19.強行突入
王都での仕事をすべてこなしたガブリエラは、早朝の日の出前に王都を出発した。来た時と同じく馬車は二台だったが、先行していたメイド二名とミッティが増えているので、ガブリエラの馬車はほぼ満員の状態だった。
また一行には馬車以外に、騎馬の護衛が四騎ついている。ワスプ商会の護衛を借り受けてきたのだ。商会自体がガブリエラの物なので、言ってみれば彼らはガブリエラの私兵のような存在だ。
行きと同じく職人の馬車は遅れることになったが、ガブリエラの馬車と護衛たちはお昼過ぎにはリンシー公爵邸に戻ってきた。
ガブリエラの予定より早い帰宅に、メイド長のメーガンだけでなく執事のギャリソンもびっくりしたようで、急ぐように玄関まで迎えに出てきた。
「ガブリエラ様、えらくお早いお戻りですが、王都で何か問題がございましたか?」
「ええ、大ありだったわ。これからすぐ公爵と面談します。ギャリソン、命令です。案内しなさい。」
「あの、ガブリエラ様、それはいったいどういった理由でございましょうか?」
「執事が気にするような事ではありません! いいわ、案内出来ないのなら、そこで控えていなさいな。」
ガブリエラは護衛の方に頷いて見せると、執事の事は無視して、そのまま護衛を引き連れて屋敷の中に入ろうとする。
「お待ちください、ガブリエラ様。執事の態度には私も思うところがございますが、だからと言ってあまりにご無体なことをなさるのはいかがなものかと思われます。」
「メーガン、あなたも止め立てするの? でも無駄よ。」
「いいえ、止め立てなどめっそうもございません。ただ理由をおっしゃっていただければ、執事も納得するものと愚考いたします。」
「そうね。それじゃあギャリソン、納得いく理由であれば、あなたが率先して案内する。それでいいわね?」
ガブリエラにそこまで言われてしまっては、ギャリソンもそれ以上の抵抗はできない。いや、抵抗できるにはできるが、そうすれば力づくで押し通られるだけなのだ。
力なく同意するギャリソンを横目に、ガブリエラは王都で拾った公爵家のメイド、ミッティに前に出てくるように命じた。
「ギャリソン、貴方、この娘に見覚えはあるかしら?」
「はい、ここしばらくは見かけませんでしたが、当家のメイドの一人でございます。」
「そう、間違いないのね。この娘は王都で路頭に迷い、浮浪者に落ちる寸前のところを保護しました。思い当たることはない?」
「いえ、私には特には……」
「では、半年ほど前、私の素行を調査するために、アーカンデ侯爵家に人を送りこんだことは知っていますか?」
「あ、それは……」
今まで完全に頭の中から消えていたのだが、公爵から調査を命令されたことをギャリソンは思い出した。
「この娘がどうして王都を彷徨っていたのか、あなたには想像できますか?」
「い、いえ、申し訳ございませんが、わかりません。」
ガブリエラは一つため息をつくと、ミッティが公爵の命令でアーカンデ侯爵家内部の調査に赴いたこと、そしてその命令を果たせず、預り金どころか自分のお金まで使い果たして路頭に迷っていたことを説明する。
「なんという、むごい……」
そのあまりに無責任な話に、メーガンも顔をしかめている。
「ギャリソン、あなたはその公爵命令について、何か知っていますか?」
「……はい、それは旦那様から私がお受けして、前のメイド長マチルダに託したものでございます。」
「どんな命令だったのか、できるだけ全部を思い出して話しなさい。」
「それは……、確か、アーカンデ侯爵家の内情を調べるように、と。
「それだけですか?」
「はい、それだけです。」
記憶があいまいになっているが、ガブリエラが虐待されていたかどうかを調べる、そういう話だったが、ギャリソンは口に出さなかった。
「そう……。メーガン、もしも貴女がそんな命令を受けたら、どう対処しますか?」
「私ですか、そのままではお受けできかねる、と申し上げますね。」
「それはどうして?」
「当主同士の話し合いでメイドを何人かお預けする、というのならわかりますが、そうでなければどうやって、一介のメイドが侯爵家の内部のことを調べられるというのでしょうか。」
「その通りよ、メーガン。」
貴族だから、主人だからと言って、そんな実現不可能な、どうすれば実現できるのかわからないような、ただ我儘をまき散らすだけの命令をしてはいけない。それが貴族たるものの義務のうちの一つと言ってもいい。
どうしてもそういう命令をするのであれば、「一ヶ月たったら帰って来い」などのように、しっかり制限を設けておかないと、今回のように使用人たちが路頭に迷うことになってしまう。
これは軽い気持ちで自覚もなく、死んで来いと命令するようなものだ。ミッティは無事に保護できたから良かったものの、そうでなければ一体どうなっていたか。
「確かに。これは旦那様としっかりお話合いをする必要がございますね。」
メーガンが公爵との面談が必要なことに賛同した。
「ギャリソン、貴方は納得できましたか?」
「し、しかし……」
「出来ないと言うのなら貴方に命じます。一ヶ月分の生活費を支給しますから、アーカンデ侯爵家の内部を調査して報告しなさい。できるまで帰還は許しません。わかりましたね?」
「そ、それは……」
これはもう、一ヶ月分の生活費を退職金にして解雇する、そういう宣言に等しい。もしくは命令を守り、それを果たせぬまま死ぬか。どちらかしか道は無い。
「……納得いたしました。旦那様のお部屋にご案内いたします。」
ガブリエラはもう遠慮などしない。命を懸ける覚悟が無ければ止めることはできないのだ。
ガブリエラは護衛のうちの一人を公爵私室につながるバルコニーの下に配置し、残りの護衛とメーガンたちメイドを引き連れて、ギャリソンの先導の元に公爵私室へと向かった。
一行が重厚な扉の前に辿り着くと、先頭のギャリソンがそれを丁寧にノックする。
「旦那様、ギャリソンでございます。至急の要件がございましてお伺いいたしました。」
扉の中からは何の反応もない。ガブリエラの射抜くような鋭い視線に、ギャリソンは俯いて首を横に振った。
「わかったわ、どきなさい。」
ガブリエラはギャリソンを押しのけて交代し、扉の前に立った。
「ガブリエラですわ。公爵に対面でお話せねばならない問題が発生しましたので、扉を破壊して開けます。危険ですので離れていて下さいな。」
ガブリエラは大きな声でそう宣言すると、護衛の者たちに扉を壊すように命じた。
「お、お待ちください、ガブリエラ様! 鍵が、鍵がございますので!」
「それならさっさとお開けなさい。」
「は、はい、直ちに……」
この期に及んで何という無駄な抵抗をしているのか。執事だけではない。執事も、公爵も、その両方が、だ。
ガブリエラは扉を破壊する宣言までしているのだ。ここまで来てしまえばもう対面することは避けられない。諦めて出てくればそれで済むはずなのに、無駄な時間稼ぎをしてまでもガブリエラと会うことを避けようとする。その意図がまったくわからない。
どうしても会えない理由があるのなら、その理由を表明すれば良いだけの話ではないのか。もし、本当は公爵などいないのだとしても、もう秘密にし続けることはできないのだ。それなのに、なぜ諦めようとしないのか。そこにどんな理由があるというのだろうか。
ギャリソンの手で鍵が開けられ、閉じられていた重い扉が開く。部屋の中にギャリソンと護衛二人が入り、それにガブリエラたちが続く。その隙に他の扉から公爵が逃げ出すかも知れないので、護衛の一人は廊下で待機だ。
「誰もいませんわね。」
最初の部屋は大きな居間だった。家具調度の類はあまり置かれておらず、その代わりに蜜柑の木が植えられた植木鉢がいくつも置かれている。木の高さは人の身長よりも高いだろうか。蜜柑の木にしては低いが、部屋に置くにしては大き目だ。
それにしても、庭にあれだけ蜜柑の木を植えているのに、部屋にまで蜜柑の木を並べるとは、公爵はどれだけ蜜柑の木を気に入っているのだろう。
その部屋にはいくつか隣室へと続くだろう扉があったので、それを順番に開けていく。収納室、執務室、便所に浴室、いない。そして最後の扉を開ける。寝室だ。しかし中には誰もいない。公爵はどこにもいない。
これはどういうことだ。やはり公爵は存在していなかったのか。それとも隠し部屋か何かがあるのだろうか。ガブリエラはアーカンデ侯爵邸にいた時、自分が屋根裏部屋で暮らしていたことを思い出した。屋根裏部屋に逃げ込んでいる、これはあり得そうだ。
どこかに昇れそうな梯子か何かがないかと部屋を見回している時、ガブリエラは気づいた。カーテンが何やら不自然に揺れている。そしてカーテンに何かの影が映っている事に。
「さては、バルコニーね!」
護衛の二人が窓際に走り寄り、力いっぱいカーテンを開けた。
カーテンの裏には大きな窓があり、その向こうにはバルコニーがあった。そしてバルコニーの向こうには橙色の実をたくさんつけた蜜柑の木々が並んでいる。
そしてバルコニーの上には、一人の中年の女性と、立派な衣服を身に着けた背の高い人影が立っていた。
いや、立っていたのは人ではない。あれは絶対に人ではない。
その人影の首から上は人間のそれではなかった。
そこにはまるで緑色の触手のようなものが生えており、うねうねと蠢いていたのだ。
「い、も、むし……。」
そう、その人影の首から上には、緑色の大きな芋虫が生えていたのだ。
人の頭が芋虫の顔に置き換わっているのではない。人の首がある場所から、芋虫が一匹丸ごと生えていたのである。
長い芋虫の体はうねうねしながら真上に伸び、その先にある頭をヘビが鎌首をもたげるように折り曲げている。芋虫はその腹をこちらに見せており、たくさん生えた足をぐねぐねと動かしていた。
ガブリエラは悲鳴を上げそうになりながらも、なんとかそれを押しとどめた。
何なのだ、あれは一体何なのだ。
あまりの怪異の出現に、護衛たちも顔から血の気が引いており、真っ青な顔をしている。こんな時でもメーガンだけは、いつもと同じように背筋をまっすぐ伸ばして、怪異の方をしっかり見つめている。いや、違った。よく見ると、メーガンは白眼を剥いて、直立したまま気絶していた。
「ああ、坊ちゃま……」
乳母の口から泣くような声が漏れた。
芋虫公爵、そんな悪名がガブリエラの脳裏に蘇る。やはり、あれが公爵、この家の主、だとするとそれは自分の……
ガブリエラは突然激しい吐き気に襲われた。胃の中の物を全て、それでも足りずに胃液を床にぶちまけた。吐いて、吐いて、吐きまくった。出る物が無くなっても吐き続けた
そしてそんなガブリエラに手を差し伸べるだけの余裕のあるメイドは、どこにもいなかった。
ここまで来てやっと、ちょっとだけファンタジー要素が!




