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能面令嬢の結婚  作者: 大沙かんな


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18/21

18.結婚パーティ

 マール侯爵邸には若い二人の門出を祝おうと、多くの貴族たちが訪れていた。


 普通、貴族同士の結婚では、花嫁の嫁ぎ先の家で豪華な結婚パーティが催される。今回のように花嫁の家でパーティが行われることは珍しいことだ。


 それは北の国境に位置する領地でのパーティでは寂しいだろうという、プリシラの嫁ぎ先であるキタノ大伯爵の温情によるものだった。そんなパーティには結婚相手である御曹司だけでなく、その両親であるキタノ大伯爵夫妻まで参加することになっている。とても豪勢なパーティだ。


 この後、北の領地まで戻ってからもう一度、今度は地元で結婚パーティを開くというのだから、誰もが大伯爵の権勢のすごさを思わずにはいられない。どこかの公爵のように、結婚してもパーティを催さないどころか、他人の結婚パーティに顔すら出さないというのは、貴族社会ではあり得ない振る舞いなのだ。



 多くの貴族家がきらびやかな馬車で集うその会場に、ガブリエラは謎のポンコツ馬車にリンシー公爵家の旗を立てて乗り込んでいった。


 居合わせた貴族たちは、あれが噂の馬車かと、そこから誰が降りて来るのかじっと見守っている様子だ。中にはこの場に不相応だと眉をしかめる者もいたが、大半の者は面白がって見物しているようだ。


 メイドのメアリの手を借りながら、そんな馬車からガブリエラが降りると、その若い女性の姿と、若い女性なのにエスコートの男性がいないことに、あちこちから小さな驚きの声が上がる。


 そしてその女性がリンシー公爵夫人になったガブリエラだとわかると、今度は納得の声が沸き起こった。


「衣装でいじめられ、今度は馬車でいじめられ、か。」

「名ばかりの公爵家だからな、やはり結婚はいじめの一環だったわけだ。」

「まったく王家もアーカンデ侯爵家も良くやるものだね。」


 リンシー公爵は元々、芋虫公爵とか化け物公爵とか、あまりにも悪い噂しか無かったのだが、急遽の結婚だったとはいえ、いまだに結婚パーティを開いていないことで、その評価は地に落ちるどころか地の底深くにまで沈んでいる。


 ガブリエラが無理やりノータリンな第二王子と婚約させられたことも良く知られていたし、王家やアーカンデ侯爵家の意向で、装飾品を剥ぎ取られ、祖母の古着ばかりを着せられていたことも有名な話だった。


 何故そんなに知られていたかと言えば、それは簡単なことだ。何も隠そうとせず、全部ガブリエラが周囲に語っていたからだ。怒ることもなく、悲しむ素振りもみせず、ただ淡々と語るガブリエラの姿に、貴族たちは皆、それが真実だと悟らされてきたのであった。


 ガブリエラの祖母、先代のアーカンデ侯爵は強烈な人だったので、その姿は貴族たちの記憶にも残っている。そんな先代が跡取りと決めて、王家の許可まで得ていた。


 それにも関わらず、それを反故にして第二王子と婚約させた王家や、それを許して自分が侯爵位をついだ現アーカンデ侯爵は、表だって言う者は少ないにしても、裏では良く言う者はほとんどいなかったのである。



 馬車は兎も角として、ガブリエラの衣装は立派なものだった。それに胸に青く輝く宝石はとても大きく豪華なものだ。ただ貴族たちの目には、肩にかけているレース編みのショールだけが、その装いから浮いているように見えた。


 いや、似合ってはいるのだ。それにそのレース編みは普通の物とは違って、とても立体的で美しいといっても良い出来の物だった。ただこういった場所にレース編みを持ち込むこと自体が、あまり例のないことだったのである。


 それだけではない。そのレース編みのショールには、遠くからでは良くわからないが、何やら緑色の変なものがくっついていた。それを近くで見ようと、多くの貴族たちがガブリエラを取り巻き、そしてそれが何かに気づくと、皆が笑いを(こら)えるのに苦労することになった。


 もちろんそれはあの、緑色の芋虫の編みぐるみである。


「なるほど、なるほど。これは傑作だ。」

「しっかり夫人をエスコートしていらっしゃるわけだ。」

「立派なご仁だ、こちらも言葉を慎まなければならないな。」


 それは不謹慎に過ぎる物だったのかも知れないが、多くの貴族たちに冗談として受け止められることになった。こんなものぐらい、祖母の若い頃の古着を着せられることに比べれば、軽い冗談に過ぎない、多くの者たちがそう思ったのである。



 ガブリエラと面識のある貴族たちや、仲の悪くない貴族たちが、次々と声をかけていく。


「公爵夫人、ご夫婦でのご参加ですかな?」

「いえ、公爵は出不精なものですから、仕方なくこうして参加させていただいている次第なのです。」


 ガブリエラはそう答えながら、その手で緑の芋虫を軽く撫でる。さすがにそんな緑のわけの分からない物を公爵呼ばわりすることはない。もちろん問いかけた方もそれ以上には突っ込まない。ただお互い、その言わんとするところは明確だ。


 貴族たちの興味は謎のポンコツ馬車よりも、緑の芋虫、そしてレース編みのショールに移っていき、馬車のことを口にするものはほとんどいなくなった。貴族たちの間では、ポンコツ馬車は公爵によるいじめ、ということになったが、それはガブリエラの(あずか)り知らない事であった



 特にレース編みの蜜柑と蝶は、友人たちとのお茶会でも見せていない、初公開の物だ。


「ガブリエラ、その胸の宝石のこともだけれど、レース編みのショールの方が気になるわ。」

「レース編みの花と蝶々の上に、さらに蝶々が群がっているのね。」

「レース編みでもここまでの物になると、刺繍なしのレース織りでは難しいでしょうね。」

「プリシラの言っていた蝶々の乱舞ね。とっても素敵だけれど、貴女の商会でも販売なさるの?」


 それを目ざとく見つけた友人たちが群がってくる。


「ごめんなさい、これはまだ販売予定はないの。そんなことより貴女のその指輪よ。」

「ああ、これ、婚約指輪として頂いたの。」

「あら、本当に素敵、彼の眼の色ね! とても羨ましいわ。」

「貴女だってそのペンダント!」


 ガブリエラだけではない。令嬢たちはそれぞれ、お茶会の時は身に着けていなかった秘密兵器を、ここぞとばかりに繰り出してきている。そのあまりの熱量の激しさに、エスコートしてきた婚約者たちですら近づくことができず、遠巻きにするしかないほどだ。


 だからと言って放っておくと、いつ終わるのかもわからない。一人で参加しているガブリエラは別にこのままでも良かったのだが、婚約者同士で参加している彼らには、挨拶に回らねばならない相手が多いのだから、少し気を利かすべきだろう。


「それはそうと、みなさん、こんなところにずっといても大丈夫なの?」

「ははは、ガブリエラ様のおっしゃる通りだ。ここは甘えさせていただいて、挨拶廻りにいこうか。」

「ううん、仕方ないわ。それじゃあガブリエラ、またね。」


 友人たちもするべきことがあったのを思い出したらしい。名残おしそうに挨拶回りに戻っていく。ガブリエラはそんな彼女たちを見送ると、自分もあいさつ回りをするために会場内を見渡した。



 ガブリエラが今夜絶対に挨拶に赴かねばならない相手は、このパーティの主役であるプリシラとそのお相手、そして主催者であるマール侯爵夫妻とキタノ大伯爵夫妻だけだ。


 その他にも商会のからみで是非とも会っておきたい人はいるが、別に無理してまで会う必要はなく、もしも無理ならば次の機会に回しても良い。それに家族や夫の繋がりで社交を行う必要がないので、ガブリエラは気楽な立場だった。


 ただ、このパーティには国王夫妻や、アーカンデ侯爵夫妻も招待されている。ガブリエラはどちらとも顔を合わすつもりは無かったし、見かけても無視する予定にしていたのだが、先ほどからマール侯爵夫妻だけでなく、キタノ大伯爵やプリシラたちまで捕まえて、動こうとしていないのが困り処だった。


 周囲の様子を覗っていると、ガブリエラの他にも国王夫妻に遠慮してマール侯爵のところに挨拶に行けない人たちがかなりいるようだ。パーティの主催者や主役たちを独り占めにして、いったい何のつもりなのか。


 パーティの時間を半ば以上過ぎてもまだ動こうとしない国王夫妻たちに、今夜はもう駄目だと諦めて帰り支度を始める貴族たちの動きを見て取り、ガブリエラは激しい怒りを感じるとともに、親友の晴れ舞台が台無しにされていくことに深い悲しみを覚えた。


 もうこれ以上は黙っていることは出来なかった。


 リンシー公爵は国王の甥である。ここには本人はいないが、その妻であるガブリエラが国王夫妻に諫言したとしても、身分の上ではそれほど不敬にはあたらない。国王夫妻の側に小判鮫のように控えているアーカンデ侯爵夫妻など、この場合は相手にする必要などまったくない。


 ガブリエラが心を決めて国王夫妻と対峙するために歩みよろうとしたその時、マール侯爵夫人と目が合った。夫人は静かに首を振り、ガブリエラに来ないようにと合図を送ってくる。そんな姿を見せられては、ガブリエラには踏みとどまる他に手がないではないか。


 結局国王夫妻はパーティ終了間際まで粘った挙句、「今日は誠に良き日であった」とか何とか、意味の分からないことを口にしつつ、満足気な表情を浮かべて帰っていった。



 パーティが終了し、招待客たちが帰宅を始めた頃、ガブリエラは片づけに出てきた顔見知りのメイドの一人に声をかけた。


「お忙しいところをごめんなさいね。プリシラは明日の朝、旅立つと思うのだけれど、何時くらいの予定なのかしら。もしもわかるなら教えていただけると助かるわ。」

「これはガブリエラ様、確認いたしますので、少々お待ち願えますか?」

「お忙しいでしょうから、そこまでしていただかなくても大丈夫よ。」

「いえ、すぐに確認できますので問題ございません。」


 パーティの前に予定を変更したばかりだったが、その予定を無視して明日はプリシラの見送りをしようと考えたのだ。メイドには少し悪いことをしたと思ったが、ガブリエラはその言葉に甘えて待たせて貰うことにした。


 そのまましばらく待っていると、そこに現れたのは先ほどのメイドではなく、なんとプリシラ本人だった。その後ろには結婚相手の彼も控えている。


「プリシラ! ダメじゃないの、疲れているでしょう? それに明日も早いのだから……」

「良いのよ? 良いの。」


 ガブリエラにも、そしてプリシラにも、話したいことは山ほどある。でも今はあまりにも時間がない。


「私はね、プリシラ。ただ一言だけ言いたかったの。結婚おめでとう。幸せになってね。」

「ありがとう、ガブリエラ。貴女も元気でいてね。」


 二人には話したいことは山ほどあった。でも今は、もうこれだけで充分だった。



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