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能面令嬢の結婚  作者: 大沙かんな


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10/21

10.犯人逮捕

 公爵の命令を受けたギャリソンは、手始めに屋敷の中ではなく庭に男性使用人を集め、公爵からの命令を伝えた。


「メイド長を縛り上げるなんて、よっぽどの事件ですが、何があったんですか?」

「公爵夫人となられるご令嬢への虐待です。もう一つ、宝石の盗難に関わっている疑いもあります。けっして許してはいけない悪行です。」

「虐待に盗難かぁ、あのクソババアならやりかねん。よし、懲らしめるか。」

「あのお嬢様、顔はおっかねえが、おいら達にも声をかけてくれる優しい人なのにな、酷い話だ。」


 男衆の間では、マチルダの評価は激しく低かった。無表情なガブリエラの評価も高かったわけではないが、マチルダのものとは全く比べ物にならない、比べる気にもならないぐらいに差があった。


 いつも高圧的で、すぐに喚き散らすマチルダの態度に、いつも彼らはへきえきしていたのだった。彼らはメイド長の配下ではないので、お願いは聞いても、命令される筋合いはなかったのだ。


 ギャリソンは男性使用人たちが割とあっさりと従ってくれたことにほっとしていた。これで第一段階は突破、次は第二段階、実際の捕縛だ。彼らを棒で武装させ、荒縄を用意させると、そのままメイド長のマチルダの元へと向かう。


 その時マチルダは、自室で優雅に寛いでいる最中だった。ギャリソンは扉を軽くノックしてそんなマチルダを呼び出し、瞬く間に押さえつけて捕縛してしまった。


「いったい何を! こんな狼藉は旦那様がお許しになりませんよ!」

「その旦那様のご命令だ。大人しくしていなさい。」

「無礼な! 元王妃様の侍女に対して、なんという振る舞いを!」


 捕り物の荒々しい物音に、何があったのかとメイドたちが恐る恐る集まってくる。


「あ、貴女たち! この不埒者どもを捕らえなさい! 何をしているの、さあ早くっ!」


 そんなことを言われても、メイドたちでは屈強の男たちに敵うはずがない。尻込みするメイドたちを前に、ギャリソンは公爵の命令書を高々と掲げて、大きな声でそれを読み上げた。


「マチルダはもうメイド長ではない。公爵家の財宝を盗み、隠し持っている疑いがあるので、貴女たちには今から部屋を捜索することを命じます。」


 ギャリソンによって読み上げられたマチルダの罪のうち、公爵の命令への不服従、ガブリエラに対する不当な扱いは、メイドたちも良く知っている事だったし、マチルダの命令によって自分たちもそれに下端していたことも良くわかっていた。


 最後に上げられた家宝の窃盗についてはわからないが、もしこのまま執事の命令に従わなかったら、マチルダの共犯扱いにされ、自分たちも犯罪者として裁かれてしまうかも知れない。そんな恐怖で、彼女たちはギャリソンの命令に粛々と従った。


 そしてそんなメイドたちの手によって、マチルダの宝石箱の中から大きなサファイアのついたブローチがすぐさま見つけ出されたのだった。


「それはっ! 貴女たちのような身分の者が手に触れて良い物ではないのよ! 恐れ多いと思いなさい!」


 マチルダはまだ何かを叫んでいたが、その度に男たちの暴力によって強制的に黙らされてしまう。


「その犯罪者は衣服を剥ぎ取って地下牢に放り込んでおきなさい。私はこれを旦那様にお届けしてきます。」


 ギャリソンはサファイアのブローチを宝石箱ごと手に持つと、そのまま公爵の待つ部屋へと急いだ。



 終わってみれば発覚から一時間も経たないうちに、窃盗犯は掴まり、地下牢に繋がれることになった。ガブリエラがプリシラと昼食を共にしている時には、事件はすでに片付いていたことになる。


 予想出来ていたことだが、プリシラたち一行が帰宅するまでの間、ガブリエラには事件について何の報告ももたらされなかった。これ以上外部に情報を漏らしたくないということなのだろうが、公爵夫人の管轄である家宝と言うべき宝石の紛失だというのに、全く悠長なことだと言わざるを得ない。


 すでに大部分がプリシラの目に晒されている状況だったのだ。それなのに、隠そうというのは無駄な抵抗だと思えるし、見られて恥ずかしいことなら、そもそも最初から事件を起こさなければいいのに。ガブリエラは心底そう思う。


 事件を隠すことばかりに力を入れる者は多いが、そんなことをしている暇があるのならば、事件が起こらないように努力する。それでも事件が起こってしまえば、出来る限り素早く解決するよう尽力する。それが道理というものなのだ。



「サファイア以外にもいくつか、疑わしい物が出て参りまして、ガブリエラ様にもご確認いただきたく存じます。」

「あら、見せていただくのは構わないけれど、私は生前のイライザ様にはお会いしたことはありませんのよ? 正当な持ち主が誰なのかなんて、私にはわからないと思うわ。」


 そんな執事とのやり取りの後に見せられた宝飾品だったが、それを一目見てガブリエラはとても珍しいことに笑ってしまった。王妃が身に着けるべき物と、その侍女が身に着けるべき物が、あまりにも明確に区別できる品ぞろえだったのだ。


「これなら、私でなくても誰にでもわかります。サファイアはともかく、バレないとでも思っていたのかしら。本当に浅はかな人だったのね。」

「しかしそんなにはっきりとわかるものなのでしょうか。この指輪などは、私の目にはかなり値打ちのある物に見えますが。」


 ギャリソンが指さした指輪は、たしかにかなりの良品だった。価値を考えれば王妃が身に着けていてもおかしくないが、それでもあまりふさわしい物だとは言えなかった。


「それはベロニカの意匠をあしらった物よ。イライザ様と彼女の色を合わせて、忠実な貴女へ、という意味で、王妃様からの贈り物だったのでしょうね。」



 そんな女が、どんな意図があったのかは知らないが、亡くなった主人の宝物を隠し持っていたのだ。ベロニカの花言葉である忠実が聞いてあきれる。


「ギャリソン、それで今日の本当の要件は何なのかしら?」


 メイド長と言えば、すべてのメイドを統括するだけでなく、屋敷のすべての部屋の鍵を管理する重要な役職である。そのメイド長が窃盗犯として投獄されたばかりなのだ。屋敷中のメイドたちが浮足立って、仕事が手につかない状態になっていることは想像に難くない。


 そんな重要な局面で、屋敷のすべての使用人の監督する立場である執事が、暢気(のんき)に宝飾品の鑑定ごっこをしているなど、あって良いことではない。


「この接収した装飾品の管理をお願いしたいのでございます。」

「そうね、元王妃様のものは収納して管理、それ以外は適当に私の判断で処分、それで良ければ引き受けるわ。」

「はい、それで問題ございません。よろしくお願いいたします。」



 それで話は終わりかと思われたが、ギャリソンはまだ席を立とうとしなかった。


「まだ何かあるのかしら?」

「はい……、メイド長を収監いたしましたので、今この屋敷には鍵を管理する者がおりません……。」

「それで、どうするの?」

「あの、出来ればガブリエラ様に管理をお願いできれば有難いのですが……」

「それは無理ね。」


 ギャリソンの願いを、ガブリエラはきっぱりと断った。


「私は公爵との面会が許されない客人なのですよ? それなのに公爵私室の鍵を管理するの? それとも公爵家は私をメイド長として雇うおつもりなのかしら?」

「いえ、ガブリエラ様を雇うなどとはとんでもない。」

「しばらくは、いつまでになるかはわからないけれど、貴方が管理するしかないのではなくて?」


 主にマチルダのせいで、この屋敷のメイドたちとガブリエラの関係は非常に悪くなっている。本来ならば女主人となるガブリエラが、新しいメイド長を選べばいいのだが、これまでメイドたちとほとんど交流が持てなかったガブリエラに、的確な人選が出来るとは考えられない。


 かといって執事であるギャリソンがメイド長を選んだとしても、まず間違いなくガブリエラのお眼鏡には適わないだろう。彼女が女主人になった後に、すぐにでも降格になってしまうことになりかねない。よって近い将来、また騒動が巻き起こってしまうに違いない。


 だからこそ、ガブリエラ本人への依頼なのだが、彼女の言う通り、客人扱いの者に屋敷の管理を任せるなど、無理がありすぎる話だった。


 それに屋敷の管理は非常に重要かつ、時間を要する仕事だ。この大きさの屋敷の管理など、執事と兼任できるような仕事量ではないのだ。それは言い換えれば、重い仕事をガブリエラに押し付けようとしていた、ということに他ならなかった。


「ギャリソン、昨日のうちに報告に来ない貴方が悪いのですよ? 身から出た(さび)なのだから、しばらく頑張りなさいな。」

「あの、ガブリエラ様、それはどういう意味なのでしょうか?」

「あら、貴方ならわかるはずよ? 今の状況を考えると、新しいメイド長は外部から雇い入れることになります。それはわかるわね?」

「はい。それが最良でございましょう。……あっ!」


 ギャリソンも気づいたようだ。プリシラがいるうちだったら、彼女を通してマール侯爵夫人に依頼すれば、良い人を素早く雇うことが出来たことに。今から手紙のやり取りをするのでは、どうしても時間がかかってしまうことになる。


 マチルダの解任は既定路線だったので、実は既にプリシラにはお願いしてある。とはいえ窃盗の証拠がすぐに出るとは思っていなかったし、そうなると解任には繋がらなかったわけで、彼女には急ぎだとは伝えていなかったのだ。


「他に無ければ下がって良いわよ? 貴方も忙しいでしょうから。」

「はい、それでは失礼いたします。」



 プリシラと一緒にやって来た人たちの中で、一人だけ居残ったメイドのメアリが、執事が去った後に茶器を下げにきた。


「お嬢様、意地悪せずに、もうプリシラ様にはお願いしていることを、教えて差し上げればよろしかったのでは。」

「そうね、メアリ。少し意地悪過ぎたかしらね。」


 プリシラは馬車に揺られている最中だろう。ガブリエラは窓の側に置かれた花瓶に目を向けた。そこにはつぼみをつけた蜜柑の枝が刺してある、昨日、庭師に切って貰ったものだ。二本切って貰って、一本はプリシラが、そしてもう一本がガブリエラの元にある。


 枝にはつぼみだけでなく、蝶々の(さなぎ)が三つほど、細いレース糸で結わえ付けられている。上手くいけば、ここから蝶々が(かえ)るのだそうだ。プリシラが蝶々を持ち帰りたいというので庭師に相談したところ、この方法を提案されたのだ。


 上手くいかない事も多いから、あまり期待するなとは言われているが、それでも期待せずにはいられない。


 次に彼女に会えるのは、いつになるだろうか。ガブリエラはしばらく飽きることなく、蜜柑の枝を見つめていた。




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