国では、そんなにおかしなことではない。
さすがに以前のガブリエラのように、祖母の物を身に纏うのは珍しいことではあったが、それでもぎりぎり受け入れられていたのは、そういう事情によるものだ。
ただ、今の公爵にとっては、贅沢だとかどうとか、そんなことはまったくどうでもいいことだった。ただ、古い物を直すだけならそれほど時間はかからないが、新しく仕立てれば数ヶ月は必要になる、その期間が必要だっただけなのだ。
どの道その令嬢とは、あと半年ほどは対面する気はない。それなら装飾品やドレスを用意するという、誰にでも分かりやすく納得しやすい理由があった方が良い。
「王命での結婚など、まったく面倒なことになったものだ。」
公爵は一人つぶやくと、部屋の隅に飾られている小さな橙の木に近寄り、葉っぱを一枚ちぎり取って口に含む。そしてその苦くて青臭い味に顔をしかめた。




