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能面令嬢の結婚  作者: 大沙かんな


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11/21

11.入れ替わり立ち代わり

 それから数日間は、ガブリエラはゆったりとした時間を過ごせていたのだが、それはいつまでも続かなかった。


 最初に、マール侯爵家の馬車に送られて、合わせて四人のメイドたちがリンシー公爵邸に到着した。


 ガブリエラにとっては懐かしい顔ぶれである。みんな元気そうで何よりだ。中には若い娘だけでなく、少し年を取った貫禄のある顔も混じっている。


「メーガン! まさか貴女が来てくれるとは思わなかったわ!」

「それは私の言うことです。まさかお嬢様が私に連絡を下さらないとは思ってもみませんでしたよ。」


 思わず抱きついてしまったガブリエラの頭を撫でながら、メーガンは優しい口調で結構厳しいことを口にする。


 彼女はアーカンデ侯爵家のメイド長だった女性だ。


 ただ厳しいだけの祖母と、悪意だけの父との間に挟まれていたガブリエラに、時には父のように厳しく、時には母のように優しく、接してくれたメーガンは、ガブリエラにとっては父であり、また母でもある存在だった。


 しかし先代の侯爵、つまりガブリエラの祖母が亡くなった時、父の侯爵に疎まれて解雇され、そのまま引退していたはずだったのだ。


「だって貴女は、家族と一緒に暮らすのだからって……。」

「娘たちはもう全員片付きましたし、いつまでも息子の所で居候というのも性に合いません。もう充分に休養はいただきましたから、今からでもバリバリ働きますよ。」

「メーガン様のバリバリは、心強くもありますが、やっぱりちょっと恐ろしいです……」


 メアリも、やって来た他のメイドたちも、そんなことを口にしながら笑っている。そんな彼女たちの姿に、ガブリエラは自分が安心していることに気が付いた。好き勝手に振る舞っているように見えても、やはり公爵家での生活は、それなりに彼女の心に負担をかけていたのだろう。



 メアリはこのままガブリエラ付きで問題ないのだが、メーガンにはメイド長になって貰わなければならないし、他のメイドたちにはガブリエラの周りの仕事以外にも、屋敷内のことをやって貰う必要がある。


 本来ならば公爵との顔合わせが必要なのだが、この家の公爵は引きこもり体質だ。ガブリエラはこの機会を捕まえて公爵との対面を果たそうと考えていたのだが、それはやはり拒否されてしまった。


 そこで仕方なく公爵は飛ばして、執事のギャリソン、そして他の公爵家の使用人たちと、新しく入ったメイドたちとの顔合わせを行うことになった。もちろんメーガンはメイド長としての顔合わせだ。


「メーガン様に来ていただけて、非常に助かりました。これで思っていたよりも早く屋敷管理の仕事から解放されますよ。」

「前任者と引継ぎが出来ればよろしいのでしょうが、お亡くなりになったとか。ギャリソン様にはしばらくは色々ご面倒をおかけすることになりそうですが、よろしくお願いいたします。」


 メーガンにはこの屋敷であったこと全てを伝えてあるが、それを顔や態度に出すような彼女ではない。表向き、顔合わせは和やかに終了した。もちろん裏では色々あるだろうが、今はメーガンに任せておけば問題ないだろう。


 なお、前任者のマチルダは病死ということになっている。もしかしたらまだ地下牢で生きているかもしれないが、知ったことではない。



 メイドたちの次にやって来たのは靴屋と、指輪などの細工職人だった。どちらもガブリエラがオーナーであるワスプ商会お抱えで、馴染の者たちだ。二人ともしっかり道具を携えている。


 靴屋にはレダを通して、すでに発注済だった靴の納品と、サイズの再測定、そして前王妃のコレクションの扱いを頼んでいる。


「お嬢様、少し成長されましたね。靴の大きさには調整が必要かも知れません。」

「そうね、つま先とかかとは大丈夫そうだけれど、横幅がちょっと狭い気がするわ。」


 測ってみたところ、足の大きさが全体的に少し大きくなっているようだった。実際に新品の靴を履いてみると、ちょっとだけきつく感じる部分がある。履いているうちに革が伸びて丁度良い大きさになるだろうけれど、その前に道具を使って広げておいた方が良さそうだ。



 靴屋が調整作業に入ったところで、指輪職人と交代だ。指輪職人には指輪のサイズの測定と、前王妃の指輪の調整をお願いしているのだ。


「これは……さすがは素晴らしい細工の物ばかりです。」

「どうかしら、調整できそう?」

「少し大きいぐらいですから、切って繋ぎ直すほどではないですね。周囲から圧力をかけて縮めましょう。」

「それだと、この細かい細工が傷んでしまう気がするのだけれど。」

「確かに絶対大丈夫だとは申し上げられませんね。まずは装飾無しの指輪の調整を行ってしまいましょうかね。」


 指輪を縮めるには、一度切って短くしてから繋ぎ直す方法や、周囲からゆっくり圧力をかけていく方法などがある。圧力をかける方法は単純で、微調整に向いているのだが、細かい装飾のところが凹んでしまって、見映えが極端に悪くなってしまうことが良くあるのだ。


 粘土のような物で埋めて固めてから圧力をかける方法もあるけれど、そうすると細かい細工の隙間に粘土が挟まってしまって、それを取り除くのに苦労することになる。それに粘土で埋めたところで、やっぱり装飾がつぶれてしまう事は完全に避けることは出来ない。


 結局のところ、一度縮めてから装飾をやり直すことになるので、どうしても時間がかかることになり、高価な作業になってしまう。その上、元通りの装飾になるとは限らないというリスクまであるのだから、判断に迷うのは仕方のないことだった。


 装飾が無い指輪であれば、最終的には磨いて仕上げることになるわけで、縮めたとしても大きな問題は起こりにくい。大きな宝石がついていても、それは問題ない。彫刻のような装飾や、宝石をちりばめたような物が問題になるのだ。


「しばらくお預かりして、一度裏側を盛ってから削りますか。裏の刻印は消えてしまいますが。」

「刻印はやり直せる?」

「ええ、写しをとってから打ち直しますので、完全に同じとはいきませんが。表の装飾よりは目立たないし簡単です。」

「それじゃ、それで行きましょう。」


 調整の難しい物の中には、刻印の日付と内容から、おそらく結婚の時と思われる物も含まれていた。ガブリエラはその一つだけは調整するのを諦めようかと迷ったが、それも含めて全て調整してもらうことに決めた。


 その時の侍女だったメイド長が在籍していたように、今はまだ彼女の思い出が色濃く残っているかも知れない。しかしこれから世代を重ねていくにつれて、その思いではどんどん薄まっていき、最後には消えて無くなってしまう。


 指輪を放置して思い出を風化させてしまうよりも、ガブリエラが、そして娘や孫たちが身に着けることによって、彼女の思い出を上書きし、彼女だけでなく家族の歴史として延々と紡いでいく、それが正しい在り方だと思ったのだ。



 少しだけ調整された靴を試し、次に指輪を試し、再調整された靴を試しと、交互に身に着けて試しながら、それぞれ微調整を繰り返して、最終的に靴も指輪もガブリエラにぴったりの大きさになった。


 指輪職人に磨き作業を任せて、ガブリエラは靴屋と前王妃のコレクションをどう扱うかの打ち合わせに入った。


「大きすぎるということは御座いませんね。サンダル類は持ち帰れば調整できるでしょう。」

「靴を縮めるのは無理よね?」


 洗濯物が洗ったら縮むのと同じように、革靴も縮めることが出来ないわけではない。しかし丁度良い大きさにするのは至難の業である。


「このぐらいであれば、中敷きを入れて内張を張れば、何とかなりそうです。」


 ガブリエラは靴屋の意見に了承した。それで何とかなるのであれば、充分試してみる価値はありそうだ。


 それから靴屋は夕方までかけて仮の中敷きや内張の調整をし、たくさんの靴を抱えて指輪職人と一緒の馬車で帰っていった。



 その次には帽子屋が訪ねて来た。靴屋と同じく、発注済の帽子の納品と、コレクションの調整を頼んであるのだ。


 ぶかぶかの帽子の調整は、元の作り方に合わせて方法も様々だ。靴と同じように少し詰め物を入れるのが確実だけれど、レース編みのように詰め物が透けて見える素材では、美しく仕上がるとは言えない。


 そんなわけで、縫い合わせているものならば服と同じように糸をほどいて詰めるのだが、つばとのバランスの関係で、うまく行かない物もあるのだ。また編み物の場合はまず調整できない。


「これとこれ、この二つは調整が難しそうです。ぐらつかないように、レースか組み紐で、あご紐をつけるぐらいしか手はないですね。」

「中に白い小さ目な帽子を縫い付けてしまう、というのはどうかしら?」

「それでは暑苦しくなりませんか?」

「それもそうね……、わかりました、こちらはレース紐で、こちらは諦めて処分しましょう。」

「はい、それが良さそうですね。」


 帽子屋もまた、前王妃のコレクションを抱えて馬車で帰っていく。


 靴屋もそうだが、持って帰ったということは、調整が済み次第またやって来るということでもある。この屋敷は王都から離れているので、何度もやってくるのは大変な労力だ。ガブリエラはねぎらいの声をかけて、帽子屋を見送った。


 まあ、「ちゃんと料金はいただきますよ」と言っていたので、あまり深く考えないようにしよう。



 帽子屋が去った翌日には、仕立て屋が衣装を抱えてやって来た。一人ではない、六人からなる大所帯だ。なんと組み立て式の作業台や裁縫用トルソーまで持ち込んできている。


「ガブリエラ様、本仮縫いまで一気にやってしまいましょう。」


 そして開口一番、やる気満々の発言が飛び出した。


 そんなに気合を入れて貰っても困ってしまう。今回は新しいデザインを試すことよりも、一般的な物で良いから素早く整えることが重要だと伝えたはずなのだ。


「構わないけれど、今回はあまり楽しい仕事ではないと思うわよ?」

「いやいやいや、まあ見ていてください。」


 仕立て屋集団のあまりの勢いに、メイド長になったばかりのメーガンまでがやって来た。


「どのような作業があるのか、作業場所がどれくらい必要なのか、おおよそどれくらいの日数を考えておられるのか、教えていただけますか? こちらも部屋の準備や人員の配置、食料の手配などを考えねばなりません。」


 メーガンは青筋を立ててガブリエラを睨みつけてくるが、ガブリエラとてこんなことを要請した記憶はないのだ。


「メーガン、仮縫いなどの作業はこの部屋で行うしかないでしょうね。」

「食事はどうなさるのですか?」

「寝室か食堂でいただくわ。」


 本当の所、この屋敷で作業部屋に一番ふさわしいのは食堂である。なにしろ公爵もガブリエラも自室に食事を運ばせているので、誰も食堂を利用していないのである。


 適当な広さもあるし、テーブルと椅子も揃っている。わざわざ片づける必要もないので、これ以上に作業部屋にふさわしい場所はない。ただガブリエラに、それなりに人通りのある場所で、服を脱ぐ勇気があるのであれば、だが。



 瞬く間にガブリエラの居間が仮設の作業場に変わり、六人の職人が三人ずつ二組に分かれて、衣服の仕立て作業が始まった。


「飾りについてですが、レース織りは手に入れるのに時間がかかりますので、今回はレース編みを用いてみようと思います。それでは駄目でしょうか。」

「そうね、時間短縮を考えると、どこかのレースを引っ剥がすか、レース編みにするか、どちらかしかないのは分かります。しかしレース編みにするにしても、レースの絹糸だって手に入りにくいのは変わりませんよ?」


 ガブリエラのその言葉に、仕立て屋は「待ってました」とばかりに、鞄の中からレース織りの見本を取り出した。


「リネンの細糸で織った物です。」

「柔らかくて品のある漂白ね。麻糸だけれど、思ったよりも悪くないわ。」

「ええ、王宮での夜会など、格式高い場所には向かないでしょうが、私的なお茶会であれば面白いのではないでしょうか。」


 今回は圧倒的に時間が足りない。リネンのレース編みか、それとも飾りなしか、どちらかを選ぶ必要がある。ガブリエラはすぐさま、リネンのレース織りを採用すると決めた。あまり受けが悪いなら、後から取り換えてしまえば良いだけだ。だがガブリエラには、「これは行ける!」という確信があった。


 素材が決まれば、次は実際の制作だ。ガブリエラがデザイン画を選ぶと、それが仮型紙になり、仮縫いを経て本型紙が完成する。それに合わせて布地が裁断され、本仮縫いでとりあえず衣服の形が出来上がっていく。


 言葉にすれば簡単だが、実際には大変な作業だ。ただの布がみるみるうちに衣服へと変化していく様は、まるで魔法のようだ。


 職人たちは二組同時に平行作業しているのだが、仮縫いや本仮縫いに必要なガブリエラは一人しかいないので、どうしても手空きの時間が出来てしまう。


 職人たちはそんな時間も無駄にせず、衣裳部屋に入っては、どの服をどう直すのか、色々と意見を交換しているのだ。なんとも働き者ばかりが集まったものだと、ガブリエラも関心してしまった。


 そうしておよそ一週間、怒涛のような毎日を過ごすことになる。


「夏には間違いなく間に合わせます、お任せくださいっ!」


 そんな彼らは、来た時と同じくやる気満々の声を残して、公爵邸から去っていったのだった。



「お嬢様、大変でしたが、やっと落ち着きましたね。」

「そうね、メアリ。これで少しゆっくりできそうだわ。」


 すっかり元通りに戻った居間で、主従がお茶を楽しもうとしていたその矢先、またもやガブリエラの元に訪問者がやって来たとの連絡が入った。


「もう! いったい誰なの?」

「靴屋と帽子屋です。」

「……ああ、そう言えばそんな話だったわね。」


 世の中、そううまくは行かないようだ。


 彼らを送り出し、本当にこれで落ち着いたと思った時、指輪職人が訪ねて来ることになるとは、その時のガブリエラは気づいていなかった。



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