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リアルとバーチャルの箱庭  作者: 松本遊心


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6/10

―6

 未織は、連日えみのパソコン解析をすすめていた。この中にきっとパスワードに繋がる何かがあるはずだと感じたからだった。

 変な夢?を見た翌日から、会社が定時になるとすぐさまデスクを後にして、最低限の買い物だけ済ませて帰宅。その後はずっとモニターと格闘する日々がつづいていた。


 あの日はなんだか幻を見ているようで、ワイングラスも洗わずにすぐ寝てしまったが、翌朝いろんな確認をしたくて、出社前にワールド・クライマーの八ヶ岳に再び入ろうとしたら、パスワードを求められ、考えられるいくつかを試したがすべてはねられた。いわゆる入山規制がかけられていて、友人のみでデコレートした山を楽しみたい人や、単純に知らない人を入れたくない、という人がこのような設定をする。本来の自身の創作した山の登山者数を競うという点を無視しているが、特にこれに対するペナルティはない。未織とえみは、山を楽しむ、というのが主目的だから、そういうのもありでいいじゃない、と話しあっていた。


 しかし、こうも極端にひとつの事にのめり込むと、未織は周囲からどんどん孤立していった。なにせ月曜から金曜まで残業なしで定時で退社。ただ彼女は人一倍仕事はできて、業務に支障がでないようにしていたので、上司も苦言がいいにくい向きはあるようだが……。入社したての頃こそ、食事や()み、同じ部署の誰かの歓送迎会などに声がかかっていたが、ただの一度も誘いに応じない人に、誰もが距離をとり始め、やがて業務上の必要最低限のやりとりしかする人はいなくなった。だがさいわい、いじめのような陰湿なことをする人はいなかった。

 どうであろうと、職場の人間関係には未織はまったく気にならない。幼いころから、えみだけが唯一の友達だ。上辺(うわべ)の付き合いなどいらない。ただ、えみさえそばにいてくれたなら……。

 だが、えみが滑落した時も、葬儀の時も、未織に涙はなかった。その感情が自分自身でもわからなかった。ただ、ぽっかり空いた心。夢で見た事故のシーンでのえみのアバター。振り返った顔は彼女ではなく未織だった。能面のような自分自身を合わせ鏡で見た気がした。そして、それは恐怖でしかなかった。


 えみのパソコンには開かないフォルダーがひとつあった。アイコンには”えみ”とある。あの手この手を使ったが反応なし。未織は、このフォルダーがワールド・クライマー内の八ヶ岳のパスに関係してるんじゃないかと見当をつけた。そうとしか考えられない。でも、どうすれば……。

 気分転換にワインでも飲もうと、席を立って彼女は冷蔵庫に行こうとした。すると、壁に掛かったえみのザックが視界に入った。未織は足を向け手にとると、なんとなく匂いを嗅いだ。その瞬間、(せき)を切ったように込み上げてくるものがあり、未織は滂沱(ぼうだ)の雫がとめどなく流れるのを感じた。はじめての感情に立っていられずその場に崩れると、ザックを胸に抱きしめて嗚咽(おえつ)をこらえきれず大声で泣いた。

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