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能面令嬢の結婚  作者: 大沙かんな


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17/21

17.身辺調査

 毎日ではなかったが、ガブリエラは一度だけではなく、何度も友人たちとのお茶会などに、例のポンコツ馬車に乗って出かけていった。


 馬車自体は粗末な物だったが、一応、公爵家の立派な旗を立てている。リンシー公爵家の旗はとてもじゃないが有名とは言えなかったが、王家の旗を一部変更しただけのものなので、誰が見ても王家ゆかりの馬車だということはわかる状態だ。もう悪目立ちすることこの上ない。


 王都に突如現れた、王家ゆかりの謎のポンコツ馬車は、暇を持て余した貴族たちの間でひそかな話題になっていた。もちろんガブリエラは、そんなものをまったく相手にしていなかったのだけれど。


 そんなことよりも、魂に火が付いた職人たちがどっと押し寄せてきて、改良のためと称して馬車を持って行こうとするのに、ガブリエラは閉口していた。


 この馬車を改良する事になっているのは確かだ。しかしそれは今回の王都訪問が終わった後の話で、訪問の最中にすることではない。馬車が無くなってしまえば、パーティやお茶会に参加できなくなる上に、公爵邸に帰ることすら出来なくなってしまう。


「馬車を持って行かれては困るわ。もう一台発注するから、改良はそれでお試しなさい。」

「おお、新造ですか。それなら改良には今の馬車を使って、新作の方で釣り竿を立てて吊るす新手法を試せますな。」

「さすが、お嬢!」


「それなら、二台発注するわ。それで充分でしょう?」

「おおあぁっ! それなら吊るすのではなくて、弓の上に客室を乗せる新構造が!」

「さすが、お嬢!」


「ああ、もう! 三台発注するから、それで何とかしなさい!」

「さすが、お嬢!」

「さすおじょ!」

「さす!」「さす!」


 こうしてガブリエラにもなんだか良くわからないうちに、馬車を新たに三台発注することになってしまった。謎のポンコツ馬車が増殖することが決まった瞬間である。


 また職人たちの間では、吊り下げ式を含めて馬車の揺れ抑止機構のことを、『サスオジョ』、略して『サス』と呼び習わされるようになったのだった。



 謎のポンコツ馬車に目を留めた者は他にもいた。そしてその者がガブリエラが滞在する別邸を訪ねて来たのは、王都滞在の終盤、マール侯爵邸での夜会の日、その朝のことだった。


「お嬢様、ミッティと名乗る若い平民女性が訪ねて参りましたが、何かご存知でしょうか? 本人は公爵家の使用人だと申しておりますが、証拠になる物は何も持参しておりません。私にはどう判断してよいのか……。」

「ミッティ? 聞いたことのない名前ね。それで何をしに来たのかはわかる?」

「それが……助けてくれと言うばかりで、要領を得ません。」


 ここは公爵家の別邸ではなく、ガブリエラの私邸である。メーガンには知らせてあるので急な使者がやって来る可能性は充分あるのだが、手紙も何も持っていないというのはおかしい。


 公爵家は本邸以外に屋敷を構えていないので、王都に使用人がいるというのも異常な話だ。しかもそれが助けを求めてくるなど、確かに意味がわからない。アーカンデ侯爵家も意味がわからない家だったが、リンシー公爵家はそれに輪をかけて意味がわからない家だ。


「正体の分からない人は家の中に入れたくないわね。中庭に案内してもらえるかしら。」

「はい、お嬢様。」


 放置しても問題ないだろうが、ガブリエラは会ってみることにした。幸いなことに今はまだ朝だ。パーティは夕方からなので、時間には少し余裕がある。



 中庭に案内されてきたミッティと名乗る若い女性は、少し煤けた感じはするものの、食い詰めた貧民という風情ではなく、確かに普通の平民のようだった。もちろんガブリエラには見覚えは無い。やはり初対面で間違いないようだ。


「ああ、奥様! お助け下さい!」

「貴女に奥様と呼ばれる筋合いは無いのだけれど。まずは事情を話しなさいな。」

「ああ、そんな、奥様!」

「私は貴女に見覚えはないし、雇った記憶もなくてよ? いいから貴女が何者で、なぜ王都にいるのか、なぜここに助けを求めてきたのか、全てをお話しなさい。」

「ああ、奥様! 殺生でございます……。」


 まったくいらいらさせてくれる娘だ。ガブリエラは、もうこのまま放り出そうと思い、ちらっと側に控えているメアリに視線を送った。


「お嬢様の質問に答えなさい。まず、貴女の名前と仕事は?」


 娘はしばらくして泣き止むと、メアリの質問に答え始めた。


「ミッティ、リンシー公爵家にお仕えしております……。ほ、本当です! 本当なんです!」

「質問と関係ないことは言ってはなりません。」

「……はい。ごめんなさい。」


 娘はまたシクシクと泣き出す。


「いつから王都にいるのですか?」

「……半年くらい前です。」


 半年前といえば、ちょうどガブリエラが公爵邸を訪れた頃合いになる。そんなもの、見覚えがなくて当然だ。


「なぜ屋敷ではなく、王都にいるのですか? 勝手に出てきたのですか? それとも誰かに命じられたのですか?」

「公爵様のご命令だって、そうマチルダ様に言われて……。ガブリエラ様の悪行を調べて報告しろって……。」


 目の前の女主人の悪行を調査しに来ておいて、その女主人に助けを求めるとは。娘の返答にガブリエラは頭が痛くなってきた。



 それからかなり時間をかけて、彼女からなんとか事情を聞き出すことに成功した。おおよそ何があったのかを知ることが出来た時には、もうお昼になっていた。


 この娘の名前はミッティ。元はリンシー公爵家のメイドで、屋敷の掃除などを担当していた。それが半年ほど前、ガブリエラが公爵邸にやって来てすぐのこと、例の窃盗メイド長からガブリエラの悪行調査を命じられて、王都にやって来たという。


 調査しろと言われても、掃除担当のメイドには何をしていいかもわからなかった。そこでアーカンデ侯爵の使用人たちに話を聞くことを思いついて侯爵邸に赴いたのだが、侯爵の使用人たちにはまったく相手にされず、何も知ることができなかった。


 命令を受けた時に預かったお金も使い果たしてしまい、どうしようもないので窃盗メイド長に手紙を送って今後どうすべきかを尋ねたが、いつまで待っても何の返事も来なかった。


 そのうち自分の所持金もすべて使い切ってしまい、公爵邸に帰るに帰れなくなったところで、リンシー公爵家の旗を立てた馬車を見つけたのだという。必死の思いで馬車の後をつけてこの別邸に辿り着き、朝を待って訪ねて来たということだった。


 こんな顛末を聞かされて、もう何をどう言えばいいのか。ガブリエラにはあきれるしかない。



 このミッティという娘、機転が利く方では無さそうだが、言っていることに矛盾はないし、嘘でもないような感じだ。そのまま追い出しても良かったのだが、ガブリエラは取り合えず保護して、公爵邸に連れ帰ることに決めた。


 悪行調査の命令が本当に公爵からのものだったのか、それとも窃盗メイド長が勝手にしたことなのか、どちらなのかは、今ここではわからない。しかしどちらにしても、あまりにお粗末すぎる話だ。


 侯爵家のような上級貴族の内情を調査したいのならば、調査員に紹介状を持たせてその家で雇って貰うように仕向けるなど、やり方はいくらでも考えられるはずだ。それを何も示さずに、ただの掃除メイドに命じるだけ命じて放り出すなど、命じた者に問題がありすぎる、というか無能にもほどがある。


 メイド長の投獄など、家内がごたごたしていたのは確かだが、それにしてもメイドが一人行方不明になっていたのにも関わらず、それが表沙汰になっていなかったことも大きな問題である。


 これを命じた者は、窃盗メイド長だったのか、それとも執事か、公爵本人だったのか。それを(ただ)さずには済まさないと、ガブリエラは心に決めた。


 せっかく公爵家での嫌なことを忘れてパーティを楽しもうと思っていたのに、その直前になってこんな爆弾がやって来たのだ。もうなんとしても、引きこもり公爵を引きずり出さずには終わらない。


 扉を壊してでも引きずり出してやるのだ。


「うううう、美味しいです……。」


 そう言ってグジグジ泣きながら昼ご飯を食べているミッティを前に、彼女は心の中でそう固く誓ったのであった。



 明日からは、メイドたちのための王都観光や、職人たちの工房の視察など、色々な予定が入っているが、こんな事件が発覚したからには予定を変えて、早めに公爵邸に戻っておきたい。


 昼食を終えた後は、パーティへの参加準備でもう時間に余裕はない。余裕は無かったのだが、ちょうど商会からレダがやって来たことをいいことに、予定を組み替え、不要不急の視察などは取りやめていく。


「あああ……、王都観光とチーズケーキ、楽しみにしていたのに……。」

「心配しなくても、どちらも削らないわよ?」


 削りはしないけれど、メイドたちとは別行動だ。


 嘆くメイドたちを(なだ)めながら、パーティへの参加準備をしつつ、大急ぎで予定を変更していく。そんな慌ただしさから抜けきれないままに、ガブリエラは出発の時間を迎えていた。


 しっかりと装ったうえで、手編みの蝶と蜜柑のショールに緑の芋虫をぶら下げて、ガブリエラは謎のポンコツ馬車に乗ってマール侯爵邸へと出かけて行った。



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