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能面令嬢の結婚  作者: 大沙かんな


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14/21

14.遠ざかる完成

 猛暑の中での毛皮の外套の手直しは、とても一日で終わるものではなかった。


 無理やり詰め込んで作業すれば、もしかしたら可能だったかもしれない。しかし、そんなことをしていたら、ガブリエラは茹で上がって寝込んでしまっていただろう。


 連続して行うことは出来ない過酷な作業だったため、結局一日一着づつ、五日間の長丁場ということになった。終わった時には、ガブリエラは思わずソファーに座り込んでしまったほどだ。



「ふう、しばらくもう毛皮のコートは見たくないわ……。」

「そりゃそうですよ、ガブリエラ様。変な人じゃあるまいし、普通はこのまま冬になるまでお預けです。」

「次に見たくなった時がまた夏だと、ちょっと悲劇ですね。」

「酷い言われようだけど、レダ、今日は何の用なの?」


 だらけた様子でソファーに座り込んでいるガブリエラをからかっているのは、メイドのメアリだけではない。


 ガブリエラは呼んだ覚えはないのだが、外套の直し作業に合わせたのか、それとも偶然なのか、作業が終わるのとほぼ同時に、ワスプ商会のレダがガブリエラの部屋を訪ねてきていたのだ。


 今は特に商会から報告を受けるようなことは頼んでいない。秋服はまだ仕上がっていないはずだし、冬服は本縫いに出したばかりだ。前王妃コレクションの仕立て直しも順調に進んでいる。食料品などの購入はガブリエラではなく、メーガンの担当だ。


「気分転換がてらに、遊びに参りました。」

「んん? 何ですって? 上手く聞き取れなかったわ。もう一度お願いして良いかしら?」

「気分転換がてらに、遊びに参りました。」

「えらくはっきり言い切ったわね。まあ良いわ。メアリ、彼女の分のお茶も出してあげて。」

「はい、かしこまりました。」


 遊びに来たなどと言っているが、レダはワスプ商会の重鎮の一人である。いくら商会のオーナーの所とはいえ、こんな辺鄙な所に遊びに来るほど暇ではない。出張工房の様子を覗いに来たのは確かだろうが、目的はそれだけではないとガブリエラは踏んでいた。


「遊びに来たということだけれど、何か面白いお話でも仕入れたの?」

「いえ、特に何も。ただ遊びに来ただけなのですが……」

「貴女、本当に遊びに来ただけなの!?」

「ああ、このお菓子美味しいですね。お土産に頂いて帰ってもよろしいですか?」

「……レダ、貴女が食べた分は、給料から引いておくようにするわね。」

「えええ? そんな、酷いですよ、ガブリエラ様……。」


 テーブルの上に出ているお菓子は、訪問客用に公爵家が用意しているものではなく、ガブリエラのお小遣いで購入しているものだ。もしもレダに食べ尽くされてしまったら、ガブリエラはしばらくおやつ抜きになってしまう。


「公爵夫人が、あんまりケチ臭いこと言わないで下さいよ、庶民の上級貴族への夢が無くなってしまいますよ?」

「だって仕方ないじゃないの、メーガンはとっても厳しいのよ?」


 そんなガブリエラの抗議に臆することなく、レダは幸せそうな顔をしながら、おいしいお菓子を食べ続けるのだった。



 メイド長メーガンの目はとても厳しい。公爵家には領地が無いので、実はあまり(ふところ)が豊かではないこともあって、ガブリエラが個人的に使えるお小遣いは非常に限られているのだ。


 これが遊びでなく仕事での訪問なら訪問客用のお菓子が出せるのだが、自分だけで食べる分や彼女付きのメイド、平民の友人たちに振る舞う分には、お小遣いから出さなければならない。


「……あああ!」


 お菓子がどんどんレダの胃袋の中に消えていくのを見て、メアリもちょっと涙目になっている。


 ガブリエラには公爵家からのお小遣いだけではなく、商会からの個人収入もある。もちろん商会そのものがガブリエラの資産なので、使おうと思えばいくらでも使える。しかしそこに手を付けてしまうと、ずるずるとどこまでも贅沢になってしまう。それはガブリエラにとっては絶対に許せない事だった。


 ちなみに、もしもレダがガブリエラの衣装や、それにまつわる件で訪問していたのであれば、お菓子代は公爵家の予算のうち一般経費ではなく、王宮から支給された結婚準備金から充当されていただろう。今この屋敷で出張作業している職人たちの経費も、そこから充当されているはずだ。


 さらに言うと、公爵の乳母はメイドではなく公爵の客人なので、その滞在費用は公爵本人のお小遣いから充当するように変更されたそうだ。乳母に支払われていた「お小遣い」も完全に停止している。払いたければ公爵が自分のお小遣いから払えばよい、今ではそういうことになっている。


 ガブリエラが公爵家に来たことで、メアリなどメイドが四人増えたのだが、前メイド長マチルダの縁戚だったメイド二人が連座で解雇された上、乳母のお小遣いの支払いが無くなったことで、メイド関連の経費は以前と変わらないらしい。


 それなのにメイド一人一人の給金の手取りはかなり増えているそうだ。何のことは無い、前メイド長マチルダがピンはねしていたのが無くなった、それだけのことだった。


 メーガンがメイド長になったことで、メイドたちの仕事は厳しくなったのだけれど、サボってばかりで働きの悪かったメイド二人が首になった上、働き者の四人が新たにやって来たので、以前よりも余裕がある状態になっている。


 そして給金の手取りが増えただけでなく、公爵家で用意している訪問客用のお菓子も、賞味期間が切れる前に主人だけでなく使用人たち、主にメイドたちにも配られるようになったので、彼女たちからの評判はかなり良くなっていたのである。


 テーブルの上にあったお菓子は、レダに欠片一つ残さず綺麗に食べ尽くされてしまった。レダはとても満足そうな顔をしているが、何か話を切り出そうという雰囲気はまるでない。


「本当にお菓子を食べに来ただけなの?」

「いや、遊びに来たつもりだったのですが、いつの間にかお菓子を食べるのが目的になってしまっていたというか……。」

「おみやげは無いわよ? というか、お菓子はもうないから、次からは手土産を持っていらっしゃい。」

「そうですね、次はガブリエラ様のお小遣い支給日の後に来ることにします。」

「貴女は鬼ですかっ!」


 メアリのように表情には出ていなかったが、ガブリエラは心の中で泣いていた。



 レダが遊びに来たと言ったのは本当のことだ。今回の訪問には、本当にはっきりした目的は何もなかった。単純に、雪の結晶の次の作品を早く見てみたい、ただそれだけの気持ちで公爵邸にやって来たのだった。


 その場の思い付きで出立したため弁当の準備が出来ておらず、腹ぺこ状態でガブリエラの前に出てきてしまった。思わずお菓子を全部食べてしまったのは悪かったと思う。


 レース編みは少しづつ受け入れられ始めているが、まだまだその地位は低く、レース織りの紛い物という扱いから抜け出せていない。レース織りは高価な輸入品な上、消耗品でもあるので、買えば買うほど国が貧しくなっていく。そのことに商人であるレダはとても歯がゆく思っていた。


 そんなレース織りが盛んな国々からは、この国は蛮族の国、文化的に劣る国、そういう風に見られている。庶民の生活を見比べてみても、そう大きな違いがあるわけではないのに、この国は劣等国と見られて、産品も安く買い叩かれるのである。


 そんな悔しい思いを抱いていたところで出会ったのがガブリエラのレース編みだった。ガブリエラは商会オーナー一族の娘なのだから、その存在自体は知っていた。しかしその娘が、こんな面白い物を編むとは思ってもみなかったのだった。


 ガブリエラのレース編みの腕前は、下手くそというわけではないけれど、それほど上手というわけでもない。言うなれば、上手な素人、というレベルだ。一流の職人とは比較にもならない。


 それでもガブリエラの作品に興味を惹かれるのは、そのモチーフがいつでも新しく、生気に溢れているからだ。高価なレース織りのデザインを模倣するのではなく、レース編みの長所が上手く生かされている。その網目の流れが躍動感を生み出しているのだ。


 レダは商人の眼で、これは売れる、と思った。まずは土台が必要だと考え、商会オーナーであるガブリエラとも相談の上で、庶民の内職に毛が生えたような物だったレース編みの工房を立ち上げ、この数年は職人の育成に力を入れてきた。


 そして今、雪の結晶のモチーフの量産を進めている。きっとこれは売れるだろう。しかしまだ足りない。さらなる作品が必要だ。流行(モード)とは自然と勝手に生まれるものではなく、作り出していくものなのだ。



「食べ終わったのなら帰りなさいな、もうお菓子は一つも無いわよ?」


 ガブリエラはレダを追い払うように手をひらひら振ると、もうそちらの方を見ようとはせず、編みかけのレース編みを取り出してその続きを始めた。


 レダはそんなガブリエラの指先を目で追いかける。編み上がった部分が丸まっているので、何を編んでいるのかわかりにくい。


「それは蝶々ですか?」


 面倒臭いのか、ガブリエラは返事をしない。


「ガブリエラ様、意地悪しないで見せてくださいよ。」

(いや)よ。」

「えええ! そんなこと言わないで、ちらっとで良いから見せてくださいよ。」

(いや)だというのが聞こえないの? まだ完成していないのですもの、他人には見せられないわ。」


 レダが見たかった物、ガブリエラの新作が今、目の前にある。それなのにガブリエラはそれを見せようとはしなかった。


「それはいつ頃完成するのですか?」

「さあ……、完成するかも知れないし、完成しないかも知れないわね。」


 ガブリエラは編み物から目を離すことなく、そんなことを言いだした。


「あまり良い出来ではないのよ。ここまで編んでみたけれど、気に入らなくて解くかも知れないし。」

「えええ! そんな勿体ない!」

「貴女、今日はどうしたの? ごちゃごちゃうるさすぎるのではなくて?」


 今のガブリエラの気分は、それはもうだだ下がりである。今編んでいる物は、ただでさえあまり気にいっていなかった意匠なので、レダが何かを口にするたびに、編み進める気がどんどん失せていく。


 そんなガブリエラの様子と、今まで何度も(ほど)いては編みなおしていたのを目の当たりにしていた事から、このままでは本当に全部解きかねないと感じたメアリが、二人の間に割って入った。


「レダ様、これ以上はお控えください。お嬢様に対して無礼が過ぎますよ?」

「いや、しかし……」

「お控えください。そして今日の所はいったんお引き取り下さいませ。」


 メアリの有無を言わさぬ態度に、レダはそのまま部屋を出ていくしかなかった。


「もう、何なのよっ!」

「今日のレダ様の様子は、確かに何かおかしかったですね。」


 ガブリエラは編み物を床に放り投げて、ソファーの上に行儀悪く寝転がった。


「解くのも面倒だわ。それはもう処分して頂戴。」

「よろしいのですか? とても素敵な物に仕上がりそうですけれど。」


 編み物を拾い上げ、それを広げて確認しながら、メアリが確認する。


「良いのよ。蝶だとか蜜柑だとか、この家に関係するものを編もうと思ったのが間違いだったわ。」


 これまであまり面には出さなかったが、どうやら公爵のこれまでの態度に、腹に据えかねるものがあったらしい。溜めに溜めてきたそれが、ここで爆発した格好だった。


 前王妃コレクションの仕立て直しはガブリエラが決めたことでだが、それもひとえに公爵家のためを思っての事である。あの毛皮の外套は確かに良い物ではあるが、公爵家のために暑いのを我慢して手直しをするという気持ちが無かったわけではない。


 ガブリエラがレダに怒ったのは、言ってみれば八つ当たりのようなものだ。しかし愉しみにしていたお菓子を食べつくされた恨みからか、メアリはレダを真剣に擁護する気にはなれなかった。



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